カン・ハンナ「私のおすすめ韓国映画5本」とマブリー愛、韓国映画が面白い理由

  • 文:柾木博行

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カン・ハンナ「私のおすすめ韓国映画5本」とマブリー愛、韓国映画が面白い理由

<面白い韓国映画には理由と「仕組み」がある――そう語る、ソウル出身で歌人・タレント・国際文化研究者のカン・ハンナ。おすすめの韓国映画について尋ねると、韓国ブロックバスター作品の「共通点」、いま会いたい1人のスターも教えてくれた> 

1.『八月のクリスマス』(1998年)
2.『殺人の追憶』(2003年)
3.『タクシー運転手 約束は海を越えて』(2017年)
4.『犯罪都市』(2017年)
5.『完璧な他人』(2018年)

韓国映画はヒットする「仕組み」を知ると面白い。でもその前にまず、私が一番好きな映画を紹介したい。『八月のクリスマス』(1998年)という作品だ。20年以上前の映画だが、今でも韓国人みんなから愛されている。

パラマウント・エンターテインメント Japan-YouTube

それまで韓国映画のラブストーリーと言えば、号泣するシーンが多かった。でもこれは真逆で、静かな愛の物語。登場人物は最後の最後まで泣かない。

病で余命わずかな男性が営む写真館に、若い女性がやって来て、そこから恋が始まる。物語は静かに進んでいって、あれ終わっちゃった、と思わされるけれど、心に余韻が残る。

主演のシム・ウナは当時トップ女優だったが、その後引退してしまった。彼女の演技力や透明感がこの映画にとても合っていた。復帰してまたラブストーリーをやってほしいと今でもファンが待っている、素晴らしい女優。

同じ頃、韓国で岩井俊二監督の『Love Letter』がヒットし、国民的な人気を得た。これもゆっくりと始まるラブストーリーで、韓国人と日本人の感受性は意外と同じなのかなと思う。だからこの映画にも日本の人たちが好きな要素があるはず。

2003年、『殺人の追憶』が公開された。この映画をオススメする理由は、『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督の作品の中で、私が最も衝撃を受けた映画だから。

これは私が子供の頃、80年代後半から90年代に実際にあった殺人事件を基にしている。華城(ファソン)という、私が住むソウルから車で40分しか離れていない村で起こった事件だったし、女性を狙った連続殺人だったので、とても怖かったのを覚えている。しかも犯人は捕まっていなかった。


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それまでの韓国映画にないチャレンジが2つあった。1つは、実話を基にしていたこと。リアリティーを追求するため、徹底した調査が行われた。2019年になって事件の犯人が判明したが、映画で描かれた犯人とそっくりで、まるで予測していたようだと韓国で再びブームになったぐらいだ。

もう1つは、ポン・ジュノ映画の特徴だが、ちょっと笑いを取り入れていること。深刻なスリラー作品なのに、笑いがある。

『パラサイト』も同様で、ブラックコメディーであることが世界で評価された理由の1つだったと思う。『殺人の追憶』を初めて観たとき、このテーマで笑わせるんだ、と衝撃を受けた。当時の韓国映画は、暗い作品かコメディーか、どちらかだったから。

1000万人以上を動員する映画分析したレポートによると…

2000年代になり、韓国映画は変わった。『殺人の追憶』は560万人以上の観客を動員し話題になったが、そうした韓国ブロックバスターの「仕組み」が作られた。

ポイントは、社会性があること。1000万人以上を動員する映画を分析したリポートが韓国で出ていて、その中でも「リアリティー」や「社会性」が特徴として挙げられている。社会性があるとメディアが取り上げやすいし、観客の共感も得やすい。

ポン・ジュノ作品もそうだ。彼は『パラサイト』も素晴らしいが、『殺人の追憶』がその原点になったのではないか。

音楽の場合、韓国ではグローバル戦略として欧米に合わせて作るが、ポン・ジュノ監督は韓国のオリジナリティーを重視する。彼はこう言っている。「最も韓国らしいものが、最も世界的な作品になる」


チャン・フン監督の『タクシー運転手 約束は海を越えて』も、実話を基にした社会性のある映画だった。人口5200万人の国で、観客動員数は1200万人。

こんなに大ヒットしたのはなぜか。2017年になって、1980年の民主化運動、光州事件をテーマにした映画が公開されたのはなぜか。

理由は、朴槿恵(パク・クネ)元大統領の弾劾にある。2016年末に弾劾訴追され、2017年3月に逮捕された。この弾劾と公開時期が一致している。

1980年――。光州は封鎖され、ソウルから行けない。そこで取材に行きたいドイツ人記者がソウルのタクシー運転手に、10万ウォンの大金を渡すから、光州まで行ってくれと頼む。お金を稼ぎたいだけだった運転手はその中で、軍事独裁政権がデモを弾圧し、民衆を殺すのを目撃する。

社会を変えるのは私たち民衆だと描き、正義のメッセージを強く打ち出した映画だった。

私はいま韓国映画をテーマに博士論文を書いている。そこでも現代の韓国映画の特徴として示しているのが、人々の記憶を再生産する役割。

『タクシー運転手』は今の時代に向けて、民主化運動の物語を残し、みんなの記憶を引き出す役を担った。そんなところも日本の人たちに理解してもらえたらと思う。

リアリティーを追求し、完全なフィクションよりは、ファクトとフィクションを混ぜた作品が最近は主流になっている。2017年公開の『犯罪都市』も、実話を基にしてヒットした映画だった。


ただしこの作品、『殺人の追憶』と違い、基になった事件はあまり知られていない。2004年と2007年の2回、ソウルのチャイナタウン――複雑な歴史の中で朝鮮族の人たちが集住するようになった地区――で起こった犯罪組織と警察の抗争を、1つにまとめて映画化したもの。

私はこれを観て、あまりの残酷さに「大丈夫か韓国?」「これは夢に出るでしょ!」と衝撃を受けた。公開当時、中国人や朝鮮族への差別につながるのではないかという意見も出たほどだ。

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私も大好き。かわいいですよ。一度会ってみたい。

おすすめする理由の1つは、刑事を演じた主演のマ・ドンソク。いま韓国映画と言えば、彼を語らないわけにはいかない。

苗字とラブリーと掛け合わせて「マブリー」と呼ばれるけれど、私も大好き。かわいいですよ。一度会ってみたい。

『犯罪都市』はマブリーのよさが一番出ている作品だと思う。モデルになった刑事が韓国の番組に出ていたが、彼に本当によく似ていた。その話題性も映画の人気を後押しした。演じた刑事は、屈強な人物だが、酔いつぶれて寝坊するなど人間味があって笑わせるし、共感を呼ぶ。マ・ドンソクという韓国映画界に登場した一人のスターを味わってほしい。

マ・ドンソクは高校生のときにアメリカに移住していて、実はアメリカ国籍だ。英語も堪能だし、「チーム・ゴジラ」という会社を作って映画のシナリオ開発にも携わっている。『犯罪都市』のシナリオにも少し関わっているらしい。

キャラクターが魅力的だし、役者であり、作り手でもある。ものすごい才能で、今後の活躍が楽しみ。


最後に紹介するのは、『完璧な他人』(2018年)。珍しいケースだが、イタリア映画のリメイク版だ。面白いのは、この韓国版がベトナムでリメイクされたこと。韓国のスタッフが顧問として入り、ベトナムでも大ヒットしたようだ。

株式会社ハーク-YouTube

アジアからアジアへ。韓国映画の発展とグローバルなコンテンツの広がりを示す、面白い例だと考えている。

この映画は、物語の95%が家の中のリビングルームで起こる。40歳を超えた幼なじみの男たちとその妻、3組の夫婦と男性1人の計7人が、引っ越し祝いで集まって食卓を囲む。

ただ座ってしゃべっているだけで、大きなスクリーンで観ないといけない作品でもないのに、530万人もの観客を動員していた。それで気になって観てみたら、これが面白い!

精神科医である1人の女性が「全員スマホを机に置いて、届くメールやかかってくる電話を全て公開しよう」と言う。結論だけ言うと、秘密は大事だよね、と。秘密が全てオープンになり、みんなボロボロになってしまう。

まさにブラックコメディー。この映画をきっかけに、ブラックコメディーというジャンルがこれから盛り上がるかもしれない。

観客は40代が多かったらしく、30代、40代の人たちには「そう来るか!」と思わせる場面もあれば、「分かる~」というせりふもある。出演しているのは、演技力と言えばこの人という俳優ばかりで、キャスティングが素晴らしい。

韓国では通常、映画に出る俳優とテレビドラマに出る俳優は異なる。大学で4年間、演技を学問として修めなければよい役者になれないとされ、アイドル出身だと映画にはなかなか出演できない。この映画はまさに映画俳優たちの作品。


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こんな名言も…「男と女は脳のOSが違う」

例えばこんな名言が出てくる。「男と女は脳のOSが違う。女性はiPhoneで、男性はアンドロイド」と、1人の女性が言う。「男性は安価で扱いやすいが、ウイルスに弱いので、いちいちアップデートしないとばかになる」。なんか分かりますよね(笑)。大人に観てもらいたい。

私は韓国にいたとき、毎週必ず映画館に行っていた。日本人と比べ、韓国人は映画との距離が近い。たくさん観ているから目も肥えており、制作費が多くても、リアリティーに欠けると見向きもしない。

ヒットした映画には理由と仕組みがある。だから面白いんです。

(構成・森田優介)

カン・ハンナ(Kang Hannah)
歌人・タレント・国際文化研究者。ソウル出身。2011年に来日し、2020年12月に初の歌集『まだまだです』で第21回現代短歌新人賞を受賞。最近はビーガン・コスメブランドを立ち上げるなど、多方面で活躍している。横浜国立大学大学院博士後期課程在学中。

※韓国を飛び出し、世界で支持を広げ続ける「進撃の韓流」――本誌5月4日/11日号「韓国ドラマ&映画50」特集より。本誌では夏までに日本公開される最新映画、注目のドラマも取り上げています