繊細な水彩画と模型で建築のプロセスを追いかけ、建築家スティーブン・ホールの世界を覗き見よう。

  • 写真・文:中島良平

Share:

  • Line

手前が水彩ドローイングや実験的な小型な模型を集めた「パートI: THINKING(考える)」の展示。奥の模型は、建築内部の現象的・感覚的な体験を確認するための模型を集めた「パートII: BUILDING(構築する)」。

アメリカを代表する建築家のひとりであり、AIAゴールドメダル(2012)や高松宮殿下記念世界文化賞(2014)など多数の受賞歴を誇るスティーブン・ホール。日本でもかつて福岡と千葉で集合住宅を手がけた経験のあるホールは現在、ニューヨークと北京に事務所を構え、世界各地でプロジェクトを同時進行させている。その創作の出発点はいつも水彩画であり、それを3Dモデリングツールによって立体化する模型制作の過程と行き来しながらアイデアを発展させていくという。

スティーブン・ホールのそうした制作のプロセスに迫るべく、建築模型と水彩画の数々を集めた展覧会が建築倉庫ミュージアムで開催されている。展示は4部で構成されている。パートI: THINKING(考える)。パートII: BUILDING(構築する)。パートIII: CITY WITHIN A CITY(都市の中の都市)。パートIV: REFLECTING(思索する)。時系列やプロジェクト別に展示されているわけではなく、パートIのエリアでは、たとえば「テーブル3: 水、光、心理的空間」というように6台のテーブルそれぞれにコンセプトが設定されており、共通するイメージやテーマが表現された水彩画や模型をさまざまなプロジェクトから集めて展示している。

「頭が最もクリアで、建築の創造で求められる直感的・創造的な考えを取り入れやすい1日の始めに、毎日儀式のようにドローイングを描く」と説明するように、水彩ドローイングはホールの制作において欠かせない。建物の形状であったり、色の重なり合いから生まれるイメージであったり、常に並行して進められる複数のプロジェクトが彼の頭の中では動いており、影響を与え合い、徐々に具体的なかたちになっていく。

「私はそのプロセスを“Stochastic thinking”と呼んでいる」と話すホール。“Stochastic”とは一般的に「確率論的な」「推計学的な」などと訳される単語だが、ここでホールが用いている意味を要約すると、あるプロジェクトを進める過程でランダムに生まれるアイデアやイメージに関連性を読み取り、その変化の集積に終着点を見い出す思考プロセスといったところだ。

「直感を写し取った水彩のドローイングがあって、それを検証するために模型で立体化する。そこから再び生まれたイメージを何枚もの水彩画に収めて、再び模型を制作する。時間を経るごとに変化を積み重ね、具体的なかたちや空間が生まれる。そうした思考の努力のプロセスが、この個展で表現されている」

パートIのテーブル2のテーマは「抽象、色彩、音楽」。楽譜に着想して色と線を展開するドローイングなど、建物で体験する音をいち早く視覚化する過程が水彩画と模型に表されている。

実施設計(50%完了)プレゼンテーション模型(縮尺: 3/16"=1')、2016年 ウィンター・ビジュアル・アーツ・センター、フランクリン&マーシャル大学(アメリカ、ランカスター)

中央がスティーブン・ホール。1992年から1996年までスティーブン・ホール アーキテクツに勤務し、今回の展示の企画協力を行った明治大学理工学部建築学科の田中友章教授と顔を見合わせて笑顔を見せる。左が、展覧会を担当したスティーブン・ホール アーキテクツのエンリケ・ガルシア。

自然と人をつなげる役割こそ、現代建築に求められている。

「パートIV: REFLECTING(思索する)」のテーブルには、プロトタイプのテーブルランプや書籍が並ぶ。

「水彩を使う理由は、素早い作業で直観的なイメージを画面に収めることができるからだ。ずっと5×7インチのスケッチブックを使っているのだが、これまでに4万点以上のドローイングを手がけてきた。私の制作プロセスにおいて瞬間的に生まれる直感を記録し、“Stochastic thinking”を経て完成へと近づけるために水彩という”メディウム(表現手段)”は欠かせない。描いたらすぐにスマホのカメラで撮影し、ニューヨークと北京のオフィスに送信する。非常に効果的で重要なプロセスなんだ」

中国の深圳では、海沿いの土地で設計を依頼された不動産開発会社の「万科企業(Vanke Co.)」の本社、マンション、ホテルの複合建物「ヴァンケ・センター」を設計する際に、現場で体感した湿気と暑さから「熱帯の庭園上空をホバリングする」というイメージが生まれ、徐々に展開した。千葉・幕張の集合住宅では、松尾芭蕉の「奥の細道」から受けたインスピレーションをベースに、7棟の建物に「旅」を表現した。ヘルシンキ現代美術館では自然光を第一のキーワードに、すべての展示室に自然光が入り込む美術館建築を実現し、10年後のネルソン・アトキンス美術館はそこから発展させる形で、建物自体を光の塊にしたかのような美術館を完成させた。

「近代化によって都市は自然と切り離されてきたが、自然と人のつながりを取り戻すために建築が有効だというのは、日本の古い建築を見ればよくわかる。私は京都の龍安寺をよく訪れる。雪が降る冬に障子を閉めて自然の静けさを味わうことも、夏に障子を開け放って蝉の鳴き声や光を感じることもできる。季節ごとに移ろう美しい自然体験を龍安寺は感じさせてくれる。私はすべてのプロジェクトに共通して、あの小さな禅寺で感じられるような自然と人のつながりを生み出そうと考えている。自然光の取り入れ方はもちろんだし、建物の周りの池を床と同じ高さにして室内で水を感じられるようにすることもあれば、噴水の音を感じながら外から聞こえる車のクラクションやエンジン音を遮断させることもある。そうした思考はすべて1枚の水彩ドローイングから始まり、模型制作と積み重なることで具体化していくんだ」

時間をかけてスティーブン・ホールの水彩画と模型を交互に眺めていると、建物の目的やエコロジカルな視点などの理論的な思考と、そのプロセスで生まれる直観や土地から受けるインスピレーションなどの感覚的要素が複雑に絡まりあっていることが伝わってくる。いくら時間があっても見飽きないのは、展示を通してひとりの偉大な建築家の脳内をいろいろな角度から覗き見ている感覚を味わえているからに違いない。

ホリゾンタル・スカイスクレーパー、ヴァンケ・センター(中国、深圳市)「深圳では熱帯の暑さとヤシの葉のイメージがインスピレーションとなった」と語り、1面の壁にはそこから生まれた7枚の水彩画が並ぶ。

ホリゾンタル・スカイスクレーパー、ヴァンケ・センター(中国、深圳市)8本の脚に支えられて浮かぶようなイメージの建物は、温暖化によって上昇した海面が戻り、建物の土台が見えているような印象だ。

計8本、50分以上の映像プログラムも充実。長い時間をかけて完成した建物の様子を見ながら、発想の種がホールの手元から膨らんで大きなかたちになった過程を堪能できる。

Steven Holl: Making Architecture
開催期間:2019年11月8日(金)〜2020年1月18日(土)
開催場所:建築倉庫ミュージアム
東京都品川区東品川2-6-10
TEL:03-5769-2133
開場時間:11時〜19時
※最終入館18時
休館日:月
※月曜祝日の場合、翌火曜休館
入場料:一般¥3,100
※倉庫見学料金含む
https://archi-depot.com/exhibition/steven-holl_in-tokyo


繊細な水彩画と模型で建築のプロセスを追いかけ、建築家スティーブン・ホールの世界を覗き見よう。

  • 写真・文:中島良平

Share:

  • Line

Hot Keywords