
洋食は「和食」なのか? NYに洋食屋をオープンした日本人の挑戦。

「バー・モガ」のエグゼクティブシェフ、秋山剛徳 Satoko Kogure-Newsweek Japan
オムライス、ハンバーグ、エビフライ、コロッケ......どこか懐かしい日本の「洋食」だが、これって日本料理なの?
「人種のるつぼ」と呼ばれるニューヨークには世界各国の料理が集結し、そのジャンルも高級料理から家庭料理までと幅広い。大人気の「和食」ひとつをとっても、寿司屋からうどん屋、おにぎりショップからラーメン屋まで多種多様だ。
そんなニューヨークに今年4月、日本人シェフによる「洋食屋」が誕生した。オシャレなウエストビレッジ地区にオープンした、赤煉瓦づくりの「バー・モガ」だ。和食レストランがひしめくニューヨークでも、「日本の洋食屋」は初めてかもしれない。
扉を開くと大正ロマンを彷彿とさせるモダンな空間が広がり、メニューにはオムライスにハンバーグ、エビフライにコロッケ、グラタンなど、どこか懐かしい「洋食」ばかりが並ぶ。
いわゆる「洋食」とは、明治末期から大正時代にヨーロッパから伝わった西洋料理が日本で独自の進化を遂げ、大衆に普及した日本式西洋料理と定義される。この、「ヨーロッパ生まれ、日本育ち」の洋食は、同じようにヨーロッパの文化を多く受け入れてきたアメリカではどう認識されるのだろう。
「バー・モガ」のエグゼクティブシェフで、ニューヨークで和食居酒屋「SakaMai」やカレーショップ「カリー・ボウ」などを共同経営する秋山剛徳(44)に話を聞いた。
――バー・モガのコンセプトは?
もともとは、お店の内装を大正時代に流行ったモダン・ガール(モガ)やモダン・ボーイ(モボ)をイメージしたものと決めて、名前を「バー・モガ」にした。と同時に、その雰囲気にあった食事ということで、昔懐かしい感じの洋食を出すことにした。
洋食が日本で普及し始めたのは明治~大正時代だ。もちろんその当時を再現した料理ではないのだが、日本の洋食屋さんで出されているようなクオリティの高い洋食というのをこっちではあまり見かけなかったので、逆にニューヨークに持ってきたら新しいのかな、と。
と言っても、奇をてらったメニューではなく、ストレートな洋食を作りたかった。僕自身、洋食というのは食べるのも作るのも昔から好きだったので。
――お店で出している洋食メニューは、ニューヨークでどう認識されるのか。例えば「ハンバーガー・ステーキ」は?
英語で「ハンバーガー・ステーキ」、日本で言うところの「ハンバーグ」は、もともとドイツの都市「ハンブルグ」にちなんだ言葉だ。ドイツ人によってアメリカに伝えられ、「ハンバーガー(ハンブルグ風)・ステーキ」と呼ばれるようになったという。
アメリカにも「ハンバーガー・ステーキ」という言葉自体は今もあるので、おそらくメニューとしても探せばあるのだろうが、大抵はパンに挟んだあの国民食の「ハンバーガー」になってしまう。バンズにはさまずハンバーグとしてそのまま出すというのは、僕はあまり見たことがない。
今回、アメリカ人のスタッフたちに「ハンバーガー・ステーキ」を出そうと言ったとき、彼らにはピンとこなかった。「それがうまくいくとは思えない」と言われた。理由は、「パンに挟まっていないから」。

「バー・モガ」のハンバーグ Satoko Kogure-Newsweek Japan
アメリカで日本のハンバーグに近いのは、もしかすると「ミートローフ」かもしれない。こっちのハンバーガーに使うミートパテは何も混ぜないでそのまま形を作って焼くことが多いが、日本のハンバーグは卵やパン粉などつなぎ的なものを入れて、ちょっと柔らかく仕上げようとする。
例えばハワイ料理には「ロコモコ」というのがあって、ご飯の上にハンバーグと目玉焼きを乗せてグレイビーソースをかけるのだが、日本のハンバーグに近い。でもあれのルーツは日本にあるのではないかと思う。
一番人気のメニューは?
――「カニクリーム・クロケット」と「エビフライ」は、アメリカ料理にもある?
コロッケの由来はフランス発祥の「クロケット」だと思われるが、スペイン料理だと「クロケッタ」になったりと、ヨーロッパ各国にある料理だ。
カニクリームコロッケに近いアメリカ料理として思い浮かぶのは「クラブケーキ」だが、クリームが入らない。エビフライで言うと、アメリカにも「ポップコーンシュリンプ」など小さなものはあるが、日本のように海老を伸ばして真っすぐな状態で使うというスタイルはあまり見かけない。

「バー・モガ」のカニクリームコロッケとエビフライ Satoko Kogure-Newsweek Japan
日本のコロッケとエビフライには粒の荒いパン粉を使うが、ポップコーンシュリンプリンプなどに使われるのは「ブレッド・クランブ」と呼ばれるもの。日本のパン粉より粒が細かくて、市販品はスパイスやシーズニングが入っているものが多い。
だが最近のアメリカでは「パンコ」という言葉が通じるほど日本のパン粉が使われるようになってきた。レストランのメニューに「パンコ・フライド・〇〇(パン粉で揚げた〇〇)」と書いているところもあるほどだ。
日本のパン粉のほうが粒が大きい分、サクサクに仕上がる。うちのお店では乾燥させていない生パン粉を使っていて、より粒が大きいのでサックリというよりザックリという食感になる。
――お店で一番人気のメニューは?
断トツでオムライス。他のメニューの2~3倍は出ている。オムレツ(オムレット)という言葉はフランス語で、ヨーロッパにもアメリカにもある。ただ、チキンライスをオムレツで包んだ「オムライス」は、日本独特のものだと思う。
うちの店では、チキンストック(鶏の出汁)で炊いたご飯をデミグラスソースとケチャップで炒め、それをチキンや玉ねぎと一緒に炒める。チキンライスを型にとって皿に置き、その上に中を半熟に仕上げたオムレツを乗せて、お客さんの前でナイフを入れてチキンライスにかぶさるようにする。最後に、デミグラスソースをかける。
チキンライスの上に半熟オムレツを乗せて切り開くのは伊丹十三監督の映画『タンポポ』(85年)で有名になり、お店ではおそらく「日本橋たいめいけん」が最初だったと思う。アメリカ人でもその映画を観て知っている人は多いし、今だと京都の「ザ・洋食屋キチキチ」というお店のオムライス映像をYouTubeで観て行く外国人が多いと聞く。
僕も柔らかいタイプのオムライスが好きだし、プレゼン的にも面白いし、今回はそのスタイルでやってみた。

断トツで人気のオムライス。ここからオムレツにナイフを入れて切り開く Satoko Kogure-Newsweek Japan
ただ、このオムレツ動画が色々な媒体に紹介されると(実際に食べてない人からのコメントに)意外にも「気持ち悪い!」というのが多くて。
お店ではこれが一番人気だし、実際に食べてくれた食通のニューヨーカーには好評だが、海外の人みんなが半熟卵を好むかと聞かれると分からない。アメリカ人は玉子を生で食べない、というのもある。
アメリカでも「サニーサイドアップ(片面焼きの目玉焼き)」を頼むと普通は黄身はガチガチに堅いのではなく半熟なので、アメリカ人でも食べる人は食べるのだが。
カレーはインド料理では?
――メニューに「カレードリア」とあるが、カレーはインド料理ではなく「洋食」なのか。
日本に伝わった「洋食」の1つだと思う。カレーは、インドを植民地にしていたイギリスから日本に伝わったと言われている。日本のカレーの作り方からしても、インドからヨーロッパに伝わってできた「欧風カレー」が、日本のカレーのルーツなのではないか。
うちの店ではルーのベースにブラウンルーというのを使っているが、これを使うのはおそらくインドカレーではない。小麦粉とバターを混ぜて溶かして練って、30分~1時間ずっと混ぜながら色をつけていくとブラウンルーになる。ここに、自分でブレンドしたスパイスや飴色になるまで炒めた玉ねぎなどを入れて、ルーのベースを作る。
日本の家庭でよく食べてられているドロッとしたカレーは、欧風カレーを日本式にしたものだと思う。
――アメリカにも「ポテトサラダ」はあると思うが......。
アメリカにもポテトサラダはあるが、あまり美味しくない。うちのお店では、いわゆる「日本のポテトサラダ」を作った。中に入っているのは、人参と玉ねぎとその場で焼いた黒豚ソーセージを切ったもの。味付けに、アメリカのマヨネーズと半々でキューピーマヨネーズを混ぜている。
他にお店で出しているソースは、デミグラスソースやタルタルソースなど、ケチャップも含めてすべて手作りにこだわった。だがポテトサラダだけは、キューピー。
キューピーを入れると、味が一気に日本っぽくなる。キューピーには独特の「キューピー感」があって......アメリカのマヨネーズは味がもっと淡白で突出したフレイバーがないので、普通はアメリカのマヨネーズのほうが使いやすい(編集部注:欧米のマヨネーズは全卵タイプだが、キューピーは卵黄のみなのでコクがある)。
キューピーを入れるとどうしてもキューピーの味が出てしまうのでお店では使ったことがなかったのだが、今回は色々な味をテストしていくうちに「やっぱりキューピーを入れると美味しいんだな」と、初めて使うことにした。キューピーは、日本っぽいポテトサラダにする秘訣だと思う(笑)。
キューピーは一時期アメリカでとても人気が出て、数年前に米アマゾンでマヨネーズ部門1位を獲得したとニュースになった。アメリカのシェフでも使っている人がいて、メニューに「キューピー」と書いてあるレストランもある。キューピーは1つのブランドになっている。
なぜナポリタンはない?
――「スバゲッティ・ナポリタン」がメニューにないのはなぜなのか。
ナポリタンが嫌いとかいうことではないのだが、アメリカでこのメニューだけは受け入れられる自信がなかった。特にニューヨークには美味しいイタリア料理屋がたくさんあって、美味しいパスタを食べ慣れている。
一方で、日本の喫茶店などで出しているナポリタンに使う麺はいわゆるアルデンテではなく、おそらく茹で置きしたものだ。オペレーション的にも麺を茹でて小分けにしたものを寝かせておいて、注文が入ったらケチャップと具を入れて炒める、というやり方が多いようだった。
それを、こっちでパスタを食べ慣れている人たちに出すというのを考えたときに、受け入れられるかどうかは疑問だった。
もちろん、やり方はもしかしたらあるのかもしれない。ツイストして、アレンジして、ちょっと高級な感じにするとか。でも今回はストレートな洋食をやりたかったので、他のメニューもあえて目新しいことはせずクオリティと食材にこだわった。
そのコンセプトでナポリタンを作ったときに、他のものと同じように喜んでもらえる自信がちょっとなかった。悪いとは言わないし、日本人だったら受け入れられるのだが。
――もともと和食より洋食のほうが好きなのか。
そうかもしれない。子供の頃も、例えば朝ご飯で、家族はお米を食べているのに僕だけパンだったりとか。今はお米が大好きだが、小さい頃はチーズとかカレーとかハンバーグとか、そういうのが好きだった。
僕は宮崎出身なのだが、宮崎県にある「味のおぐらチェーン」というチキン南蛮の発祥とされる洋食屋さんに行っていた記憶もある。僕が「おふくろの味ってなんだ」と聞かれたら、「ハンバーグ」とか「カレー」と答えると思う。
洋食は、ヨーロッパから日本に伝わったものが、日本でアレンジされて家庭料理になった。厳密には「和食」ではないかもしれないが、西洋料理が日本に入ってきて日本人の手によって日本人向けに作られて、歴史もあって、日本に浸透して「日本のもの」という認識になった。
アメリカ人に「これは和食だ」と言っても、なかなかそうは認識されないだろう。お店のシーフードグラタンがレビューだと「マック&チーズ(マカロニ&チーズ)は......」と書かれているように、アメリカ人も「どこかで食べたことがある味」に転換して受け入れていくと思うので。
ただ、オムライスなんかは「ジャパニーズ・オムライス」と書かれていたりする。日本式に転換された、洋食だと。
お店のコンセプトとしては、「洋食というのは日本のコンフォート・フード(家庭料理)で、昔から日本人に親しまれてきた」と謳っている。昔ヨーロッパから伝わった料理が日本でこういう形になった、ということを伝えていきたい。
文:小暮聡子(ニューヨーク支局)