「世界ベストレストラン」第1位に何度も輝いているデンマーク、コペンハーゲンの「ノーマ」。このレストランについては、昨年マンダリンオリエンタル東京で期間限定オープンした際に、何やらたいへんな予約数を記録したらしい、というぼんやりとした知識しかありませんでした。デンマークで料理映画といえば『バベットの晩餐会』、きっとこのドキュメンタリーは世界中の美食家たちをうならせている、華麗な料理の数々にお腹が鳴る作品になっているんだろうなぁ、とこれまたぼんやりした予想をしながら観始めたのが、シェフのレネ・レゼピを4年間に渡って追いかけた『ノーマ、世界を変える料理』。結果的に、この予想は見事に外れました。
蟻や苔までも食材にしてしまう、あまりにも独創的すぎる料理ゆえ自分には味が想像できない、という情けない理由もあるのですが、何よりも意外だったのが熱血ともいえるレネのキャラクター。きっと監督もカメラを回すうちにレネに惹かれ、彼の人柄や哲学をどんどん掘り起こしていきたくなったのではないでしょうか。
子ども時代を祖父の故郷であるマケドニア共和国の農家で過ごし、コペンハーゲンに戻ってからはイスラム系移民の父をもつことで差別されたと生い立ちについて語るレネ。そんな彼が北欧の食材や生産者にとことんこだわるというマニフェストを掲げ、ジャンルとして存在していなかった“北欧料理”を確立していく。この裏側には、複雑な思いやハングリー精神が隠されていたに違いありません。
レネも出演しているペルーのドキュメンタリー『料理人ガストン・アクリオ 美食を超えたおいしい革命』でも描かれたように、いまいる場所に徹底的に目を向けて“料理で世界を変えられるかもしれない”という理想に突き進んでいくシェフの生き方には、グローバル化が進んだ現代へのヒントが隠されているようにも感じました。
料理をする手つきは繊細ですが、なかなか口は悪いし、苛立ちを隠さずにぶつける場面もあります。けれども“いまどこにいて、どの季節にいるのか”を伝える料理を生み出すためには絶対に妥協をせず、スタッフにも自由な意見交換をうながす姿勢はとてもフェア。唯一無二のひらめきと探究心、正直さを持つレネを中心に、若いスタッフたちがひとつの家族のように結びついていることが伝わってきて、何度も心をつかまれました。ノロウィルスという致命的なアクシデントに見舞われながら復活していく展開も、驚くほどにドラマチック。実験室のような厨房のエネルギッシュな空気はもちろん、レネ・レゼピという魅力的な人のスピリットに触れる喜びに満ちたドキュメンタリーです。(細谷美香)
『ノーマ、世界を変える料理』
原題/Noma My Perfect Storm
監督/ピエール・デュシャン
出演/レネ・レゼピ、ハンネ・レゼピ、アリ・ラミ・レゼピほか
2015年 イギリス 1時間39分
配給/ロングライド
新宿シネマカリテほかにて公開中
www.noma-movie.com