第16話 『となりのトトロ』が、観るたびに年々味わい深くなっていく理由。ー時間の経過を楽しむ酒、古酒の存在意義とその深い味わいー

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    おおたしんじの日本酒男子のルール
    Rules of Japanese sake men.

    絵と文:太田伸志(おおたしんじ)
    1977年宮城県丸森町生まれ、東京在住。東京と東北を拠点に活動するクリエイティブプランニングエージェンシー、株式会社スティーブアスタリスク「Steve* inc.(https://steveinc.jp)」代表取締役社長兼CEO。デジタルネイティブなクリエイティブディレクターとして、大手企業のブランディング企画やストーリーづくりを多数手がける他、武蔵野美術大学、専修大学、東北学院大学の講師も歴任するなど、大学や研究機関との連携、仙台市など、街づくりにおける企画にも力を入れている。文化庁メディア芸術祭審査委員会推薦作品、グッドデザイン賞、ACC賞をはじめ、受賞経験多数。作家、イラストレーターでもあるが、唎酒師でもある。
    第16話
    『となりのトトロ』が、観るたびに味わい深くなっていく理由。
    - 時の経過を楽しむ酒、古酒の存在意義とその味わい -

    また今年もトトロを観たくなる

    人はなにを基準に自身の行動を判断しているのだろうか。おいしいから。面白いから。お得だから。多くの行動には意味があるはず。ただ、そういった論理的な理由だけで人が行動しているとはどうしても思えない。もっと人間くさい、本能的な思いが絡んでいるのではないだろうか。そう、毎年のように観てしまう『となりのトトロ』のように。

    なぜか、地上波で放送される度にトトロを観てしまう経験はないだろうか。トトロが出現するシーンも、ネコバスが登場する展開も、メイちゃんと一緒にトウモロコシを「トウモコロシ」と言い間違えるタイミングも、おばあちゃんが「メーウィ、チュア〜ン!」と探す声だって完璧にマネできるぐらいだ。なのに、なぜ放送されているとつい観てしまうのか。それは、作品本来の内容がよいだけではなく、年を重ねるごとに「あの頃」という記憶がつくる付加価値的な味わいが利子のように加わっているのではないかと。冒頭のシーン、車の荷台の下のスペースでキャラメルを分け合いながら田舎の風を浴びる。僕がいつも思い出すのは、映画館がない僕の故郷、東北の小さな町の小さな公民館で行われたトトロの上映会での記憶。夕方、飴を舐めながら祖母が手を繋いで映画を観に連れて行ってくれた情景である。

    この、付加価値なのだ。日本酒には数年から数十年寝かして熟成させた「古酒」というジャンルがある。この感覚は、古酒を味わうときに感じるものに近い。

    古酒は貴重な日本酒

    一般的にその年に出荷される日本酒を「新酒」と呼ぶのに対し、それ以上の年数を経過したものを「古酒」と呼ぶ。年数は何年熟成させても名称は古酒。そのため、古酒を飲む時は必ず酒造年度を確認し、どのぐらいの年月が経過したものなのかを確認して飲むことが多い。

    古酒は、江戸時代頃まで日本酒の中でも特に高価なものとされ、多くの蔵でつくられていた。だが、明治時代以降につくられた新しいルールで、たとえ出荷をしなくても蔵に日本酒を貯蔵しておくだけで税金を払うことが要求されたため、長年貯蔵を必要とする古酒をつくることが難しくなったのだ。だが、第二次世界大戦後に改正され、日本酒は蔵元から出荷する際に課税される仕組みに変化。そのため古酒をつくる酒蔵も年々増えており、現代においてはプレミアム感の強い「古酒」の魅力が再評価されてきているのだ。

    古酒の味わいは独特である。人によっては日本酒の概念を変えると言ってもよいだろう。年数を重ねれば重ねるほど茶色味がかって、キャラメルや干しブドウのようなトトロ、いや、トロッとした甘みや、ナッツのような香ばしさを強く感じたりもする。あえてワイングラスなどで鼻を包み込みながら、ネコバスのようにクンクン匂いを嗅ぎながら飲むのもお薦めである。

    時間の経過は味わいとなる

    お店ではなかなか見かけない古酒だが、グローバル化が叫ばれる昨今、世界の潮流であるビンテージを楽しめるお酒として近年人気が高まってきている。自分の生まれた年に仕込まれた古酒を飲んだことがあるが、深い味わいと熟成された風味は、ウイスキーの年代物を飲んだ時のように、時間の流れや記憶とともに味わう素晴らしい感覚だった。

    トトロ、いや、僕が小さい頃に観た多くのジブリ作品は、古酒のようなものなのではないだろうか。お酒そのものの完成度や味わいだけではなく、味わう人のそのタイミングでの人生観が味わいとしてプラスされる。僕は今年で東京に暮らして17年になるが、時には地元東北で過ごした小さい時のことを思い出すこともあるし、祖父母との会話を懐かしむ時もある。そんな脳の奥の深い深い記憶を掘り起こされることで、きっとさつきとメイが荷台で食べていたキャラメルのような深い味わいが加わっているに違いない。しかも、毎年その琥珀色の記憶は旨味を増していくから凄い。そんなジブリ作品のような、夢見心地の日本酒、古酒。レアな一品ではあるが見つけたらぜひ味わっていただきたい。

    そしてきっと、お会計の時に『となりのトトロ』のあの名言を思い出すだろう。
    「夢だけど、夢じゃなかった!」


    注意:古酒がすべて高価という訳ではありません。