Vol.49 アヴァンギャルドな60年代のアートを体現する、色褪せない1冊。

    Share:

    写真・文:中島佑介(POST)

    Vol.49 アヴァンギャルドな60年代のアートを体現する、色褪せない1冊。

    “Art of the Sixties” / Wallraf-Richartz Museum
    『アート・オブ・ザ・シックスティーズ』 / ヴァルラフ・リヒャルツ美術館刊

    その時々の興味や時代の動向に影響を受けながら、これまでさまざまなアートブックを手に取ってきました。それらの本に対する関心が時に高まったり低くなったりと変化していく中で、いつ手に取っても初めて見た時の印象と変わらずに惹かれる本が何冊かあります。その1冊が、『アート・オブ・ザ・シックスティーズ』です。

    この本は、ドイツのケルンにあるヴァルラフ・リヒャルツ美術館で開催された展覧会に合わせて出版された展覧会図録です。本展は当時の潮流になりつつあったポップアートやコンセプチュアルアートなどを含む、60年代の美術を俯瞰する試みとして開催されました。図録といえば展示作品の複製図版をまとめた展覧会の補足的な役割が強いのに対し、これは本自体がまるでオブジェのよう。背はコの字型に曲げられたプラスチック製のパーツで、2本の金属ボルトがページを束ねています。アーティストのポートレートが印刷された透明フィルムがインデックスとなっていて、作品図版はすべて貼り込み。さらに一部の貼り込みは折りたたまれ、開くと大きな図版へと展開できます。素材も特殊で、造りも手作業でないと不可能な方法を多用したこの本は、ドイツ人アーティストのウルフ・フォステルがデザインしました。異素材が使われた本や、あまりに凝った造本を個人的には敬遠してしまうのですがこの本は例外で、世界中でさまざまな芸術運動が勃興し、アーティストたちが試行錯誤していた60年代を、このアヴァンギャルドなデザインが体現しているように感じます。

    特殊なデザインの本が出版当時にどのように受け止められたのか気になるところですが、コーヒーテーブルブックのブームとも重なり、1969年の初版以降に5冊の改訂版を出版、総数で数万冊が売れたそうです。当時ベストセラーにつながった理由として、マーケットが活況だっただけでなくオブジェとしても魅力的なブックデザインも一役買っていたのではないでしょうか。本はオブジェでもあり、ブックデザインが重要なポイントであることを教えてくれた本書は、自分にとって特別な1冊であり続けています。

    透明なフィルムに印刷された作家のポートレートが特徴的。このページはピカソの作品をまとめたインデックス。人物像を想像させる写真セレクトです。

    ミニマルアート、ランドアートの重要作家、ロバート・モリス。60年代に活躍し始めた作家をきちんと紹介している点から、展覧会の精度の高さがうかがえます。

    アメリカのアーティスト、モーリス・ルイスのページでは、作品が横長で大きいため、図版は折りたたみになって収録されています。作品をしっかりと鑑賞できる仕様もこの本の特徴。

    “Art of the Sixties” / Wallraf-Richartz Museum
    『アート・オブ・ザ・シックスティーズ』 / ヴァルラフ・リヒャルツ美術館刊
    タイトル:『アート・オブ・ザ・シックスティーズ』
    デザイン:ウルフ・フォステル
    出版社:ヴァルラフ・リヒャルツ美術館
    サイズ:30×24.5 cm
    出版年:1971年
    価格:¥70,200(税込)