今年2月に開催されたミラノファッションウィークでは、新型コロナウィルスの感染拡大を受け、最終日に予定されていたファッションショーや展示会がすべて中止となった。パリ、ロンドン、ニューヨーク、東京を含む世界中の各都市ではそれ以来、ほとんどのコレクションやイベントを中止、または延期せざるを得ない状況が続き、ファッション業界全体がいまだに先行きの見えない大きな不安の渦中にある。
そんな折に、斬新な手法とともに“ウィズコロナ”時代のファッションショーのあり方を大々的に打ち出したブランドがある。ミラノのコレクションサーキットでは毎回、初日にショーを開催していたエルメネジルド ゼニアだ。
“フィジカル”と“デジタル”。“現実”と“仮想”という相反する要素を融合させた“フィジタルショー”は、7月17日にブランドのホームページとインスタグラムにて世界中のオーディエンスに向けてストリーミングされた。
「シンプルにコレクションを写真に撮って、ルックブック形式で発表することも考えました。しかしこんな状況だからこそ、通常の見せ方からトーンダウンした手法で妥協するのではなく、あくまでいまできるベストを追求したいと考えました」と語るのは、アーティスティック ディレクターのアレッサンドロ・サルトリだ。ブランド初の試みとなるフィジタルショーは、最新技術を駆使してあらかじめ撮影された映像と、ライブで配信されたフィナーレの映像をシームレスに繋げた、臨場感あふれる内容となった。
「こういう状況下で普段通りのものの考えかたに縛られていると、あらゆる場面で障害や制約に直面してしまいます。しかし逆に考えてみると、この状況は平常時には考えつかないような新しい発想が生まれ、表現の可能性が大きく広がるまたとないチャンスでもあるといえます」
ファッションショーの映像をリアルタイムで配信するライブストリーミングは、近年世界中のコレクションブランドが積極的に取り入れてきた手法だ。しかしこれまでは、それがファッションショーの副産物という枠を出ることはなかった。一方で今回サルトリが思い描いたフィジタルショーでは、伝統的なファッションショーのフォーマットを踏襲しつつも、デジタルならではの表現方法に重きを置くことで、コンテンツとしてのエンターテインメント性が飛躍的に高められた。
「今年、ゼニアは創業110周年を迎えています。だから新型コロナの影響でイタリア全土がロックダウンになる以前から、今回はゼニアのヘリテージを表現するべく、アーカイブからインスパイアされたコレクションをデザインしていました。当初は6月にミラノで発表する予定でいましたが、フィジタルショーではミラノという場所に縛られる必要もなくなったので、ショーの舞台をブランド創業の地であり、現在も紡績と製織の拠点である北イタリアの町トリべロへと移しました。ドローンや魚眼レンズを使った映像など、普段のファッションショーでは使わない表現方法を駆使しながら、みなさんにこの土地の空気や、ゼニアが歩んできた歴史を感じてもらえるように工夫してみました」
自粛ムードが漂う時代にサルトリが提案したのは、軽く、開放的で、ストレスフリーなワードローブ。“ウィズコロナ”の時代におけるファッションの役割を追求した結果、サルトリは脱構築的で軽くて自由な服を思い描いた。それを踏まえて素材や技術をブラッシュアップしたことで、ジャケットにはシャツ用の素材が採用され、パンツのシルエットは普段よりもワイドに再解釈されている。また、ゼニアが推し進める「#UseTheExisting」のスローガンにのっとり、服の素材には製造工程で発生する廃棄物や再利用資源を含む、既に存在する原材料から生成されたサステイナブルな生地が数多く採用された。
デジタルの表現だからこそ、人間らしさが重要になる。
オアジ ゼニアと呼ばれるこのエリアは、ブランド創業者の環境再生計画によって、美しい自然環境が保たれている自然保護区でもある。静かな森の中、広大な庭園、織機が並ぶファクトリー、ビエッラアルプスの美しい山々を臨む工場建屋のルーフトップなど、フィジタルショーで使われたランウェイの総距離は3kmを超えた。壮大なスケールでライブ配信されたフィナーレの後には、ルーフトップにずらりと並んだモデルたちの前にサルトリが姿を現し、自らの言葉でコレクションの世界観やデザインの特徴を語り始めた。デザイナー本人による熱のこもった説明は、コレクションを深く理解するためにはこれ以上ないほど的確でわかりやすい。それはいたって当然のようにも思えるが、これまでデザイナーがオーディエンスに直接話しかけるこの手法は、意外にもファッションの世界ではあまり使われてこなかっただけに、今回はそれがとても新鮮に感じられた。
「わたしは毎回ショーのフィナーレのあとには、モデルをランウェイに留まらせて、来場者とともにその間を歩きながら、デザインのテーマや特徴を伝えたり、直接感想を聞いたりしながら交流をする時間を大切にしていました。今回はたとえ直接会って話をすることが叶わなくても、そのプロセスを失いたくはなかったのです。デジタルになるからこそ、そういう人間らしい部分を残したいと思いました。自分がデザインした服のことを目の前で50分話されたらさすがに飽きるかもしれませんが、5分ぐらいであれば聞いてもらえますよね?(笑)」
世界経済や物流が停滞している状況においては、どの国でも素材の供給や生産性の確保が困難を極めている。しかしそんななかでも、ゼニアは常に前向きな姿勢を保ちながら、このように大掛かりなコレクションを発表して業界全体に希望の光を見せている。それができる背景には、ゼニアならではの大きな強みがあることは言うまでもない。
「ゼニアには自社で経営する羊毛牧場があり、紡績工場があり、アトリエがあり、多くの職人たちがいます。もちろん難しい状況であることに変わりはありませんが、ひとたび状況が好転しはじめれば、ゼニアには常にコレクションを製作するために必要なチームと人員がいて、すぐに全力で走り出せる体制があります。しかしこれからは、世界中の人々が消費に対してこれまで以上に慎重になることが予想されています。さらに一つひとつの行動に対して責任を持ち、社会や環境にコミットすることももっと重要になっていくはずです。だからわれわれも、“#USE THE EXISTING”というサステイナブルなアプローチを促進しながら、快適で長持ちする新素材の開発をさらに強化し、一度購入したら長年愛用できるようなアイテムを増やせるように力を入れています。革新には膨大なお金と時間がかかりますが、それは未来に対する重要な投資です。たとえ今回の一件によって消費動向が大きく変わったとしても、クリエイティビティは決して止まることはありません。フィジタルショーはそんな我々のメッセージを伝える役割も担っています」
創業の地に招かれ、近辺の美しい自然環境を堪能しながら、デザイナー本人の口から直接想いを聞くことができた今回のフィジタルショーでは、エルメネジルド ゼニアというブランドが、これまで以上に身近な存在に感じられた。
問い合わせ先/ゼニア カスタマーサービス TEL:03-5114-5300 www.zegna.com