シャボン玉の向こうに何かが見える! 銀座メゾンエルメスのウィンドーの秘密をデザイナーに聞きました。

  • 写真:江森康之
  • 文:土田貴宏

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ウィーン在住の2人組、ミシェール’トラクスラーによる銀座メゾンエルメスのショーウィンドー「バブル・ボヤージュ」。公開は2018年5月22日まで。photo: © Satoshi Asakawa / Courtesy of Hermès Japon

ショーウィンドーに浮かぶいくつものシャボン玉。その向こう側に姿を現すのは? 現在、銀座メゾンエルメスのウィンドーを、ウィーンを拠点に活躍する2人のデザイナー・ユニット「ミシェール’トラクスラー」の「バブル・ボヤージュ」が飾っています。彼らは日本ではまだあまり知られていませんが、ヨーロッパのデザインシーンでは多方面から注目される存在。多様なテクノロジーや「動き」などの要素を巧みに取り込みながら、見る人の気持ちを心地よく揺さぶるところが、そのもち味です。「演じる。遊ぶ。プレイフルな人生!」をテーマとする今年のエルメスに、彼らの作風は見事にフィットしています。

カタリーナ・ミシェール(左)とトマス・トラクスラー(右)。ともにオーストリア出身で、学生時代から一緒に過ごしてきました。

ミシェール’トラクスラーが今回のウィンドーディスプレイを発想する原点には、エルメスから提案された「レッツ・プレイ!」というテーマがありました。その経緯をトラクスラーが説明します。

「このテーマをもとにふたりでブレインストーミングをしていて、ハイド&シーク(かくれんぼ)という言葉が浮かんできました。ショーウィンドーの中で、隠れているなにかを見つけるようなものをデザインしたいと思ったのです」

ハイド&シークのアイデアを実現しようとリサーチをする中で、彼らが出合ったのが液晶ディスプレイと偏光フィルターの関係でした。我々が日常目にしているディスプレイは、白く光って見えるだけのディスプレイに、偏光フィルターを重ねることで画像を映し出しているのです。あるコンピューターのマニアが、その仕組みをYouTubeで紹介していたと言います。

「とても単純でアナログとも言えるテクノロジーだけど、不思議な効果を生み出すことができます。もっとアーティスティックに表現したら、きっと面白くなると思いました」

ディスプレイの真っ白い画面は、シャボン玉の形のフィルターを通すと、エルメスのアイテムにちなんだアニメーションが見えます。photos: © Satoshi Asakawa / Courtesy of Hermès Japon

彼らは、スタジオで古いディスプレイを使って実験を行い、そのアイデアをストーリーのある映像と結びつけることにしました。そして偏光フィルターを、シャボン玉に見立てようと考えたのです。

「道を歩く人に伝わりやすく、説明的になりすぎず、プレイというテーマに合うものとして、シャボン玉のアイデアにたどり着きました。誰もが外に出かけたくなる春のイメージにも合いますよね」とミシェール。ディスプレイの周囲にはエルメスの製品をあしらい、各アイテムと関連したユーモアのあるアニメーションを用意しました。

ショーウィンドーは、歩く人が思わず目を止めるインパクトがあり、じっくりと見たくなる魅力があり、さらにブランドの世界観を伝える深みを備えていることが理想です。ミシェール’トラクスラーの「バブル・ボヤージュ」は、その理想形にとても近いものになりました。

見方によって動く、デザインの面白さ。

銀座メゾンエルメスの壁面にある小窓の展示スペースから。エルメスのアイテム、イラストレーション、丸い形をユーモラスに組み合わせています。photos: © Satoshi Asakawa / Courtesy of Hermès Japon

小窓のディスプレイの丸いフィルターは、斜めからだと黒く見え、正面から見るとイラストレーションが浮かびます。携帯電話の覗き見防止フィルムと同様のものを使用。

ミシェール’トラクスラーは、正面のふたつのショーウィンドーとともに、店舗の側面の小窓でも個性的なディスプレイを披露しています。

「ショーウィンドーと同じくストーリーのある見せ方を考えました。シーソーでネズミがゾウを持ち上げたりと、スケール感を無視したストーリーを窓ごとにつくっています。ファンタジーを感じさせるため、正面から見た時だけイラストレーションが姿を現す仕掛けです。携帯電話などに使うプライバシーフィルターを応用しました」

偏光フィルターやプライバシーフィルターは、テクノロジーの先端を行くものではありません。彼らはあえてこうした素材や技術に着目し、可能性を見出すのです。

「テクノロジーは魔法のブラックボックスですが、人が親しみを感じるのはアナログなもの。私たちは、その両方の要素をもつものや、境目にあるものに興味をもっています」

公私ともにパートナーのミシェール’トラクスラー。「仕事で言い合ってもプライベートにはもち込まない」のだそうです。

ともにオーストリア出身のカタリーナ・ミシェールとトマス・トラクスラーは、オランダのアイントホーフェン・デザインアカデミーで学んだ後、2009年にウィーンに戻って本格的に共同活動を始めました。コンセプトやリサーチを重視するオランダ流のデザインを体得した彼らは、ヨーロッパ各地での展示を経て知名度を高めていきます。ギャラリーなどから依頼された作品も多く、特に「動き」の要素を取り入れた作品が目立ちます。

「人は止まっているものよりも動いているものにより興味をもちますよね。そこに感情や生命を感じるからでしょう。今回のようにアニメーションを使った作品は初めてでしたが、時間からも重力からも自由な表現ができるのでとても可能性を感じました」とふたり。こちらの質問に対して、息の合った様子で答える姿は、信頼感をもって一緒にデザインに向かい合う姿勢を垣間見せます。

「お互いに頑固なので、言い争いもたくさんありますよ(笑)。でも意見が違うというのは、最終的な解決方法に至ってないということ。だから納得できるまで議論するのが私たちのやり方です」

「パースペクティブ・ボックス」は、辺の長さや各面の色のトーンにより、実際とは違う遠近感を感じさせます。視線の動きとボックスの見え方の関係性が興味深いポイント。images:courtesy of micher’traxler

ブリュッセルのデザインギャラリーから昨年発表した「ライト・ボリューム」は、薄いシルクをシェードに使用。周囲を人が歩くだけで、空気の動きがシェードの形を変化させます。photo: courtesy of micher’traxler

2001年にオープンした銀座メゾンエルメスは、日本をはじめ世界各国のデザイナーやアーティストとともに、ウィンドーディスプレイを制作してしてきました。ミシェール’トラクスラーの「バブル・ボヤージュ」は、その101回目に当たります。オープニングに際して来日し、トークイベントを行った著名なデザイン評論家のアリス・ローソーンは、ショーウィンドーを「デモクラティックなデザイン」と表現しました。その場所へ行くだけで誰もが平等に観て、楽しみ、堪能することができるからです。「バブル・ボヤージュ」は、そんなショーウィンドー文化の最新版に位置づけられる、さりげない傑作ではないでしょうか。

「バブル・ボヤージュ」
展示期間:2018年3月15日(木)~5月22日(火)
展示場所:銀座メゾンエルメス
東京都中央区銀座5-4-1
TEL:03-3289-6811
営業時間:
11時~20時(月~土)
11時~19時(日)
不定休
www.maisonhermes.jp/ginza/