2020年は、18世紀から19世紀を生きたドイツの大作曲家でありピアニストでもあったルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(1770~1827年)の生誕250周年にあたる。そのため、世界中でベートーヴェンにかかわる記念行事が行われ、名門オーケストラやレジェンドたちによるコンサートが開かれ、音楽レーベルからはベートーヴェンの新録作品がリリースされるなど、近代音楽史上最大の作曲家であるベートーヴェンの生誕を祝う地球規模の祝祭が始まっている。こうした中で、現代における最高のピアニストといわれるイタリアのマウリツィオ・ポリーニが、ベートーヴェンの後期ピアノ・ソナタ集を再録音したアルバム『BEETHOVEN THE LAST THREE SONATAS』を約半世紀ぶりにリリースした。
ポリーニは、1942年イタリアのミラノ生まれ。60年、18歳の時に第6回ショパン国際ピアノ・コンクールにおいて、審査員全員の一致を得て優勝。当時、審査委員長だった巨匠アルトゥール・ルービンシュタインは「いまここにいる審査員の中で、彼より上手く弾けるものがいるであろうか」と発言したという。鮮烈なデビューを飾ったポリーニは、古典派から20世紀の現代音楽まで幅広いレパートリーを誇り、圧倒的な強度と正確無比な技術に裏打ちされた演奏で聴く者を魅了してきた。また、楽譜を創造的に読解し、華麗に演奏することによって作品の新しい可能性を示す弾き手でもある。彼は、ベートーヴェンのピアノ・ソナタの全曲録音を、75年から2014年まで39年の歳月をかけて既に1度、完成させている。
そのポリーニが、ベートーヴェンの主要作品の再録音をスタートした。最初に挑戦したのがピアノ・ソナタ第30番、第31番、第32番。いわゆる「後期ピアノ・ソナタ集」で、ベートーヴェン最晩年の思想が表現されており、難解な作品だとも言われている。20年2月にリリースされたこのアルバム最後の曲、ピアノ・ソナタ第32番の演奏を聴いた時は、身体中に戦慄が走った。それは疾走するベートーヴェンの内側から響いてくる黄金色に輝く音を体感しているようだった。古典派でもロマン派でもない。激しく、あふれるように流動する音楽そのものだったのである。ぜひ一度、聴いてみてほしい。
晩年のベートーヴェンは聴力をほぼ失い、さまざまな病と闘いながら作曲を続けていたという。1827年、彼はオーストリアのウィーンで没した。56歳だった。