妄想旅で楽しむ“おうち時間”、あの酒と本を抱えて向かう先はココ!

  • イラスト:黒木仁史

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ウイスキー、日本酒、ワインにシャンパーニュ……。酒と本と旅を愛する書き手4人が、お気に入りの酒瓶と書籍を抱えて籠りたい場所を妄想しました。


シングルモルト×ゴシック・ミステリー×スコットランドの島──ウイスキーと文学の傑作を、風土ごと味わう。

スコットランドの名もなき島で操業する、島外不出のウイスキー蒸留所。そこに併設された小さな宿が、今回の妄想旅の“籠り先”だ。見渡すばかりのピートの原野や空を飛ぶカモメの群れ、そして荒波が打ち付ける海沿いの熟成庫…。窓の外に広がるそんな風景を眺めつつ、まずは潮風の薫るアイラ島の銘酒「ラガヴーリン16年」をストレートで。相棒に選んだ1冊はイアン・バンクスの『蜂工場』。まさにスコットランドの離島が舞台の英国ゴシック・ミステリーの傑作である。

自らが愛飲していたスコッチウイスキーの2銘柄から、“ジョンBマッカラン”なる幻のペンネームも考えていたというイアン・バンクス。そのうちブレンデッドウイスキーのジョニー・ウォーカー黒ラベルには、重要な原酒としてラガヴーリンも使われている。衝撃のラストまで緻密に紡がれる物語と同様に、刻々と変化する重層的な香味と深い余韻が楽しめる「ラガヴーリン16年」は、島の名物でもある牡蠣に垂らしても最高だ。持参した1本を飲み切った後は、蒸留所の熟成庫で眠りにつく樽から直接ウイスキーをグラスに注いで…。妄想とはいえ、実に贅沢なひと時だ。

文:西田嘉孝●ウイスキー専門誌「Whisky Galore」やPenなどのライフスタイル誌、ウェブメディアなどで執筆。2019年からスタートしたTWSC(東京ウイスキー&スピリッツコンペティション)では審査員も務める。


日本酒×歴史小説×福井の温泉宿──露天風呂で文庫を読みつつ、日本酒をちびり。

とにかく極上の蟹を食べたいのである。それも一人で籠りつつ邪魔されず…。蟹と蟹の間に温泉につかり、波の音をバックにトロリととろける美酒をなめつつ時代小説を読みたいのである。わが故郷・福井は三国の名料亭旅館「望洋楼」の露天風呂付きの一室。世界中の美食家が予約したがる部屋に陣取り昼はセイコガニ(メス)、夜は越前ガニ(オス)を堪能する。合間に、日本海に浮かぶような、波が打ち付ける露天に入り『山岡荘八歴史文庫 織田信長 全5巻セット』を読む。

山岡荘八は徳川家康のほうが知られているけれど全26巻と長い。5巻がちょうどいいし、信長を描いた数々の歴史小説の中で最もかっこいい信長を堪能できる。それに文庫はお風呂の中で読みやすいし。酒は、信長の時代に合わせてどぶろくといいたいところだけど、越前の銘酒「黒龍」の中でも希少価値の高い「石田屋」を海風の温度でちびりとやる。酒は、風呂に入りながら飲む。蟹と一緒にもいいけれど、なにせ、蟹は両手を使いジューシーな汁をほとばしらせながらむしゃぶりつくのがおいしいから、どんなに旨い酒でも、二の次になっちゃうからね。

文:友田晶子●トータル飲料コンサルタント。ワイン・日本酒・焼酎・ウイスキーなど全酒類を扱う。お酒でおもてなしができる会員1700名を率いる(一社)SAKE女(サケジョ)の会代表理事。日本産酒の普及に奔走中。


赤ワイン×長編小説×ヨークシャー ── ムーアの風を感じつつ、「ピション・ラランド」を。

エミリー・ブロンテ著『嵐が丘』の舞台ヨークシャーのムーアに吹く風の音は、私の故郷・福島に吹く晩秋の風に似ている。原題“Wuthering Heights”を『嵐が丘』と命名したという文学者の斎藤勇も同郷で、彼の中の“風”が呼応したのではないかと思えるほど。なので、少女時代からの愛読書は19世紀の空気を今に伝えるマナーハウス「ホールズワースハウス」に籠って読みたい。季節は晩秋。「ごおぉぉぉ」という魂まで響くような風の音とヨークシャーの陰鬱な空気に包まれ、しばし小説の世界に浸りたい。

傍らには「シャトー・ピション・ロングヴィル・コンテス・ド・ラランド」2016年を。ボルドー・メドック第2級のこのシャトーには、実は、かつての女主人の叶わなかった愛の物語が隠されている。画家であった彼女は戦争に行ってしまった恋人を生涯思い続けたと伝えられている。ワインの持つ“青い影”のような高貴さが、『嵐が丘』の主人公キャサリンとヒースクリフの愛と憎しみ、そして不条理までを優しく包み、浄化してくれるように思えるのだ。少女時代の原風景に出逢うことで私の“嵐が丘の旅”は完結する。

文:安齋喜美子●ワイン&フード ジャーナリスト。各誌で料理やワイン、旅、器、人物など幅広く執筆。国内外のレストランやワイナリーの取材も多数。著書に『葡萄酒物語』(小学館)。シャンパーニュ騎士団シュヴァリエ。


シャンパーニュ×冒険譚×マレ島── さざ波の音をBGMに、離島で読む漂流記。

学生時代に読み始めてすぐに挫折し、今度こそ読破しようとふたたびページをくり始めたのが、ミシェル・トゥルニエの“Vendrediou les Limbes du Pacifique”(フライデーあるいは太平洋の冥界)。ロビンソン・クルーソーの漂流記をフライデーの視点から見た、トゥルニエらしい哲学的な作品である。

こういう小説は都会の片隅だと一向に読み進まないもので、物語の舞台のように太平洋の小島でこそ没入できる。しかし、無人島ではあまりに不便すぎるから、ニューカレドニアの離島あたりがよい。しかもハネムーナーに占拠されたイル・デ・パンではなく、人気薄のマレ島。泊まるのも「パイヨット」と呼ばれる藁葺き屋根の民宿が気分である。

打ち寄せるさざ波の音のみをBGMに開けるのは、ルイ・ロデレールの「ブリュット・ナチュール2012」。仕上げの糖分添加が単にゼロなだけでなく、ビオディナミ農法のブドウを用い、3品種を同時に搾汁のうえ混醸した、文字通りナチュール(自然)なシャンパーニュ。この物語、このシチュエーションにお誂えの一本だ。唯一の心配事は、ボトルをキンキンに冷やす手段があるかだが……。

文:柳 忠之●ワインジャーナリスト。1965年、横浜生まれ。ワイン専門誌記者を経て、97年からフリー。近くは勝沼、遠くは南アフリカ、チリ、アルゼンチンまで、世界中のワイン産地を巡り、飲みまくっている。

こちらの記事は、2020年 03月01日号 Pen「ひとり、籠る宿。」特集からの抜粋です