第20話 ダイバーシティでシンギュラリティなイノベーションってなんだ。ー日本酒から学ぶイノベーションの生み出し方ー

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    おおたしんじの日本酒男子のルール
    Rules of Japanese sake men.

    絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
    1977年宮城県丸森町生まれ、東京在住。東京と東北を拠点に活動するクリエイティブプランニングエージェンシー、株式会社スティーブアスタリスク「Steve* inc.(https://steveinc.jp)」代表取締役社長兼CEO。デジタルネイティブなクリエイティブディレクターとして、大手企業のブランディング企画やストーリーづくりを多数手がける他、武蔵野美術大学、専修大学、東北学院大学の講師も歴任するなど、大学や研究機関との連携、仙台市など、街づくりにおける企画にも力を入れている。文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品、グッドデザイン賞、ACC賞をはじめ、受賞経験多数。作家、イラストレーターでもあるが、唎酒師でもある。
    第20話
    ダイバーシティでシンギュラリティなイノベーションって何だ。
    - 日本酒から学ぶイノベーションの生み出し方 -

    嵐が駆け抜けた後に残るもの

    「あぁ、本当に平成が終わっちゃうんだな」

    テレビで嵐の活動休止会見を観ながらやっと実感した気がした。デビュー当時の映像が画面に流れる。彼らがハワイでクルーザーに乗って息を切らしているがむしゃらな笑顔とは対極的に、人気絶頂のグループが活動休止をする必要があるのか、という声もある中、真剣な眼差しで今後の生き方を自分の言葉で語っている現在の表情は、文字通り平成という荒々しい時代をくぐり抜けた台風一過のごとく清々しい。彼らの成長を実感すると同時に、それだけの時間が過ぎたことを思い知らされる。

    1989年の1月7日。当時小学生だった僕もハワイでクルーザーに乗って息を切らして……はおらず、茶の間で座布団に乗って、ファミコンカセットに息を吹いていた。端子の埃がうまくとれず接触が悪いゲームを諦めて電源を切ると、テレビでは新元号発表を放送していた。平成。その言葉の響きには、新時代を期待させるのに十分な響きがあった。日本は既にIT先進国として画期的なテレビやゲームやクルマを発売し続けていたが、いよいよこれから手塚漫画に出てくる流線形の空飛ぶ乗りもののような、世界を牽引するイノベーション(当時はそんな言葉など知らなかったが)を、日本は生み出し続けていくのだとワクワクが止まらなかった記憶がある。

    あれから30年、渋谷の若者はナタデココの代わりにタピオカを食べるようになり、嬉しい時には「チョベリグ」と言わず「あざまる水産」と言うようになった。だが、スクランブル交差点上空には空飛ぶクルマなんて走っていない。Apple、Google、Amazon、世界最先端の話題の中心にも、残念ながら日本はいない。平成の次の時代が訪れようとしているいま、日本は自信を失いかけている。だが、忘れていないだろうか。日本人が生み出した日本酒、これこそ誇るべき世界最先端の技術の塊なのだと。

    日本酒は300年先の未来だった

    欧米では古くからワインが好まれているが、劣化が早いのが弱点でもあった。だが、当時は「まぁ、ワインはそういうものだよね〜」であるという考えが基本だったので、特に不平不満ばかりだったというわけでもなかった。ところが、微生物学の祖と呼ばれるパスツールが、1866年に低温殺菌法を発明した。この方法であれば高温で処理するのと異なり、風味を損なわずにワインを長持ちさせるということを発見したのである。ワインとはそういうものと思っていた人々が歓喜した。長持ちするって、なんて素晴らしいんだと「気付いた」のだ。

    多くの人に気付きを与える発見は素晴らしい。しかし、パスツールには残念なお知らせである。実は300年も前に、日本では既に火入れという低温殺菌技術がほぼ完成されていた。つまり、同じ時代の日本酒造りにおいて、きわめて高い最先端の微生物コントロール技術を有していたことになる。300年、これは名曲『A・RA・SHI』を3543万回以上歌えるほど長い時間の差である。

    「やるだけやるけどいいでしょ?」と、ノー残業デーなどなかった時代に、酒へと注ぎ込まれたであろう日本人のクレイジーとも思える情熱は、8世紀初めに成立したといわれている『古事記』にも記録されている。この時点で祝い事や行事の際には酒を用意するべしという記載が残されており、当時の日本人が酒造りの技術を有していたことを記している。だが、「いや、まだまだ。もっともっと、よい酒をつくるためになにかできることはあるはずだ」と、進化を求めた結果、1570年ごろに記載された『多聞院日記』では、3度に分けて蒸米、麹、水を加えて仕込む。という高品質の日本酒を生み出すための現在の酒造りのスタンダードである「三段仕込」の原型が既に記されることとなった。繰り返すが、まだ16世紀のことである。パスツールのヒイヒイヒイヒイおじいちゃんぐらいの時代だ。

    本当のイノベーションとは

    話はまだ終わらない。江戸時代に入ると、さらに質の高い酒が好まれるようになる。江戸での日本酒の消費量はうなぎ上りとなり、大量に需要が伸び、全国各地で酒蔵が増え、日本酒需要の最盛期ともいえる時代を迎えることとなった。「俺も!俺も!」と、日本酒をつくること自体が時代の最先端となり、つくれば売れる、という日本酒バブルの時代が到来したのである。

    しかし、関西の灘では、もっとよい日本酒はつくれないだろうかとまだまだ研究は進んでいた。ある年、ある蔵人が好奇心から酒米の一定量を極限まで磨いて酒をつくってみたところ、酒の白い濁りの色が少なく米の香りも弱い酒ができてしまい、その蔵人はもったいないことをしたー!と、ひどく後悔したという。ところが、それまでになかった透明感あふれる華やかな香味に日本酒の新しい価値を感じた卸業者が続出し、江戸で最高の値が付いたのだ。以来、灘では競い合うように米を磨き始めたため、灘酒の評判は買いが殺到するほどの人気となり、灘の酒は混乱を避けるため幕府は物価や消費量を調整するほどだったといわれている。いわゆるこれが米を磨いて果物のような香りを感じさせる吟醸酒の先駆けだったとも思われる。

    もう十分だろう。そんな中、さらに誰もやっていなかったことをやる。

    その意義は多くの人にはなかなか理解されない。だが、だからこそやる価値があるのだ。人気絶頂のアイドルグループがなぜ活動休止するのか、周りの人は不思議に問い続けるだろう。だが、それでよいのだ。みんなの「いま」の真ん中で「その後」の未来を考え続ける。きっと、その思いこそが本当のイノベーションを生み出すのだろう。というわけで、ダイバーシティ、シンギュラリティ、サステナビリティ、エコシステム、サブスクリプション。そんな耳障りのよい最先端の言葉が飛び交う会議室のど真ん中で僕は、今日も世界最先端の先駆けである日本酒に思いを馳せている。