フレッド・アステアが愛した、踊り出したくなるほど軽やかなスタイリング
文:小暮昌弘(LOST & FOUND) 写真:宇田川 淳 スタイリング:井藤成一第4回 角型ウォッチ
“Do it big, do it right, do it with style”(大きくやれ、正しくやれ、そしてスタイルをもってやれ)——20世紀を代表するダンサーであり、映画スターのフレッド・アステアが遺した言葉だ。1899年にアメリカのネブラスカ州オマハで生まれ、幼少期から姉のアデールとダンスチームを組み、17歳でブロードウェイにデビューしたアステア。1930年代から50年代は多くのミュージカル映画に出演し、ひと目見れば誰もがアステアとわかるスタイルを確立した唯一無二の存在だ。アメリカでは俗語で「アステア」に「ダンスの上手い洗練された男性」という意味があったとも伝え聞く。
ダンスについては完璧主義者で、練習を重ね納得できるまで何度も撮影を取り直したアステアだが、着こなしにおいても完璧主義は変わらず、そのスタイルはエレガンスそのもの。トラッドをベースにしながらも、首元のスカーフなどで英国的な優雅さを表現する。スーツ、ジャケットなどのサイズの選び方、踊った時にソックスを見せる絶妙なパンツの長さは、いま見てもまったく古びて見えない、いやドレスアイテムを着こなす時には、ぜひとも参考にしてほしいと断言できるくらい。
4回にわたり、世界のエンターテインメント史を代表するダンサー&俳優であるフレッド・アステアが愛用した名品について語る。
アメリカのファッション評論家のブルース・ボイヤーが書いた『FRED ASTAIRE STYLE』(ASSOULINE刊)という本がある。ボイヤーの解説とともにアステアの多くのポートレイト写真が掲載された、アステア好きにはたまらない一冊だ。同署に収められた写真の中で、アステアは何種類かの腕時計を身に着けている。どれも紳士の着こなしの要件である“アンダーステートメント”=控え目なデザインの時計を選んでいるが、ツイードジャケットに合わせていた角型の時計は、スイスのボーム&メルシエのものだといわれている。当時、多くのスターの御用達だったウォッチメーカーで、映画『サムライ』(1967年)でアラン・ドロンが着けているのもボーム&メルシエの腕時計だ。
ボーム&メルシエは、1830年にスイスで創業された時計メーカー。モットーとして掲げているのは、「妥協を許すことなく、最高品質の時計だけをつくる」ことだ。
現在発売されているコレクションの中で、アステアが愛用したモデルに近いのは「ハンプトン」に違いない。美しいレクタングラーケースで、カーブをかけたケースデザインは手首に心地よく添う。オフホワイトの文字盤とブルースティールの針が気品を漂わせ、ブラックのアリゲーターストラップがラグジュアリーさを演出する。裏側のシースルーバックから見えるのは、信頼ある自動巻きムーブメント。スーツスタイルには絶好の一本。流行を超えたその佇まいは、いまもなお古びて見えないアステアの印象と重なる。
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