世界最大の辞典の編纂を支えた、 異端の学者と哀しき殺人犯の友情。

  • 文:サンキュータツオ (漫才師/日本語学者)

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メル・ギブソンの監督作『アポカリプト』の脚本に参加したP・B・シェムランの長編初監督作。『オックスフォード英語大辞典』の誕生秘話を記して話題を呼んだノンフィクション『博士と狂人 世界最高の辞書OEDの誕生秘話』を映画化した。 © 2018 Definition Delaware, LLC. All Rights Reserved.

【Penが選んだ、今月の観るべき1本】

前人未踏の大辞典、『オックスフォード英語大辞典』、通称OED。1857年に編纂がスタートしたこの辞典、分冊で少しずつ出版され、完全版の完成に76年かかったという大著である。この辞典の画期的な点は、ひとつの単語の意味や文法的な記述だけではなく、どの時代にどういう用例があるかを示して、言葉の使われ方の変遷を示したところにある。文字がまだデータ化もされていなければ、検索もできない中、この大事業は79年から携わり始めたマレー博士というスコットランド生まれの変革者によって成った。さまざまな言語に精通する博士が最終的なチェックを行うものの、なんと各項目の記述や引用文献などは一般の人がいつでも投稿できるボランティア制にして、編纂のスピードを飛躍的に向上させる仕組みをつくったのだ。

詳細は同名の原作のノンフィクションに譲るが、この映画はそのマレー博士と、猛烈な量の投稿を行って貢献した元軍医マイナー博士の交流を縦軸に、辞書編纂に携わる人々がどれほどのものを犠牲にし、なにを喜びとしているのかを生々しく描いている。おまけにこの軍医マイナーは、精神を病んでしまい終身刑で服役している。マレー博士をメル・ギブソン、マイナー博士をショーン・ペンが演じ、両雄並び立つという画は原作では想像だにしなかった緊張感を生みゾクゾク、ほっこりもさせられる。

どちらも知の巨人でありながら出自や経歴においてマイノリティで、常に「正統」で「正常」な人々と闘うはめになる。言葉とは、辞書とは、人とは、罪とは、愛とはなにか。周囲の人々や社会との接地面で、常に軋轢や葛藤を抱える彼らの姿に、いま闘っているすべての人が励まされるだろう。この時代の空気感もうまく映像化していて感激した。そして鑑賞後、あなたもきっと辞書のページをめくる。

© 2018 Definition Delaware, LLC. All Rights Reserved.

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『博士と狂人』
監督/P・B・シェムラン 出演/メル・ギブソン、ショーン・ペンほか
2018年 イギリス・アイルランド・フランス・アイスランド合作映画 2時間4分
10月16日よりヒューマントラストシネマ有楽町ほかにて公開。
https://hakase-kyojin.jp/