コロナの影響により、世界中で音楽のステージ実演がストップした。しかし、ファンになんとか音楽を届けたいという思いから、クラシックからJ-POPに至るまで、あらゆるジャンルの音楽ライブが配信されはじめた。この流れはリモートワークのように、コロナ後も定番の音楽鑑賞手段として定着するに違いない。自宅で世界中のステージライブが楽しめる、新しい音楽メディアの誕生と言っても過言ではない。
ライブ配信は、「会場」という物理的限界を飛び越えた。
オンラインでのライブ配信は、予想以上の拡がりと人気を得ている。3月にミューザ川崎シンフォニーホールで開催された東京交響楽団の無観客コンサート配信の受信者は、事前の予想を遙かに上回って約10万人にも達し、3万件を超えるコメントも寄せられた。あまりに反響が大きいので、その後は、ハイレゾ配信、CD制作が急ピッチで進行した。6月25日に横浜アリーナにて開催されたサザンオールスターズ初の無観客ライブ配信は、約50万人の視聴者を集めた。このようにステージ配信は、会場の物理的な席数の限界を軽々と突破し、全世界から耳目を集めることが可能だ。
この自粛期間に私が常に見ていたのが、ロンドンの室内楽専門のウィグモア・ホールからのリサイタルライブ。6月は毎日連続してピアノ、ヴァイオリン、チェロ、フルート、声楽の名手の生演奏が、YouTubeを経由して遙かに離れた日本で楽しめた。特に最終日のマーク・パドモア(テノール)、内田光子(ピアノ)によるシューベルト「冬の旅」はたいへん素晴らしかった。
リアルタイム配信における、音響の難しさ。
このようにライブ配信は音楽ファンにとって、新しい音楽体験の場として大いに歓迎されている。一方で、それを送り出す側はさまざまな苦労をしていると、音楽やゲームイベントのリアルタイム配信に取り組むLSDエンジニアリングの呉碩根(オー・ソックン)氏は語る。
「はじめた当時は『PA(音響担当)頑張れー』とか『音歪んでまーす』という書き込みがよくありました」
レベル設定ひとつとっても、ネットのメディアや再生ソフトウエアなどの事情で一筋縄で行かない。
「YouTubeなどの配信メディアが増えましたが、音声基準が統一されてないのでメディアによって音の大小やクオリティの差があり、それをどう吸収するかに腐心しています」
私事で言うと、津田塾大学のオンライン授業中、Zoomで音楽を流していた際に、CD演奏の音量を上げたところ「先生! 爆音です!」と文句が寄せられたことがあった。受信状況が千差万別なのが配信での基本的問題であり、それをいかに対処するかに配信成功のポイントがある。
配信されたデータを、最高の状況で視聴するには。
さらに、ネットで流すためデータを大幅に圧縮されているので、どうしても音質が貧弱になることは避けられない。とはいえ、私の長いオーディオ分野の経験からすると、たとえ圧縮されて音の情報量が少なくなった音源であっても、適切な機器選択や再生方法を工夫することにより、驚く程の高音質に蘇生させることも可能だ。
そこで、いかにハイクオリティに音楽ライブ配信を享受するかという観点から、インターネットから受信するパソコンの再生ソフトウエア、パソコンに接続するディスプレイ機器、そしてオーディオ機器について、具体的に推薦機器を挙げてみよう。目標は「最高の画質、音質で楽しむデスクトップライブ」だ。
優れた音質を再現する、無料ソフトウエア
YouTubeなどを経由するネット配信ライブ(映像、音声)をパソコンで再生する優れた無料ソフトウエアをふたつ推薦しよう。ひとつがフランスで開発された無料のVLCメディアプレーヤー。多数の動画・音声コーデックを備えているので、多くのメディアからの音源・画源ファイルを安定的に再生可能だ。
画質、音質にこだわりたいなら、foobar2000だ。Windowsには、PCオーディオ用の再生ソフトウエアが数多く出回っているが、音質、デザイン、使い勝手、発展性などの各要素のバランスが抜群という点では、foobar2000の右に出るプレーヤーソフトはない。特に音質に優れ、私もハイレゾのPCオーディオ再生では、標準的に常用して10年近くなる。最近、映像再生機能が加わり、名実ともに高画質・高音質プレーヤーになった。これは世界中から機能改良が提案された賜物。より高音質を実現するためのプラグインは膨大だ。それらの使いこなし情報はネットに詳しい。
厳選したプロダクトで、視聴環境をハイレベルに引き上げる。
では具体的に、どんな機器を揃えれば配信ライブを最良の画質、音質で享受できるか。ネット受信したパソコンからHDMI接続するディスプレイ、ワイヤードのUSB、もしくはWiFi、ブルートゥースのワイヤレスで接続したアクティブ・スピーカー(アンプ内蔵)で、筆者が自信をもって薦められる製品をご紹介しよう。
有機ELの「黒再現」は、配信映像を高画質に蘇生させる。
液晶と有機ELの最大の違いは「黒再現」だ。液晶では黒が浮くのに対し、有機ELは黒が深遠に沈む。このことは、映像再現で極めて大きなアドバンテージを生む。配信映像は圧縮がきつく、画像情報量も大幅に削減されている。コントラストが甘く、たとえるなら気が抜けたビールのような映像になりがちだ。それを有機ELの黒再現が叩き直すのだ。画質の基礎は黒であり、黒を締めることで、配信映像も生気を取り戻す。
デスクトップで楽しむ有機ELディスプレイは、21.6インチのEIZOの4K「FORIS NOVA」。自発光ならではの滑らかさ、自然な精細感、豊かな階調感による美的な映像を再生できる。もともとはUHD BDや有料4K配信などのハイクオリティ映像を美しく見せるディスプレイだが、いま話題のコンサート、ライブ配信映像も、予想外の高画質に変身させる。
卵型スピーカーは、空気を生々しく振動させる。
私は「オラソニック」ブランドの初代卵型スピーカーを、津田塾大学でのZoomオンライン授業のモニタースピーカーとして活用している。卵形だからスピーカーボックス内部で音を汚す定在波(音が平行に行き交う現象)が発生しないし、音の拡散性がとてもいい。ふたつのスピーカーの間に音がふわっと浮遊し、音場が自然に拡がる。音色はキラキラ、ドンシャリではなく、さわやかで、心地良いものだ。IAE-55BTはその改良版。基本的な音の素性の良さはそのままに、明瞭度が向上し、粒立ちがより明確になった。
USB接続のワイヤードスピーカーだが、実は音質にこだわって自社開発したモジュールによるBluetooth接続も高音質だ。LDAC(96kHz/24bit)、aptX HD(48kHz/24bit)の搭載で、ハイレゾにしっかり対応する。
360度拡散スピーカーが、ステージの熱気を再現する。
スピーカーの音場方式には、音を前に飛ばす前方放射型と、全周に拡散させる全方位型がある。製品の数としては、前者の前方型が圧倒的に多い。しかしステージ収録の音源再生としては、ぜひ全方位にチャレンジしたい。そこでオオアサのTS-A200asだ。全方位型としての音場の拡がりだけでなく、前方放射型のような明確な音像イメージを持つ珍しいスピーカーである。
技術的には、ドーム状低音用ユニット、いま世界のスピーカーメーカーで採用が相次いでいるハイルドライバー(蛇腹型)高域用ユニット、森林総合研究所の開発による「スギ由来の新素材・改質リグニン」をウーファー材として採用などの革新的工夫が、音の良さ、拡散性に効いた。私は80インチの8Kテレビで、音声用に使っている。
ブルートゥースで圧倒的な音の良さ、イギリス名門の音を聴け。
「ワイヤレス」「アクティブ」は、最近の世界的なスピーカートレンド。製品も激増しているが、最高峰に音が良いのがKEFのLSXだ。LSXに搭載されている独自の同軸ユニット、Uni-QはKEF技術の代名詞。同一軸上にツイータとウーファーを配置することで、見かけは1本のユニットになり、点音源再生によるハイリニアリティ再生を実現する。
明瞭な解像感、音進行の速さ、レンジ感の広さから、音源ジャンルを問わず、音楽的な感興を、澄み切った端正な音で再生してくれる。筆者はLSXを定例の家電量販店のイベントで扱ったが、来場者の驚きようは予想を遙かに超えた。イベント後の書き込みは「驚異的な音質にびっくりしました。ブルートゥースでもたいへんよかった」とあった。ワイヤレス機能はブルートゥースaptXとWiFiをサポートしている。
ソニーオーディオの総力を結集した、驚異のリアルサウンド
「近くで聴くのだから、最高の解像度で最高のステージが体験できなければならない」との目標を高く掲げ、ソニーのハイエンドオーディオ部隊が渾身の技術と努力とこだわりを投入して開発、製品化した、孤高のアクティブスピーカーがSA-Z1だ。盛り込まれた技術はデジタル+アナログのハイブリッド内蔵アンプ、I-ARRAY™ Systemのツイーター、鼓形のウーファー、16チャンネルの時間軸を正確に合致……と数限りなし。その音は圧倒的な凄さ。2チャンネル・スピーカーの空間音としては、これまで体験したこともないような正確性、臨場感、空気感が聴けた。
机上のステージで、ミニチュアな歌手、楽団が正しい位置と音像をもって演奏している。価格もハイエンドだが、それ以上に現代のオーディオでは、これ以上のデスクトップステージ体験は望めない、まさにハイエンドなアクティブスピーカーだ。
これらの機器を最適に選択し、使えば、ネット配信といえども、ハイクオリティな音と映像の世界に没入できる。パッケージや放送にはない、コンテンツの拡がりと深みがネットライブの魅力。加えて、せっかくの高音質システムなので、PCオーディオのハイレゾ再生にもチャレンジしよう。