赤や青などの原色を大胆に使ったカラー・コーディネートと、優雅でスタイリッシュな着こなしを見せる「サプール」と呼ばれるファッション・ピープル。彼らが生活するのは、アフリカ大陸中部に位置するコンゴ共和国の首都ブラザヴィル郊外、バコンゴ地区です。その貧しい生活環境を背景にして、ヨーロッパの高級ブランド・スーツに身を包んだ超エレガントな男たちの姿を撮った写真集の日本語版『SAPEURS the gentlemen of BACONGO』(青幻舎)が、大きな話題となっています。そこには、「サプール」の男たちの優雅さとは対照的な、政治的な紛争や環境問題などの厳しい現実も、彼らの背景にはあるのです。
写真集の作者はダニエーレ・タマーニ。ミラノを拠点に活動するイタリアのフリーランス・フォトグラファーです。日本語版の原著『Gentlemen of Bacongo』は、2009年にイギリスの出版社TROLLEY BOOKSから刊行されました。タマーニはこう書いています。
「コンゴにおいて、『エレガンス』は非常に重要視されている。スタイルが文化遺産であると高く評価される国はほかにない。その文化が生み出した伝統こそが『おしゃれで優雅な紳士協会』、通称『サップ(SAPE)』であり、それを体現する『サプール(Sapeur)』なのだ」と。タマーニによれば、「サップ」の始まりは、かつてのフランスの植民地統治時代にまで遡る。そして1980年代に、フランスから戻ったコンゴ移民がもたらした「フランス的エレガンスへの憧れ」がその原動力になっているといいます。
たとえば、タマーニが現地で出会ったハッサン・サルバドールは30歳。妻と小さな娘とともにポト・ポト地区に住んでいます。彼にとって「サップ」とは「芸術であり、人それぞれに異なった表現方法をもつべきものである」と言います。
平日は普通に働き、収入の大半を衣服につぎ込む「サプール」たち。彼らにとって、着飾ることが問題なのではなく、生き方と精神性が問題なのです。彼らは思うのです。「高級な服の内側に、人間は高貴さを備えていなければならない。SAPEURSとは、人生における選択だ」と。それはまるでひとつの宗教的な信念のようです。
この写真集に感動したデザイナーのポール・スミスが、序文を寄せています。
「私にとって、サプールたちの装いは驚くべきものだった。パリやロンドンといった世界の首都であっても、あのようにエレガントな格好をした男性たちはひと際目を引くだろう。しかし、彼らの舞台はコンゴなのだ。(中略)彼らが衣服に傾ける情熱は、今日の世界においては特殊なものかもしれない。身に着ける衣服のいかなるディテールにも細心の注意を払うサプールのスタイルは、日々身に着けるものすべてを注意深く吟味していた初期のダンディズムに通じるものだろう。私たちはいま、そのようなことに目を向ける時間もないほどに忙しい毎日を送っている。衣服やネクタイ、カフス、靴下や有名な葉巻だけが彼らを特別な存在にしているわけではない。他者への紳士的な姿勢、そして社会における重要な立ち位置にこそ、サプールの唯一無二の精神性が表れているのだ」
ダニエーレ・タマーニによって撮られた正統的ドキュメント写真集ともいえるこの本は、「サプール」の一人ひとりが個性的なエレガンスを身に着けているように、その写真にはさまざまな解釈や見方が可能でしょう。しかし少なくとも、この写真集は、一人のイタリア人フォトグラファーが捉えた現代のアフリカ文化の光の束であり、その都市文化を記録したきわめて重要なものです。私には、「サプール」たちが着こなすファッションは、彼らが過酷な現実を生きるために身に着けた、精神的で美的な鎧のように思えるのです。(赤坂英人)
上写真:抜群の色彩感覚と身のこなしを見せる個性的なサプールたち。(photo © Daniele Tamagni)
写真集の作者はダニエーレ・タマーニ。ミラノを拠点に活動するイタリアのフリーランス・フォトグラファーです。日本語版の原著『Gentlemen of Bacongo』は、2009年にイギリスの出版社TROLLEY BOOKSから刊行されました。タマーニはこう書いています。
「コンゴにおいて、『エレガンス』は非常に重要視されている。スタイルが文化遺産であると高く評価される国はほかにない。その文化が生み出した伝統こそが『おしゃれで優雅な紳士協会』、通称『サップ(SAPE)』であり、それを体現する『サプール(Sapeur)』なのだ」と。タマーニによれば、「サップ」の始まりは、かつてのフランスの植民地統治時代にまで遡る。そして1980年代に、フランスから戻ったコンゴ移民がもたらした「フランス的エレガンスへの憧れ」がその原動力になっているといいます。
たとえば、タマーニが現地で出会ったハッサン・サルバドールは30歳。妻と小さな娘とともにポト・ポト地区に住んでいます。彼にとって「サップ」とは「芸術であり、人それぞれに異なった表現方法をもつべきものである」と言います。
平日は普通に働き、収入の大半を衣服につぎ込む「サプール」たち。彼らにとって、着飾ることが問題なのではなく、生き方と精神性が問題なのです。彼らは思うのです。「高級な服の内側に、人間は高貴さを備えていなければならない。SAPEURSとは、人生における選択だ」と。それはまるでひとつの宗教的な信念のようです。
この写真集に感動したデザイナーのポール・スミスが、序文を寄せています。
「私にとって、サプールたちの装いは驚くべきものだった。パリやロンドンといった世界の首都であっても、あのようにエレガントな格好をした男性たちはひと際目を引くだろう。しかし、彼らの舞台はコンゴなのだ。(中略)彼らが衣服に傾ける情熱は、今日の世界においては特殊なものかもしれない。身に着ける衣服のいかなるディテールにも細心の注意を払うサプールのスタイルは、日々身に着けるものすべてを注意深く吟味していた初期のダンディズムに通じるものだろう。私たちはいま、そのようなことに目を向ける時間もないほどに忙しい毎日を送っている。衣服やネクタイ、カフス、靴下や有名な葉巻だけが彼らを特別な存在にしているわけではない。他者への紳士的な姿勢、そして社会における重要な立ち位置にこそ、サプールの唯一無二の精神性が表れているのだ」
ダニエーレ・タマーニによって撮られた正統的ドキュメント写真集ともいえるこの本は、「サプール」の一人ひとりが個性的なエレガンスを身に着けているように、その写真にはさまざまな解釈や見方が可能でしょう。しかし少なくとも、この写真集は、一人のイタリア人フォトグラファーが捉えた現代のアフリカ文化の光の束であり、その都市文化を記録したきわめて重要なものです。私には、「サプール」たちが着こなすファッションは、彼らが過酷な現実を生きるために身に着けた、精神的で美的な鎧のように思えるのです。(赤坂英人)
上写真:抜群の色彩感覚と身のこなしを見せる個性的なサプールたち。(photo © Daniele Tamagni)
『SAPEURS the gentlemen of BACONGO』
Daniele Tamagni著 青幻舎 ¥2,484