パール色に輝く流動する物質が円を描くように運動して、一瞬のうちに凝固したような感覚を放つ彫刻。銭湯跡を使った白い画廊空間の中で、美しい曲線を見せるいくつもの彫刻が不思議な存在感を発散しています。その彫刻の作者は森万里子です。1990年代からニューヨークやロンドンを拠点に国際的に活躍し、日本を代表するアーティストのひとりである彼女の最新作を中心にした個展が、東京・谷中にあるギャラリーSCAI THE BATHHOUSEで開催されています。展覧会のタイトルは「サイクロイド」。ちょうど帰国したアーティストに、作品について話を聞くことができました。
「『サイクロイド』というのは、数学で使う言葉で、円がある規則、周期で回転するときに描く軌跡の総称のことです。実は近年、こうした円に関連した作品を、2013年の東京や昨年のニューヨークなどでシリーズ的に発表しています。そのきっかけとなったのはプリンストン大学のポール・スタインハード教授が提唱している『エンドレス・ユニバース』という新しい壮大な宇宙理論です。それを簡単に言えば、宇宙は誕生や消滅を繰り返し、始まりも終わりもないという新しい環状的な宇宙論なのです。私は、その宇宙論にたいへん深く感銘を受けまして、その世界観を何とかフォルムにできないかと考え、そしてできたのがこれらの作品なのです。そのフォルムはメビウスの輪になっていて、今回の『サイクロイド』は流れるエネルギーのような感覚を表しています」
繊細な形が複雑に絡み合いながら拡散するような形をみせる彫刻は、永遠に回転し続けるような躍動感を感じさせ、ときに官能的ですらあります。こうした宇宙理論に影響を受けた作品を最初に制作したのは『トムナフーリ』(2006年)に遡り、それは素粒子理論に影響をうけたものだったといいます。
美しくも抽象的な、作品の背景にあるものとは?
「宇宙には以前から興味があったのですが、27年前に父を亡くしまして、その時に、人は死んだ後、どこに行くのだろうといろいろな人に質問したら、『宇宙に行くのではないか』というロマンティックな答えが返ってきて、私はまだ学生だったのですが、それに関連したことに興味をもったのがきっかけです。また、1996年から制作していた作品のテーマが、仏教思想でした。ご存じのように仏教には輪廻転生という思想がありますが、しかし現実にはどうもしっくりこないところがありました。そのうちに私は、日本の新石器時代、縄文に興味をもちました。そこでは自然のサイクルや再生というのを非常に大事にしているということに惹かれました。そうしているなかで、最新の宇宙理論とも出合ったのです」
一見、抽象的にも見える彼女の作品の背後には、きわめて強い個人的なリアリティと、歴史の流れや壮大な宇宙理論との出合いがあったのです。それは結果として、美しい彫刻作品などに結実しています。今回の個展では2003年から制作している目に見えないエネルギーをイメージしたドローイングをもとにした、フォト・ペインティングも展示されています。
1980年代後半にロンドンに留学し、新しいインスタレーション・アートに出合った森万里子。当初学んでいたファッションからアートに方向転換した彼女は、自由にまったく新しいアート活動を展開してきました。近年は、2010年に公益財団を設立し、自然との融合をテーマとする、新たなプロジェクト活動も展開しています。つねに新たなヴィジョンを打ち出す彼女の作品と活動から、目を離すことができません。(赤坂英人)
森万里子「サイクロイド」
会期:3月11日(金)~ 4月23日(土)
会場:SCAI THE BATHHOUSE
東京都台東区谷中 6-1-23 柏湯跡
開廊時間:12時~18時
閉廊日:日、月、祝
入場無料
http://www.scaithebathhouse.com/