漫画家、大橋裕之が切ないと感じた空っぽのギョウザとは?
アートディレクターの古谷萌、コピーライターの鳥巣智行、菓子作家の土谷みお、建築家の能作淳平が、料理人とは異なる視点から新しい餃子づくりに取り組む「トゥギョウザー」。4人が毎回、さまざまなゲストと会話しながら、これまでにない餃子をつくる。そんな活動です。
11回目のゲストは、漫画家の大橋裕之。この日のトゥギョウザーは、大橋のファンだという鳥巣のこんな質問から始まりました。
鳥巣 今日のために大橋さんの漫画を読み返してみたら、改めて、なんでこんなに切ないのかなと。普段、切なさを意識してストーリーを考えているんですか?
大橋 泣けるとか悲しい気持ちにさせたいわけじゃないですが、みじめすぎて笑うしかないとか、そういう切なさが好きですね。
土谷 大橋さんの漫画は、みんなが日常で体験しているはずだけど取りこぼしているような出来事を、上手に拾っていますよね。
鳥巣 そう。でも昨日、改めて注意深く読んでみたら、UFOとか超能力とか出てきて、非日常なことばかりでした。
能作 大橋さんの漫画って、日常のイメージがあるけどじっくり読むと非日常なんだ。
古谷 突然、船に乗って島に行くみたいな、普通の漫画だとツッコミたくなるようなシーンも、タッチが独特だからかあまり気にならないんですよね。SF作家の星新一さん的というか。星さんの作品は、だいたい日常から始まって不思議になっていきますよね。
鳥巣 たとえば、「シティライツ」という作品に、「UFOに石を投げたらカーンって音がした」みたいなシーンがあるんですね。UFOという非日常のものなのに、音は普通。そういう些細な描写に、切なさや日常を感じるのかもと思ったり。
能作 最後のコマを読んだ後に、余韻が残りますよね。ああ、このあとも、漫画の中のこの世界は続いていくんだろうなと思ってしまいます。
古谷 大橋さんは、普段から人の観察をしてるんですか?
大橋 そうですね。観察しようと思っているわけじゃないんですけど、いつの間にかしてますね。喫茶店で隣の席の人が話しているといつのまにか聞き入ってしまったり。そういう時に、「これはネタになりそうだな」と考えることはあります。
土谷 あと、大橋さんの漫画に出てくる人って、目がギョウザっぽいカタチですよね。
大橋 ギョウザはいままで一回も言われたことがないですけど、漫画の目って、いろいろなパターンがありますよね。昔、漫画の賞に応募する時に何か特徴がないとだめかなと思って、目の上下の輪郭がつながる部分を、突き抜けさせたらどうだろうと描いたのが始まりです。もともと絵がまったくうまくなくて、なんとか気に留めてもらおうと。かといって、描き込む努力もしたくなかったんです。
能作 怒っているのか笑っているのかわからないような目にも、余韻を感じさせる秘密がありそうです。
鳥巣 そういえば、先日クラウドファンディングをやってましたよね。アニメ映画の「音楽」が、そろそろ公開だそうで。
大橋 公開は2020年1月です。今年10月の下北沢映画祭で短縮版を上映する予定が、台風で延期になりました。
鳥巣 監督が気に入って、2012年から自主制作でつくり始めたんですよね。
大橋 そうですね。「音楽」を描いたのは、2005年ごろでした。僕は上京する前から、自費出版で漫画を出してたんですけど、1冊目が短編集で、2冊目が今回のアニメ映画の原作になった「音楽」でした。1冊目の短編集を地元の友達やその知り合いに読んでもらったら、「つまらない」とか「意味がわからない」という辛辣な意見が多くて。つまらないのはまだしも、伝わらないのはしんどいなと思って、なるべくわかりやすくなるように意識して描いた2冊目が「音楽」。音楽をやったことないヤンキー3人が、ベース、ベース、ドラムでバンドを始めるという内容なんですが、それを読んだ人たちに、もっとつまらなくなったと言われて。結論としては、人の意見なんか、気にしすぎないほうがいいなと思いました。
鳥巣 それはだいぶ切ないですね。今回のテーマは、大橋さんの漫画に合わせて「切ないギョウザ」にしました。ちなみに、大橋さんはギョウザ好きですか?
大橋 餃子は好きですね。しょっちゅうじゃないですけど作ったりしますよ。
古谷 それではアイデア出しを始めましょう。
大橋が描く漫画に合わせて考えてきた、切ないギョウザのアイデアを発表。
ここで、4人があらかじめ考えてきたアイデアを発表。ゲストの大橋が最も気に入ったひとつを、みんなでつくって食べてみます。まずは、鳥巣のアイデアから。
鳥巣 大橋さんの漫画の切なさは、あると期待していたものがなかったときの裏切りかたがポイントだと思いました。そこで、「空気ギョウザ」です。材料は皮だけで、皮で空気を包んで揚げます。餡が入っていると期待して食べるんだけど、入っていない。でも、これはこれでありかもなと感じる切なさがある。
土谷 揚げワンタンみたいな?
能作 中に何か入ってそうにつくるのが課題ですね。
鳥巣 たしかにそこが問題です。オーブンで焼くのもいいかも。どちらにしても、塩で食べたいです。
続いて能作のアイデアを。
能作 僕は味がない「ギョウザ(無味)」です。
土谷 なんか絵がいつもとぜんぜん違くて切ない。
鳥巣 もしかして絵を描く時間がなかったんですか?
能作 いやいや笑。そんなことはないです。今回はあえて切ないタッチで描いてみました。食べていると、少しずつ味がしてくるみたいな薄味で、タレも醤油と酢が入っているように見えるけどあまり味がしないギョウザです。
土谷のアイデアは?
土谷 「ひとり流しギョウザ」。
鳥巣 タイトルがすでに切ないっすね。
土谷 ゆでた餃子の皮を流して、箸ですくって、タレをつけて食べるギョウザをやりたいとずっと前から思ってました。包まないからつくるのが楽だし。食べものとしてはつけ麺的なイメージです。
能作 以前の「金魚すくいギョウザ」に通じる楽しさがありますね。
土谷 流しそうめんはみんなでやるから楽しいのであって、1人でやるとどうなんだろう。1人で竹とか切ってきて準備して、自分で皮を流して、走って食べに行くという。
鳥巣 それは切ないです。
最後に古谷のアイデアを。
古谷 僕は「ひえたギョウザ」。皿の下の紙に「レンジであためて」って書いてあって愛情も感じるんだけど、夜だし、一人だし、面倒だし、このままでいいやって温めないで食べる。冷めてもおいしいギョウザをつくれたらというアイデアです。
能作 崎陽軒のシウマイみたいに冷めてもおいしいような。
鳥巣 これって焼きですか?
古谷 焼きだと冷めたらまずそうだよね。冷たくてもおいしい肉料理に学べば、いけそうな気がしています。
大橋 実家だと、夜は電子レンジの音を気にしちゃって、コンビニで温めてもらいそこねたら冷たいまま食べちゃうとがありますね。
能作 チンできないのもけっこう切ないですね。
ここで、全員で話し合いながらアイデアを1つに絞っていきます。
鳥巣 それぞれ切なさがありますね。大橋さん、どうでした?
大橋 出来上がりを見てみたいのは空気ギョウザですね。空洞をつくって揚げるのが、はたして成功するかどうか。
鳥巣 最悪失敗しても、それはそれで切ないということで、いいんじゃないですか。
能作 別々につくった2枚の皮をくっつけるのはあるかもしれないですね。
大橋 現実的にはどうなんだろう。マロニーみたいなので骨組みをつくるとか?
古谷 中に綿あめを入れたら液状になって中見だけ取り出せるかな。
土谷 中に塩を包んで、最後に穴を開けて塩を取り出すのはどうでしょう?
能作 しょっぱそうですね。
鳥巣 皮にストローを差し込んで、息で膨らませながら揚げたらどうですか。
土谷 なんか爆発しそうですね。切ないとかじゃなくて、事故だから。
いろいろ話した結果、今日作るのは鳥巣が考えた空気ギョウザになりました。
材料は皮だけ。空気を包んで揚げた切ないギョウザ。
当初、餃子の皮だけで餃子の形状にするのが難しいのでは? と心配していましたが、やってみると意外とすんなり。皮だけの餃子はけっこう簡単にできました。つくった皮だけ餃子を、焼きと揚げで試したところ、オーブンで焼くと皮がカチカチに固くなってカラっと乾いた印象に。少しおいしさに欠けることが判明。揚げはギョウザとしての存在感も強く、シンプルながら食べ物としての満足感もあり、おいしく食べられそう。空気ギョウザは、揚げることに決定しました。さて、その味は?
鳥巣 リッツ的な軽さ。何個でも食べられちゃいますね。
能作 完全にスナック感覚ですね。
土谷 パイに近い触感でおいしいです。いままで、甘いのもしょっぱいのもいろいろつくってきましたが、揚げ物好きとしてはこれが一番好きかも。
古谷 皮を揚げて、塩だけで十分おいしくなるのは新たな発見ですね。餃子って普段、5個も食べればお腹いっぱいになりますが、これなら軽くて、どんどんいけます。
鳥巣 つまみとして、お客さんに出したいですね。驚きもある。
大橋 なんていうんですかね、普通においしかったです。作り方を研究しながらやるのも楽しかったし、まだまだ考える余地がありそうなのもいいですね。
最後に、今日のトゥギョウザーをそれぞれに振り返ってもらいました。
古谷 空気ギョウザを食べるとまず、一瞬「あれ」ってなって、口の中にちょっと残念な感じが広がります。でもそのうち、これはこれでありだと前向きな気持ちになっていく。大橋さんの漫画のような切なさが再現できたと思います。
能作 ギョウザ自体の存在感に迫っている感じがありますね。餡がなくて皮だけ。これまで、毎回足したり引いたりしてきましたが今回は究極の引き算。アイデアの時点でおもしろいし、めちゃくちゃいい会でおもしろかったです。
土谷 切ないって、残念とも違うし、やんわり悲しさがあるけど絶望でもない。この「空気ギョウザ」の材料の少なさや準備の簡単さ、でも包む時に少し工夫が必要なのと揚げるという手間がかかる感じの絶妙なバランスもあって、「切ない」という難しい言葉を表現できた気がします。切なくておいしい餃子だと思いました。
大橋 空気ギョウザを選んでしまって、最初はつくれるか心配でしたが、成功してよかったです。漫画で切ないことを描いても、ジメッとしたり、暗い感じにしたくなくて、ポップというとちょっと違うかも知れませんが、このギョウザもポップな感じがします。
土谷 揚げって、存在としてポジティブですよね。
能作 積極的に空っぽをつくる姿勢も。居酒屋で出てくる突き出しにもよさそうですね。
土谷 これは、そのうちトゥギョウザーのメニューの定番になるかもしれません。可能性がある感じが、大橋さんの漫画にも通じてますよね。オチの先をこっちが想像するみたいな感じが、この餃子にもあります。
鳥巣 昨日シティライツを読み直したからか、大橋さんの漫画の読後感と空気ギョウザの後味が似ていましたね。空気ギョウザは、大橋さんとだから作れたギョウザだと思います。