ベンチに腰かけておいしい日本茶ドリンクを飲みながら、ギャラリーのアートを眺めつつ友人同士でワイワイとおしゃべり。「アートと暮らしたい」気持ちに駆り立てられたら、販売コーナーで作品を物色しよう。ここは一般のギャラリーより、アート購入の敷居がとても低い。新生「渋谷パルコ」で買い物する“ファッション好き” を驚かせるほどの高価格ではないし、同じフロアの他店で売っているシャツ一枚より低価格のものもある。この空間には、ふらりと立ち寄って出入りも気まま、そんな開放的な空気が流れている。
隔月刊のアート雑誌「美術手帖」は、主に日本の現代作家を扱うECサイト「OIL by 美術手帖」を2019年4月に設立した。メディアの利点を生かして各ギャラリーと手を結び、「アートと社会をつなぐ」ことをテーマに自ら作品を販売する道に歩み出した。渋谷パルコ2階にできた店は、初となる実店舗だ。オープンに至ったきっかけは、日本カルチャーを強く打ち出そうとするパルコ側からの声がけだった。パルコが美術手帖にまずリクエストした内容は、「カフェをつくってほしい」ということ。そこでモダンな日本茶を提案する「GEN GEN AN(幻幻庵)」にディレクションを依頼。現代作家のギャラリーと和風カフェを併設するユニークな店ができあがった。
ギャラリー展示品も含め、アート作品の大半は購入可能だ。本棚には美術手帖のバックナンバーも並べられている。ここではアートと雑貨の境界線はない。身近にアートを感じてもらう狙いは、幅広い層をターゲットにする雑誌らしい発想だ。さらに実店舗は美術手帖にとって、読者(客)とダイレクトにコミュニケートできるメリットもある。ここは彼らの発信基地であると同時に、フィードバックのための重要な拠点にもなっているのだ。
「美術手帖」が発見した、現代アーティストを紹介。
2月5日(水)までギャラリーで展示されているのは、東京で活動するストリートアーティストのディエゴ。アーティスト集団「サイド コア」のメンバーでもある彼は、「グラフィティ」と呼ばれるストリートから派生したアート作品を発表している。ここで取り上げるアーティストは美術手帖が選んでおり、その選考基準は、「アートとカルチャーを横断する作家」だ。渋谷の街をさまよい歩きソースを探すディエゴは、OIL by 美術手帖にぴったりの人物である。国内外のエッジーなファッションブランドが並ぶ2階フロアに、グラフィティが舞い込んだような展示になった。見どころはギャラリー中央の立体的な作品群。渋谷のビルや路地裏のムードが模型のように表現された。立て掛けられた絵の隙間も覗き込むことで、ディエゴの目線を体感できる。
ちょっと頑張れば若者でも買える作品を扱うOIL by 美術手帖は、アートマーケットの裾野を広げる一翼を担うかもしれない。インバウンド客も多い渋谷パルコへの出店で、1948年の創設以来アートシーンと関わってきた美術手帖が抱く、「日本の才能を世界に羽ばたかせたい」という願いの実現へ近づいている。クリエイションを追求するアート、ファッションといった分野は現在、グローバルな視野をもち幅広い層にアプローチする姿勢が問われている。SNSで世界中が情報や感覚を共有する時代においては、閉鎖的な村社会は未来につながらない。
この店にいると、ウィンドウショッピングの流れで足を踏み入れる人の姿が目につく。誰もが興味深そうに店内を見回し、アートが美術館の中だけの存在ではないと感じているようだ。気に入った作品をこの場で購入しなくても、家に帰ってECサイトで注文できるプラットフォームもしっかり用意されている。OIL by 美術手帖はこれから、作家のワークショップなどのイベントを増やしていく予定だ。アートを身近にすべく奔走する、彼らのチャレンジは続いていく。
OIL by 美術手帖
東京都渋谷区宇田川町15-1 渋谷パルコ2F
営業時間:10時~21時
※休業日は渋谷パルコに準ずる。