定期的にひとつの海外の出版社に焦点を当て、その出版社の本だけを取り扱うという独自の選書を展開しているショップ「POST」。今回、錦多希子さんが紹介してくれるのは、一風変わった椅子のカタログ。珍しいデザインの椅子を見ているだけでも楽しいのですが、この本にはあるユニークな仕掛けが施されているといいます。
Vol.14 展示会に足を運ばないと完成しない、作品集に設けられた仕掛けとは?
マルティノ・ガンパー(1971年イタリア生まれ)は、現在はロンドンを拠点として活動するクリエイター。美術とデザインの領域を超えて、創意工夫にあふれる活動を展開しています。2007年に開催された展覧会では、100脚の椅子が主題となりました。彼は路地で見つけたり友人たちから譲り受けた椅子を集めては組み立て直し、新たな椅子につくりかえていきます。自ら設けたルールは、1日1脚制作するということ。椅子がたどってきた歴史を参照しながら、1枚の紙にドローイングする代わりに原寸大で三次元的にスケッチしていくという彼なりのやり方で制作を重ねた結果、100日間で個性的な100脚の椅子ができました。ひと口に椅子といっても多種多様、なかにはデザインが突き抜けていたり、機能性が度外視された奇想天外なものも見受けます。持ち前の思索力と独創性を後ろ盾に、既成概念をたやすく乗り越えていく創作は見事です。本展は世界各地に巡回し、日本では2015年に猪熊弦一郎現代美術館にて開催されました。ひょっとしたら実物を目の当たりにした方もいらっしゃるのではないでしょうか?
謎解きのヒントは、カードの端に記された数字。
展覧会にあわせて制作されたカタログは、ロンドンのデザインチーム「Åbäke(アバケ)」による出版社「Dent-De-Leone(ダン・ド・リオン)」から刊行されました。実はガンパーは、この出版社の設立メンバーでもあるのです。デザイナーとアーティストが協働する出版活動というと、以前ご紹介したオランダ・アムステルダムを拠点とする「Roma Publications(ローマ・パブリケーションズ)」とも通じるところがあります。
1ページにつき1脚の椅子が収録されたカタログの最終ページには、なんと椅子のイメージがありません。その理由は、99脚は連れ立って各会場へと巡回するけれど、100脚目の椅子だけは、巡回先の土地で新たに調達して制作するから。つまり、展覧会ごとにそこでしか観ることのできない100脚目の椅子が、巡回した場所の数だけ存在するということになります。そんな事実を知ってしまったら、展覧会が行われるごとに会場を行脚したくなりますよね。
また、作品集は重版を繰り返し、版を重ねるごとに徐々に判型が小さくなっていくのだそう。現在新刊として入手可能な第3版は、日本の新書と文庫本を足して2で割ったような縦長のハンディサイズで、コデックス装(*1)もあいまってとても軽やかな佇まい。実はこの本、ぱっと見ではわからない、とても面白い仕掛けが潜んでいました。
展覧会を開催するにあたり、関係者に向けて送られたインビテーションカード(招待状)。これは一枚の紙を二度ほど折りたたんだ形状をしています。カードの端にはなにやら数字が記されています。「これは一体なんだろう?」と疑問を抱きながら、会場を訪れます。展覧会を鑑賞して、作品集ともご対面。この時、ようやく数字の謎が解けるでしょう。実はこれ、作品集のページに連動した数字だったのです。作品集にはカードに記されたページ部分がもとから欠落しており、折りたたんだインビテーションカードを差し込むことで、作品集として完成します。なんともウィットに富んだアイデア。遊び心あふれる計らいに、ただただ脱帽です。そこには、展覧会と作品集とがうまい具合に連動した、思いがけない掛け合わせの妙がありました。
*1 コデックス装
「糸綴並製本」とも呼ばれる。糸綴りした背面がそのまま見えるように仕立てられた仮製本様式。本の開きがよく手で押さえなくても180度開いた状態を保てる点やノド元が潰れない点から、見開きページの多い図版のような形式の本に活用されることが多い。
装丁:ソフトカバー
サイズ:10.2 x 17.0 cm
商品コード:ISBN 978-2-907908-09-5
出版年:2012年
価格:¥2,160