第17話 あの時、僕らがビックリマンチョコから教えてもらったこと。ー大人になったら知っておきたい日本酒におけるマナーの話ー

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    おおたしんじの日本酒男子のルール
    Rules of Japanese sake men.

    絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
    1977年宮城県丸森町生まれ、東京在住。東京と東北を拠点に活動するクリエイティブプランニングエージェンシー、株式会社スティーブアスタリスク「Steve* inc.(https://steveinc.jp)」代表取締役社長兼CEO。デジタルネイティブなクリエイティブディレクターとして、大手企業のブランディング企画やストーリーづくりを多数手がける他、武蔵野美術大学、専修大学、東北学院大学の講師も歴任するなど、大学や研究機関との連携、仙台市など、街づくりにおける企画にも力を入れている。文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品、グッドデザイン賞、ACC賞をはじめ、受賞経験多数。作家、イラストレーターでもあるが、唎酒師でもある。
    第17話
    あの時、僕らがビックリマンチョコから教えてもらったこと。
    - 大人になったら知っておきたい日本酒におけるマナーの話 -

    熱狂のビックリマンチョコ

    小学校の頃の甘苦い思い出のひとつに「ビックリマンチョコ」がある。これはロッテから発売された、1個30円のピーナッツ入りチョコレートをウエハースで包んだ菓子であるが、当時の子どもたちが熱狂したのはおいしいチョコ……ではなく1個に1枚必ずオマケに付いていたシール集めだ。悪魔、お守り、天使、というジャンル分けされたシールがあり、特に1箱(40個入り)に1~2枚しか入っていないとされるヘッドというレアシールを何枚手に入れられるかが、筆者を含め、当時の小学生にとって人生の目標だったといっても過言ではない。

    しかし、ヘッドを求める子どもたちが熱狂的になりすぎ、箱ごと買い占めてしまうお金持ちの子どもや、シールだけ抜き取りチョコをゴミ箱に捨てる子ども、遠足のおやつはビックリマンチョコしか持ってこない子ども(これは許容範囲内だと思うのだが……)などが増えたことで社会問題となり、正義感の強い担任のクラスでは学級会での議題となり、しばしばクラスごとに議論が活発に行われていた。悪魔だか天使だかヘッドだか知らないが、たかが似たような1枚のシールの話じゃあないか。そう鼻で笑う先生もいたかもしれない。だが、いま思えばそれは、価値あるものとの向き合い方や、接し方、ルールやマナーというものが確かに大事だなと、子どもながらに初めて深く考えさせられた瞬間だったのかもしれない。

    日本酒はどうだ。とにかく酔えればよいじゃないか。それも一理ある。だが、食事をともにするという行為において、たとえば箸の持ち方や茶碗の持ち方など、所作の美しさに見惚れたことはないだろうか。そう、マナーを守る行為は美しい。それは、日本酒においても例外ではないのだ。

    注ぐ者と注がれる者

    徳利で一杯どうぞと勧められた時、どのようにお猪口を用意すればよいか戸惑ったことはないだろうか。日本酒好きが集まると、自分の分だけではなく徳利とお猪口というセットで複数人で飲む場合も多い。その時、注目の場面が「注ぐ者」と「注がれる者」の所作である。たかが注ぎ方と考えてしまいがちだが、ビックリマンチョコとの向き合い方と同じように、日本酒に対しての向き合い方がこの瞬間問われているのだ。

    まずは基本中の基本から。ワインの世界では、注いでもらう時にグラスは手に持たず、テーブルに置いたままにするのが鉄則。だが、日本酒は逆だということ。お猪口をおいた状態で酒を注いでもらうのは「置き注ぎ」と呼び、マナーとしてはNGである。ありがとうという気持ちを込め、かならずお猪口を持って注いでもらうようにしよう。逆に、注ぐ側になった場合でも置き注ぎをするのは失礼にあたる。場合は相手に「どうぞ」などとひと言声をかけて、お猪口を持ってもらった後で注ごう。

    次に徳利の持ち方だ。持ちやすいという理由から徳利の首を持つ人も多いが、正しくは中央部分を持つのが正解。さらに右利きであれば左手を軽くそえて傾けると完璧だ。お猪口も右手で持ちながら左手を底に添えて差し出す。相手と同等か目下の場合は片手で持っても問題はない。そして大事なのはその後、注いでもらったらそのまま机に置くのではなく、必ず口をつけてから置くとエクセレントである。

    日本酒よ楽しくあれ

    シールだけ抜き取り、チョコをゴミ箱に捨てる「捨てチョコ」のように、徳利にもやっていはいけないルールがある。徳利の中を覗いて酒が残っているかどうか確認する「のぞき徳利」。徳利を振って酒が残っているかどうか確認する「振り徳利」。少しづつ残っている酒を集めて一本の徳利にまとめる「併せ徳利」などだ。名称が柔道の技のようで徳利だけに一本!と言いたいところだが、完全に反則負けである。

    と、ここまで書くと、器の扱い方などを含め、めんどくさいガチガチのルールがあるような気がする日本酒のマナーではあるが、ここで知識だけに縛られるのだけは注意である。忘れてはならないいちばん大切なマナーは「みんなで楽しく飲む」なのだ。

    自分自身も含めて、そこに参加したみんなが心地よいと思える場になったかどうか。すべてはそこに帰結する。ビックリマンのやってはいけないルールで「箱買い」があると前述したが、僕の実家はスーパーがひとつしかない田舎だったため、毎回箱買いされてしまったら、その地域でそもそもみんなが持っているシールを、見せ合って楽しむという行為するできなくなってしまう。自分だけよければいいのだという雑念は、日本酒男子には必要ない。時代はサステナブルなのだ。

    何事も、常に大きい器の男でいたいものである。