2020年5月4日、Appleから新型のMacBook Pro 13インチのリリースが発表された。昨年秋にはMacBook Proの16インチが、そしてこの3月にはMacBook Airが一新されているため、今回のMacBook Pro 13インチがリリースされたことでMacBookの最新モデルが出揃うこととなった。
MacBook Pro 13インチ2020モデルの実機レビューは、すでに多くのメディアで報告されているためそちらをご覧いただきたい。今回、私が紹介したいのはスペックではなく、デザイン。それも、Apple歴代のノートパソコンをデザイン的な観点で振り返り、その歴史を紐解いていきたい。
機能を全搭載した、総重量8kgの初代ラップトップ型パソコン
記念すべきラップトップ型パソコンの初号機は、1989年9月にリリースされたMacintosh Portableだ。当時はノート型やラップトップ型という言葉ではなく、運べることを表現した「トランスポータブル」と言われていた。しかし、重量は約8kgと気軽に持ち運べるようなものではなかった。それを象徴する逸話がある。かつてAppleがスポンサードした日本のゴルフツアーにジャネット・ジャクソンが招待され、彼女にこのマシンをプレゼントしようと手渡したが、その重さで彼女が持てなかった、という笑い話が残っているのだ。
それも無理のない話で、Appleは「機能のみならず体験できるすべてを含めてMacである」というスタンスだ。ポータブルだからといってその性能を落とすわけにもいかず、デスクトップを分解してポータブル機として組み直したような、キーボードもフルサイズを搭載するモデルであったのだ。
デザインを担当したのはドイツのフロッグデザインで、画期的だったのがマウスの代わりとなるポインティングデバイスにトラックボールを採用したこと。なお、このトラックボールはキーボードの左右いずれにも配置が可能と、使い心地にも妥協しないAppleらしい心配りがなされている。
時代を先取りしたデザインで、名作映画の続編にも登場。
Macintosh PortableをApple初のポータブルマシンと書いたが、その4年も前の85年に、Macの“ポータブル機”が映画で使用されている。『2001年宇宙の旅』の続編『2010年』のことだ。このなかで、主人公のフロイド博士が浜辺でパソコンを使用しているのだが、これはもちろん、4年後に発売されるMacintosh Portableではなく、上映前年の84年にリリースされたApple Ⅱcなのである。
これはIC電源が必要なデスクトップモデルだが、作中ではポータブル機として描かれているというわけだ。ハリウッドのSF大作に採用されるほど、Appleのデザインが近未来的であったというと言い過ぎだろうか。また、Appleではもともと「Apple Ⅱ」をリリースした77年頃から、ポータブル型のコンピュータをつくろうという動きがあり、90年代中頃に出版された「Apple Design」という同社内のデザインのプロトタイプを紹介した本では、80年代に描かれた持ち運び用のハンドルが付いたポータブル機のデザインなどが残されている。
80年代後半にAppleのデザイン部門のトップに立っていたのはロバート・ブルーナーで、彼が社内に「IDg」(インダストリアル デザイン グループ)を設立。かなり贅沢な制作環境を作り上げ、先のポータブル機やiPadの原型となるPDA的な製品など、膨大な数のデザインスタディが行われていたようだ。
その後のキーボード配置を決めた、名作の誕生。
キーボードとトラックボールのレイアウトを決めた傑作。
Macintosh Portableがリリースされた89年には、東芝がDynaBook J-3100 SS001を発売。そのコンパクトなボディで、ノートパソコンの市場を切り開く。そして90年代に入ると、技術革新によりプロセッサーなどのパーツも縮小化が進み、91年にはアップルからまさしく“膝に乗せる”ことが出来るラップトップ型パソコン、後に15年もの長きに渡りシリーズ化が続いたMacintosh PowerBookがリリースされたのだった。
このモデルがイノベーティブだったのは、トラックボールの位置にほかならない。この配置には社内でも大いに議論が交わされたようだが、その結果得られたのが、キーボードを奥にしてトラックボールを手前のセンターに配置するという大発明であった。この案がいかに革新的であったのか。それは、PowerBookシリーズ以降のあらゆるノートパソコンがその配置スタイルを採用したことからも、十分におわかりいただけることだろう。
なお、Macintosh PowerBookには100、140、170の3モデルが存在していたが、唯一100だけがフロッピーディスク・ドライブを内蔵せず、専用の外付けドライブが用意された、まさにモバイルを意識した軽量モデルであった。
外出先とオフィスで同じ機体を使うスタイルを実現。
革新的といえば、92年にリリースされたPowerBook DUOは、PowerBookのなかでも革新性に富んだモデルであった。というのも、二重奏から派生し、対やペアを意味するDuo(デュオ)の名前とおり、ノートパソコン単独で使えるのはもちろん、ディスプレイやフルサイズのキーボードを備えたドックに接続することで、デスクトップマシンとしても使うことができたのだ。
オフィスや自宅ではデスクトップとして、外出先ではノートブックとして活用するスタイルを提示したことはもちろん、なにより感動したのは、ノートブックをドックに差し込むと、あたかもVHSテープのように吸い込まれるその仕様。大げさにいえば、それはあたかも宇宙船が母艦とドッキングするような、未来のイメージを抱かせたのである。
94年にはPowerBook 500シリーズが出て、ポインティングデバイスがトラックボールから現代に通じるトラックパッドに変化。さらなる薄型化を可能にした。96年登場のPowerBook 1400では、大量生産のノート型パソコンで個性を演出する工夫を取り入れたりもしていた。
外装をカスタマイズし、自分だけの個性を出す。
クリエイティブ業界をはじめ多くの人がPowerBookを持つことで、Apple社内で上がったのが、「みんなが同じ物を持ち歩くことが、本当に良いことなのだろうか」という疑問だった。そんな葛藤から同機に宿されたのが、外観をカスタマイズできるBookCoverコンセプトという手段であった。
これは天板部に好みの模様や柄のシートを差し込める仕様で、ユーザーが好みの絵柄をプリントアウトもしくは自作したシートでパーソナライズできるというもの。私の周囲のユーザーも、レザー風シートやアート作品をプリントしたシートでカスタマイズを楽しんでいた記憶がある。
翌97年にはPowerBook 3400という、デスクトップの性能にも匹敵するハイエンドマシンがリリースされたが、これが72万円から104万円と超高額。しかも、持ち運びには適さない重量だったことから、日本支社からは「こんなに重いノートブックを持って、日本の満員電車は乗れない!」という顧客の声が報告される。そこで当時のCEO、ギル・アメリオが日本市場向けに作らせ、同年にリリースしたのがPowerBook 2400cである。
実はこのモデルは、日本IBMが設計し、同社の大和工場で製造されたもの。当時、日本IBMが製造、販売していたThinkPad535と設計やパーツを共有していたことから、そのサイズ感などが非常によく似ていた。ただし、Appleのデザイン監修の下つくられていただけあり、使われているネジの本数が劇的に少なくなっていたり、製品を持った時の重量バランスまで考えてバッテリーが配置されていたりと後にIBMの関係者も学ぶことが多かったと語っている。
ジョブズが主導した、シンプルなデザインの追求。
ジョブズが行った、30種類以上におよんだラインアップのリセット
さて、この1997年はAppleのファウンダーながら追放の憂き目にあっていたスティーブ・ジョブズが、晴れてCEOに復帰した記念すべき年であるが、復帰したジョブズがまずなにをしたか。それはなんと、デスクトップ型、ラップトップ型を問わず、当時30種類以上あったラインアップの一掃、リセットであった。
「世の中にはどんなパソコンが必要なのか」また、「資金の無いアップルが、世の中にアピールするためには、どんなパソコンを開発するべきか」など、ジョブズは社内でディスカッションを繰り返したという。そして、ジョブズが導き出したのが、有名な4つのマトリクスだ。これは、横軸をコンシューマーとプロ、縦軸をデスクトップとポータブルと書した4つのブロックを示し、スタッフに「各分野ごとにひとつずつ、合計4種類のすごい製品をつくれ。それが君たちの仕事だ」と発破をかけたのだ。
そうして誕生したデスクトップマシンが、ブラウン管テレビのようなフォルムに半透明かつ多彩なカラーバリエーションで大ヒットした、コンシューマー向けデスクトップのiMac G3(98年)で、プロ仕様のデスクトップも曲線を多用した半透明の筐体が印象的だったPower Macintosh G3(99年)である。なお、このデザインを手掛けたのは、昨年Appleを去ったジョナサン・アイブだ。
「持ち歩けるiMac」に搭載された、無線通信機能。
ジョナサン・アイブは、97年にリリースされた教育向けのラップトップ型パソコンeMateのデザインに、ポリカーボネイト素材を使用したトランスルーセント(半透明)デザインを用いており、これをコンシューマー及びプロ向けのデスクトップデザインに発展させ、採用したというわけだ。
ノートブックも実に画期的であった。オールブラックのカラーリングとグラマラスな曲線ボディがこれまでのPowerBookとは一線を画したプロ仕様のPowerBook G3、そして、「持ち歩けるiMac」をコンセプトに持つコンシューマー向けのiBookであり、いずれも99年のリリースだ。
貝殻を模したような「クラムシェル」と呼ばれる可愛らしいデザインのiBookだが、これが実はAppleのノートブック型における歴史的なモデルだったのだ。というのも、このマシンはIEEE 802.11bという技術の暫定企画をいち早く採用していた。これはまだWi-Fiという愛称が着く前の無線LAN技術だ。本体だけで使えたわけではないが、Airマックカードというオプションを買ってキーボードの裏側に取り付けると、無線LAN対応となる。無線LAN通信に必要なアンテナが最初から本体に組み込まれた初のノートブック型パソコンだったのだ。
曲線的なデザインから一転、直線的な系譜の始まり。
2001年にリリースされた最後のPowerBookシリーズPowerBook G4は、曲線が多用されたG3から一転、極めてシンプルなフォルムをもつデザインとなったが、これは筐体の素材にチタンが使われていたためだ。
当時、チタンの加工は非常に難しく、パソコンの筐体に用いるのは不可能だとされていた。しかし、「金物の町」として有名な新潟県燕市の東陽理化学研究所の世界最高レベルのチタン加工技術がこれを実現。PowerBook G4の筐体をAppleへ供給することとなったのだ。
また、03年にリリースされた、こちらも最後のiBookとなったiBook G4も真っ白でシンプルなデザインに一新。このように、現在も続くApple製品のミニマリズム方向への転換は、ノートブック型が先行していたのである。
シンプルを突き詰めた先にある、未来のパソコンの姿。
アルミニウムを削り出してつくられた、美しい薄さ。
次の大きなトピックといえば、2008年から続く現行シリーズのMacBook Airで、このモデルはApple自体にも大変革をもたらしたモデルであった。
革新的なのはその製造方法だ。従来、パソコンなどの工業製品は金型による射出成形や板金のプレス加工により、金太郎飴のように筐体を大量生産するのが一般的だが、Appleがとった手法は1枚のアルミニウム合板から削り出すというもので、これは航空宇宙産業用の精密機器などと同様の手法である。
ユニボディと名付けられたこの筐体を削り出すのは、本来は金型を造るための極めて高額な切削加工機械であり、それほどの精度でなければ、繊細にして一体型ゆえの高い剛性を誇るユニボディを削り出すことはできないからだ。
なお、この切削加工機械はあまりに高額であるため、日本の誇る某世界的家電メーカーでも当時は1台所有できているかどうかという代物。しかし、iPodの世界的なヒットにより資金が潤沢であったAppleは、この切削加工機を大量に購入。中国工場にラインを作りユニボディを製造し始めたのである。
その後、MacBook Air以降のMacBook Proをはじめ、iMacにiMac ProといったMacのラインアップなど、アルミを筐体とするApple製品の大半がユニボディを採用し、それは現在も続いている。
また、18年には再生アルミニウムを100%使用した13インチ型のMacBook Air Retinaディスプレイモデルが登場。ひと足早く16年から回収したiPhoneを分解し、新たなiPhoneへと再生するシステムに続き、ノートブック型においても環境への負荷を低減するリサイクルシステムを構築している。
これから先のApple製ノートの進化とは?
アルミニウムのユニボディを纏ういまのMacBookシリーズの外観は極めてミニマル。その極めてシンプルなルックスに”詫び、寂び”にも通じる美しさを感じるのは私だけではないはずだ。しかし、この装飾性を廃したデザインが未来永劫続くのか。
いま、今後のノート型Macに関して噂レベルで言われているのは、プロセッサをもAppleで内製するのではないか、ということ。現在、プロセッサに使用するのはインテル製であり、インテルの協力なくしてMacBookはつくれない。裏を返せばそれはインテル製プロセッサに合わせ、MacBookを設計せざるを得ないということ。
たとえば現在のMacBook ProとMacBook Airに明確な差別化が出来ていない理由も、その一因にインテル製のプロセッサーを使用していることがあるかもしれない。一方、iPhoneに関しては、すでにCPUをAppleが独自に開発、製造するようになっている。MacBookのプロセッサーも独自開発が成されるとなれば、デザインの自由度も格段に高くなることが予想される。
また、これまでの工業製品は、基板をもとに周囲の筐体を設計する構造だった。しかし、現在、最先端の3Dプリンタは樹脂で立体をつくるだけでなく、樹脂の中に本体と完全に表裏一体化した回路をもプリントできるまでになっている。まるで、卵や母体の中で、血管や臓器、そして感覚器官が同時進行でかたちづくられ成長する生命体のようではないか。同様に金属筐体にそのまま電子基板をエッチングすることもいずれ可能になるはずだ。筐体と部品が区別なく一体化した本体。生命体が究極のデザインであるとするならば、どういう手法かはわからないが、Appleはそこを目指してくるのではないだろうか。現時点では夢物語でしかないが、「Appleならば」という期待は捨てきれない。今回、Appleのノートパソコンの歴史と進化を振り返ってみて、よりその思いが強くなった。