ネット配信が劇場を救う!? 「仮設の映画館」で観る、ある医師を描いたドキュメンタリー『精神0』に注目。
新型コロナウイルスによって多くの映画館が休館せざるを得ず、公開延期も相次いでいるいま、インターネット上に「仮設の映画館」をオープンする試みが行われています。このプロジェクトに賛同した全国各地の映画館の写真がホームページに並び、その写真をクリックすれば訪れたい劇場へ。その鑑賞料金はそれぞれの劇場と配給会社、製作者に分配される仕組みで、「状況が変わったらぜひ映画館へ」のアナウンスとともに、映画が配信されます。
現在ここで配信されているのが、「被写体や題材に関するリサーチは行わない」「台本は書かない」など十戒を掲げた“観察映画”で知られるドキュメンタリー作家、想田和弘監督の最新作『精神0』。2008年の『精神』でカメラを向けた、岡山県にある外来の精神科診療所の山本昌知医師の引退を見つめた作品です。『精神』は被写体の顔にモザイクをかける手法はかえって偏見を助長するという監督の意向から、素顔での出演を許可した人のみが登場した作品でしたが、今回の主人公は山本先生。はじめに、山本先生を頼りにしていた患者たちが心細さを隠せない様子を映し出し、カメラは82歳の山本先生と妻の芳子さんの日常を“観察”していきます。
ナレーションやテロップ、音楽がないのはいつも通り。ゼェゼェと少し苦しそうな山本先生の息遣いがそのまま生きているリズムのように聞こえ、記憶が徐々に失われている芳子さんの足取りはおぼつきません。ふたりでお墓参りに行き、段差のある墓地を歩くシーンでは転倒しないかと心配になり、画面越しに手を差し伸べてしまいそうになるほど。きっと監督はどんなにか手助けしたかったに違いないと、覚悟をもって観察するドキュメンタリー作家の凄みを感じました。
映画のキャッチコピーに“夫婦の純愛物語”とあるように、もうひとりの主人公は妻の芳子さんです。しわのある手をこすりながら微笑んでいる芳子さんは、苦労も喜びも多くを語ることはありません。けれども楽しい時間を一緒にたくさん過ごしたという近所の友人が、愛おしそうに語る思い出話から伝わるのは、夫を支え続けた人生の断片。『精神』の頃の芳子さんの映像も挿入され、そこからは誰もが目を背けることのできない老いと、彼女の生き方が浮かび上がってきます。患者とともに歩いてきた医師が最も近い存在である妻にも穏やかに接し、手を取り合う。山本先生が“共生”の意味を問いかけてくるドキュメンタリーです。
『精神0』
監督/想田和弘
出演/山本昌知ほか
2020年 日本・アメリカ映画 2時間8分
「仮設の映画館」にて公開中。
www.seishin0.com