代表作の『白猫』『雨滴』『鬼百合に揚羽蝶』、そして『へたも絵のうち』などのエッセイでも知られ、97歳でこの世を去った画家、熊谷守一。30年間ほとんど自宅を出ることなく、家と庭で過ごしたという晩年の日々を描いた映画『モリのいる場所』が公開されます。
舞台は、94歳のモリ(熊谷守一)と76歳の妻、秀子が暮らす古い一軒家。あごひげをたくわえた仙人のような風貌のモリと、なんだかんだとぼやきながら暮らしを整えている秀子、そして老夫婦の手伝いをしているモリの姪が、朝食の並ぶテーブルを囲んでいます。歯がないらしいモリがウィンナーを鋏のようなものでぶしゃっ! とつぶし、ふたりは飛んできた汁を淡々とよける。冒頭のこんなシーンから、早くものどかな空気に引き込まれてしまいました。
モリを撮影するカメラマンと、現代っ子のアシスタント。出入りの画商や、モリに看板を描いてもらいたいという信州の旅館の主人。隣りに建設中のマンションのオーナーと現場監督。素性のわからない男まで茶の間にやって来て、老夫婦ふたりの暮らしは賑やかです。けれどもモリがゆったりと散歩をし、植物や昆虫の観察を続ける庭はまったく別の次元。この映画にはモリが絵を描く場面はありませんが、たとえば「アリっていうのは2番目の足から動き出すんだね」と日々新しい発見をし、内なる宇宙を拡大し続けるモリの姿を描き出すことで、画家のまなざしを伝えてくれるのです。
時は1970年代。マンション建設に反対する大学生たちの声が聞こえ、台所で姪がくちずさむのは沢田研二の『危険なふたり』。モリが文化勲章などいらないと断ると、客人たちの頭の上にドリフターズのコントのようにドンガラガッシャーンと金ダライが落ちてくる。ほっこり方面に傾きそうになると入ってくる昭和のノリが、この映画を独創的なものにしています。
モリを山﨑努、秀子を樹木希林と、日本を代表するふたりが共演。わかりやすく心情を語るセリフはないけれど、ふたりだからこそ成立するユーモラスなかけあいから、手を携えてあらゆる出来事を乗り越えてきた夫婦の関係が伝わってくる、そんな一作です。
『モリのいる場所』
監督:沖田修一
出演:山﨑 努、樹木希林、加瀬 亮、吉村界人ほか
2018年 日本映画 1時間39分
5月19日よりシネスイッチ銀座ほかにて公開。
http://mori-movie.com