人や動物と出会い、生じた摩擦がアートになる。

  • 文:岩崎香央理
Share:

人や動物と出会い、生じた摩擦がアートになる。

文:岩崎香央理
38

鴻池朋子

アーティスト

●1960年、秋田県生まれ。東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻卒業。玩具などの企画デザインを経て作家活動を開始。2015年の個展『根源的暴力』(神奈川県民ホール)で翌年の芸術選奨を受賞。18年に個展『ハンターギャザラー』(秋田県立近代美術館ほか)を開催。

なめした牛の皮をはぎ合わせた巨大な垂れ幕を画布として描かれた、宇宙のモチーフや野生動物の勇姿。鴻池朋子(こうのいけ・ともこ)の『皮トンビ』は、昨年の瀬戸内国際芸術祭で約8カ月間、大島の山あいの森につるされ、真夏の太陽や秋の台風に晒された作品だ。現在はアーティゾン美術館で行われている『ジャム・セッション 鴻池朋子 ちゅうがえり』展で、その姿を再び見せている。国立新美術館で時を同じくして開催していたグループ展『古典×現代2020』(8月24日で終了)では、24mもの幅に縫い合わせた動物の皮に幻想的な風景を描いた大作『皮緞帳』を発表。自然を舞台に渦巻く生と死のエネルギーを美術館という空間に解き放ち、訪れる人を魅了している。

『ちゅうがえり』展では、群れのようにつるされた狼の皮の合間を観客が通り抜ける体験型展示をはじめ、鴻池が雪山や渓流を旅し、地球と共鳴するように歌う映像、さらには天変地異を思わせる光景を緻密に描いた襖絵とスロープを組み合わせたインスタレーションなどを発表。濃い世界観と、振り幅の著しさは驚異的だ。

鴻池は、フィールドワークを制作の源とする。自身が描く野生動物の目にも似たまっすぐな瞳を向けて語った。

「自分と近いものを探すような感覚で、動物や人と出会う」

鴻池は自然へ分け入り、そこで生きる人や動物と五感で触れ合うことで、生命のエネルギーを外から取り込み、アートへと変換する。

「作家が内に秘めたすごいものを表現するのがアートだと思う人が多いけれど、私の中にはなにもないし、内面から新しいものが生み出されるわけでもない。人と出会って話を聞いて、見慣れないものを食べたり嫌なものを味わったり、自分がそれに拒絶反応を起こすことも含めて、摩擦からなにかが生まれる。地球とやりとりをして、自分のリアクションに驚いたりしながら、ものをつくってきた感じです」

過去には、収集や保存に重きを置く美術館に疑問を呈し、秋田の山小屋や能登半島の断崖など、厳しい環境に作品を設置することもあった。美術以外の学者や専門家と交流し、各地で民俗学的なアプローチを取ったワークショップを実施することも多い。

「専門性に閉じ込もった美術言語や、作品を過度に保護する展覧会の構造が、狭くて息苦しいと感じるんです。美術の外側ではもっと豊かな言葉が使われているのに、美術館だけが隔絶され、地球と合わない。それを変えたいし、どうしてもそこにその作品がなければならないような、必然的な場所を探し出すことを大事にしている」

場を求める中で、物事と出合い、摩擦が起こる。事故のような衝撃もあれば、わずかな苛立ちだったりもするが、そのささくれに目を向けることこそ、作家の性分だと彼女は考える。

「なぜ苛立つのかがわかると、自分の弱点が見えて、それが少しかわいくも感じる。そういう職業なんですよ。自分のよい面と向き合うんじゃなく、ダメな部分を使ってもいい仕事。ものをつくる時って、倫理観や常識を取っ払った危険なところで〝遊ぶ〞んです。だから面白いし、その危険な遊びを公にやれるのがアーティストだと思う」

会場につるされた動物の皮に触れると、野生と死が身に迫るような威圧感を覚える。だが、展示を一巡し、彼女が地球とやりとりした痕跡をたどると、死の重苦しさは遠のき、風通しのよさを感じる。鴻池は自身のアートを「生まれたての目でなにかと出合うこと」と言った。作品を機に、私たちは新しい目を得ているのだ。


Pen 2020年9月1日号 No.502(8月17日発売)より転載


ジャム・セッション 石橋財団コレクション×鴻池朋子『鴻池朋子 ちゅうがえり』

現代美術と所蔵作品が共演するシリーズの第1回。新作の大襖絵を中心に地球との対話を表現する鴻池の作品と、ギュスターヴ・クールベなど石橋財団コレクションの名作を展示。photo: Nacasa & Partners

6/23~10/25
アーティゾン美術館
www.artizon.museum