心に働きかけるなにかを、デザインで打ち出す。

  • 文:土田貴宏

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心に働きかけるなにかを、デザインで打ち出す。

文:土田貴宏
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we+

コンテンポラリー・デザインスタジオ

●林登志也・1980年生まれ(左)と安藤北斗・ 1982年生まれ(右)は、2006年に「we+」を結成し、13年に会社設立。パリやミラノのデザインギャラリーから作品を発表するほか、ショーウィンドーのインスタレーションや企業との先行開発など、幅広く活動する。

「we+(ウィープラス)」は、林登志也(はやし・としや)と安藤北斗(あんどう・ほくと)を中心とする、ユニークなデザインスタジオだ。彼らが標榜する「コンテンポラリーデザイン」とは、実用性や美しさを重視する既存のデザインと一線を画す。たとえば2019年に発表した椅子『ヒープ』は、無数の鋭角的なピースですべてが構成され、座ることを拒否するような姿をしていた。彼らは言う。

「一定のクオリティをもつ大量生産された椅子は、産業革命を経て世紀に行きわたった生活必需品ですが、そこに僕らは新しい視点をインストールしたい。その椅子がもたらす違和感が、人々の価値観を変えるきっかけになるかもしれません」

06年に知り合ったふたりは、やがてともにサイドワークとしてwe+の活動を続けた後、 13年に独立。その翌年、国際的なデザインの祭典として知られるミラノ・サローネへの初出展が、コンテンポラリーデザインに注力する大きな転機になったという。

「その時は純粋な好奇心で出展しました。家具やインスタレーションなど幅広い展示があるのは知っていたので、自分たちが本気でいいと思うものがどう評価されるか見てみたかった」

そこで発表した、透明の天板の下で水滴が踊るように動き回るテーブルは、大きな反響を得る。そうして、一般的な家具デザイナーと異なり、ギャラリーを通じてエディション作品を発表する、コンテンポラリーデザインの在り方を強く意識するようになった。

「ヨーロッパのシーンを知り、正面から家具で勝負する難しさも、僕らにあって向こうにないものもわかった」と林。また、安藤は「最初から、クライアントワークより自主制作がメインだったので、誰かがつくったプロダクト・デザインという山を登るより、自分たちで山をつくりたかった」と言う。その後も海外での作品発表を重ね、彼らは確かな手応えを得てきた。発想の源となる、自らの手で素材を扱うノウハウも、着実に積み重ねている。

「世界の同世代のデザイナーの中で、半端なものはつくれないという責任感もあります。産みの苦しみは5年前と同じ。もがいているうちに、ある素材やアイデアによって光が差す瞬間が訪れるんです」と、安藤は語る。

今年は、銀座メゾンエルメスと資生堂銀座ビルで、それぞれショーウィンドーのデザインを手がけた。エルメスでは色とりどりの砂が、ガラスの実験器具の中で混ざり合い、新しい色彩が生まれていく。自然の営みと人間の創意が交錯するような、印象的な景色をつくり出した。資生堂のショーウィンドーは、80枚の円形の紙の動きを、風の強弱によってコントロール。そのふるまいの繊細さに目を奪われる。

「企業の世界観を正確に理解して、自分たちのアプローチと交わる場所を探すような作業。そこでwe+にしかできないアウトプットを考えます」と、 林はショーウィンドーについてのスタンスを説明する。空間が仕切られ、表現の制約も少ないので、彼ららしさを発揮しやすいのは自明だろう。そこに動きを取り入れたり、砂のように扱いにくい素材を使うことは設営のハードルを上げるが、それゆえに到達できる高みがあることを、彼らは知っている。
 「作品を15分ほど身動きせず見続ける人や、涙を流す人がいるんです。資生堂のショーウィンドーに『心が浄化された』とメールをもらったこともある。 いまの社会状況の中で、人の心に働きかけるなにかができたのがうれしい」

デザインの価値観は更新されても、 核となる良心は揺らぐことなく、そこにあるのだ。


Pen 2020年6月1日号 No.496(5月15日発売)より転載


銀座メゾンエルメス『エンカウンター』

人、思想、技術など多様な要素をカラフルな砂によって暗示。その色彩が新たな色彩を生み出す。

資生堂『ビューティー・イノベーション 2020』

下から風を送り込むことで、円形の紙に豊かな動きと表情を与えた。