沖縄の激戦地で75人の命を救った兵士の実話『ハクソー・リッジ』

  • 文:細谷美香

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主人公を演じるのは『沈黙-サイレンス-』でも神に仕える青年に扮したアンドリュー・ガーフィールド。

“ハクソー・リッジ”という耳慣れないタイトルの意味は、ハクソー=のこぎり、リッジ=崖。第二次世界大戦でアメリカ軍が苦戦を強いられた沖縄の前田高地のことを指す、断崖絶壁の戦場の呼び名です。この激戦地に武器を持たずに飛び込み、75人の命を救ったというにわかには信じがたい実在の兵士の物語を、メル・ギブソンが映画化しました。

主人公はヴァージニア州の田舎町で育ったデズモンド・ドス。戦地でのトラウマゆえに酒に溺れた父の暴力におびえながら暮らしてきた青年です。ドスは幼い頃にケンカの勢い余って弟をレンガで殴ってしまった経験も持ち、“汝、殺すなかれ”という神の教えを胸の真ん中に置いて大人になってきました。戦争が激しさを増すなか、彼の胸に芽生えてきたのは衛生兵として戦地に赴き、多くの人を助けたいという思い。看護師として働く恋人の反対も振り切り陸軍に志願しますが、絶対に銃を持たないという男の主張が軍隊で許されるはずもありません。彼を待っていたのは、壮絶な嫌がらせの日々でした。

『フルメタル・ジャケット』を思わせる軍隊での描写を重ねながらドスという人間が持つ決して揺らがない信念をあぶり出し、やがて映画の舞台はハクソー・リッジへ。これまでも監督として『パッション』『アポカリプト』などを手がけてきたメル・ギブソンは、持ち味である生々しくも暴力的なシーンを畳みかけ、お前たちには目をそらさずに見る責任があるのだと言わんばかりに、戦地の圧倒的なリアルを観客に突き付けてきます。

肉片が血しぶきとともに飛び散り、あっという間に辺りが死体の山になっていく地獄絵図。白旗を掲げると見せかけて手榴弾を投げつけてくる日本兵の戦い方も描かれ、日本人としては気まずい思いを抱かざるをえない描写もあります。けれども観る者を凄惨な戦地のただ中に引きずり込むような臨場感が高まれば高まるほど、聖書を携えてひとりでも多くの命を救おうと懸命に駆け回るドスの武器なき戦いが、尊いものとして胸に響いてくるのです。戦場で神の声に耳を傾ける彼の姿を見ながら、信仰とはこれほどまでに人を強くするものなのかと、幾度も胸を突かれました。傷ついた兵士に声をかけながら治療を施し、たくましいとは言えない体で瀕死の仲間を抱え、日本兵にも救いの手を差し伸べたドス。メル・ギブソンが“真の英雄”だと呼ぶ勇敢な人の生き方が、時を超えてスクリーンに刻まれています。

モデルとなった実在の人物、デズモンド・ドスは06年に逝去。亡くなる数年前に、やっと映画化を承認しています。

今年のアカデミー賞では作品賞ほか6部門にノミネート、編集賞と録音賞を受賞しました。

『ハクソー・リッジ』

原題/HACKSAW RIDGE
監督/メル・ギブソン
出演/アンドリュー・ガーフィールド、サム・ワーシントン、ルーク・ブレイシー
2016年 アメリカ、オーストラリア映画 2時間19分 
配給/キノフィルムズ
6月24日よりTOHOシネマズ スカラ座ほかにて公開。

http://hacksawridge.jp/