89歳を迎えてなお圧倒的な筆の勢い。国内初の本格的な回顧展「ピエール・アレシンスキー展」は見逃せません!

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    制作中のピエール・アレシンスキー 2009年 © Adrien Iwanowski, 2009
    左利きを矯正された彼は、左手は絵を描く手、右手は字を描く手としていました。左から右、右から左へ…それは具象と抽象のはざまをたゆたう画風にも通じます。

    ベルギー現代美術を代表する画家、ピエール・アレシンスキーの展覧会が、Bunkamuraザ・ミュージアム(渋谷)で開催中です。
    1948年に結成された前衛美術集団コブラ(CoBrA:コペンハーゲン、ブリュッセル、アムステルダムの頭文字)の結成メンバーとしてデビューした彼は、3年で解散する短命ながらも内面から湧き上がる激しい情熱をプリミティヴに表わしたグループの精神を引き継ぎ、90歳近い現在まで新しい作品を精力的に生み出しています。若き日から最近作の約80点の作品で紹介される「ピエール・アレシンスキー展」は、日本で初めての本格的な回顧展です。

    美術学校の広告部門に入学したアレシンスキーは、当時から絵と文字の交錯が生む表現効果を意識していたのかもしれません。いろいろな職業を分かりやすい記号と奇妙な人物で表した版画からスタートする展示では、「絶対自由主義」を謳うCoBrAと知り合い、大きく開花していくようすが観られます。
    ほとばしるような筆の勢いと、黒あるいは鮮やかな色彩は、抽象と具象のあいだでゆらぎ、作品自体が生命を持つかのように今でもうごめいています。

    彼にとって重要だったのが、1952年の日本の前衛書道との出会いでした。もともとの文字への興味と筆さばきが生む表現への関心から、急速に書の世界へ接近していきます。書家・森田子龍とも文通を始め、55年には待望の来日も果たして、「日本の書」という短編映画も制作しています(会場で観られます!)。
    軽やかな禅画で知られる仙厓を師と仰ぎ、作品だけでなく、和紙を床に置いて墨で描いてからキャンバスで裏打ちする制作方法にも影響が見られます。

    アメリカ滞在では油彩よりも自由な表現が可能なアクリル絵具とコミックを知り、画面に枠を設けて描く独自のスタイルを確立します。
    第一級の文筆家でもあり、多くの著作も刊行されているそうです。文字と言葉へのこだわりは、捨てられた手紙、古くなった証明書や地図などの反故紙を使った作品や、言葉遊びのような意味深なタイトルにも感じられます。

    素材、絵の具、制作法、モティーフ、キャンバスの形……常にとどまることなく、さまざまな挑戦と変容を続けるアレシンスキー。一貫するのは、文字と画、具象と抽象、イメージと物質、意味と無意味などのさまざまな“あわい”が、生命のエネルギーの中に描かれていること。おとろえを感じさせないその情熱は、ファンでなくとも惹きつけられること間違いなしです。(坂本裕子)

    《夜》 1952年 油彩、キャンバス 大原美術館蔵 © Pierre Alechinsky, 2016
    日本の書の影響を受けた頃の作品。形象文字を思わせる線は、筆の勢いがいまも動いているように錯覚させます。読めそうで読めない、突き放しつつも観るものを惹きこむ、静寂と躍動が同居する一枚です。

    《至る所から》 1982年 インク/アクリル絵具、キャンバスで裏打ちした紙 ベルギー王立美術館蔵
    © Royal Museums of Fine Arts of Belgium, Brussels/ photo : J. Geleyns - Ro scan © Pierre Alechinsky, 2016
    和紙に黒と白で描かれたな形態は、風景なのか、生き物なのか…。タイトルが示すのは、侵入なのか、あふれ出ようとしているのか…。周囲の鮮やかで激しい色彩の筆致とともに、その勢いに飲まれます。

    《写真に対抗して》 1969年 アクリル絵具、キャンバスで裏打ちした紙 ベルギーINGコレクション
    © Pierre Alechinsky, 2016
    コミックに刺激を受けたというコマ割りのような下部は何かストーリーを思わせ、群像なのか、怪物なのかが蠢く激しい上部とともに、わたしたちに読み取りを促します。

    《あなたの従僕》 1980年 水彩、郵便物(1829年12月17日消印) ベルギー王立美術館蔵
    © Royal Museums of Fine Arts of Belgium, Brussels/ photo : J. Geleyns - Ro scan © Pierre Alechinsky, 2016
    古い手紙の上に描かれた人物。文字と言葉を意識していた特徴がよく出た美しい小品。言葉遊びにも敏感だった彼の作品タイトルは、翻訳泣かせなのだとか…。

    《鉱物の横顔》 2015年 アクリル絵具、キャンバスで裏打ちした紙 作家蔵 © Pierre Alechinsky, 2016
    1969年以降しばしば立ち戻ったという円環キャンバスの近年作品。モザイクのような縁取りの中の蛇(?)は、タイトルと合わせた時ユーモアの中に何か大切なことを感じさせます。

    「ピエール・アレシンスキー展 おとろえぬ情熱、走る筆。」

    2016年10月19日(水)~12月8日(木)
    開催場所:Bunkamuraザ・ミュージアム
    東京都渋谷区道玄坂2-24-1
    開館時間:10時~19時(毎週金・土曜日は21時まで/最終入場は閉館の30分前まで)
    TEL:03-5777-8600(ハローダイヤル)
    入館料:一般1,400円
    http://www.bunkamura.co.jp