写真:宇田川 淳
Vol.12 100年前の靴を履こう! 英国老舗「グレンソン」の復刻シリーズは、感涙モノのネオビンテージ
スポーティなスニーカーは最新のモダンデザインを履いても、革靴となるとクラシックを好む人は多いものです。憧れるのは、豊かな味わいとキャラクター性のあるビンテージ・シューズ。「足元を引き締める」という表現がありますが、浮ついた印象がない歴史的な靴は、どんな服装も大人のムードに仕上げてくれます。着る服がカジュアルなら落ち着きを、ドレッシーなスーツのときは品格を与えてくれます。現代の靴では得がたい手仕事の温もりや、ある種の “野暮ったさ” があるのも、古い時代の靴ならではの良さです。
しかしながら、デッドストックにせよ中古にせよ、コンディションが良好で、かつ自分に合うサイズを探し出すのはとても困難なもの。これまでお気に入りに出会えなかった人に、またとないチャンスがやってきました! 靴好きの間でその名が知られる英国の老舗「グレンソン(GRENSON)」が、1900年〜70年代までのアーカイブを復刻させたシリーズ、「アーカイブコレクション(ARCHIVE COLLECTION)」の登場です。
ゴツいブーツから、華やかでスレンダーな短靴まで、およそ10年刻みで全8型のグレンソンシューズが蘇りました。創業150周年記念となるこの特別シリーズの中で特にご注目いただきたいのが、ここに掲載した100年以上も前に誕生したブーツ。復元したベースモデルが製造されたのは1912年頃で、穴あき飾りのついたキャップトゥタイプです。ボリュームのあるトゥから、かかとに向かってスリムになっていき、アンクルはキュッと引き締まっています。無骨な中にもセクシーさが漂う仕上がりは、この時代の靴にしかない個性でしょう。その魅力をさらに高めているのが、「グレースキッド」革の独特な艶やかさ。当時の風合いを再現した山羊革で、古いサッカーシューズなどに採用された頑丈なカンガルー革にも似たシワと光沢が特長です。高級感がありながらも、どことなく親しみやすい表情を漂わせています。
スニーカーブームが一段落し、何かいい革靴を探している人にも、このブーツは満足のいく選択になるでしょう。着こなしの幅を広げ、これから先何十年と愛用できる “新品” です。 次ページから、同シリーズのほかのモデルや、グレンソンのオーナー兼デザイナーであるティム・リトルのユニークな目線に迫ります。
細部まで当時を再現したマニアックな靴。
撮影:高橋一史
「グレンソン」の復刻シリーズ、「アーカイブコレクション」より、1900〜50年代までのモデル4型をご紹介します。今年10月に東京・表参道の店「レショップ」で開催されたポップアップショップの様子です。
-1900's-
上のブーツは前ページの掲載モデル。今回の中でもっとも古い年代の復刻品になります。「エドワーディアン・スタイル」と呼ばれる貴族的な気品のあるドレスシューズで、高級靴として履かれていた歴史があります。内側のロゴ刻印も、レトロ好きにはたまらない意匠です。
-1930's-
製造された1939年当時にグレンソンは、整形外科的に足に優しい靴が未来の靴と考えていました。インソールには快適であることを示す「Joy Step」の刻印が入れられています。アッパーの革はかなり柔らかく、靴の前部が膨らみ、トゥラインも丸みを帯びて、見るからに履き心地の良さそうなシルエット。それなのにシューレース部分の合わせがドレッシーな内羽根式(オックスフォード)というのが、実にユニークでです。
-1940's-
ワーク系ブーツが注目されているいま、もっとも履きたい靴の一つがミリタリーブーツでしょう。これは英国軍からの発注に応えてつくられたもので、インソールには「1944」の年号プリントが。1940年代の世界大戦時に、靴メーカーが軍需品を提供していたことが見て取れます。シボのある「グレインレザー」はタフなうえに傷ついても目立たず、実用性を重視した革素材。パンツの裾を被せれば一般的な短靴に見えますから、カジュアルにもドレスにも活用頻度の高い一足です。
-1950's-
1950年代になると、現代でトラッドシューズと呼ばれる基本デザインが確立していきます。この靴はキャップトゥのドレスシューズで、1940年代後半に初登場したもの。トゥラインも全体のシルエットもスクエアになっており、当時は最先端のファッショナブルなデザインでした。コバが極めて大きく張り出しているのも特徴で、誇張された男性的なイメージの表れといえるでしょう。
ファッションを知る男の、伝統と改革の結びつき。
1866年に英国の靴の聖地、「ノーザンプトン(Northampton)」で創業し、いまなおこの地で手仕事の靴製造を続ける「グレンソン」。デザインディレクターとして関わり、のめり込むあまりに2005年に同社のオーナーになった人物が、ティム・リトル(Tim Little)です。来日したティムに、グレンソンとは何か、英国靴は実際に本国で愛されているのか、ロンドンの街事情についても語ってもらいました。
彼がよく口にした単語は「イノベーション」。変革させることが伝統の英国靴にも必要という考え方です。
「今回復刻した中に70年代のものもありますが、当時はアッパーとソールを簡単に接合していました。この点は改良すべきと考え、靴底の張替えができ履き心地もいいグッドイヤー製法に変更しました。このように、アーカイブの再現であっても良い方向を目指すのが私たちです」
広告業界にいた頃に「アディダス」などを担当し、靴の道に進んだティム。自身の靴ブランド「ティム・リトル」も、グレンソンと別にロンドンに店を構えています。伝統靴のマーケットが世界的に狭くなっていく中で、昔の勢いを失っていたグレンソンを再び表舞台に導いたのは、時代を読む力のある彼の功績です。では一般的に考えて、本場の英国では自国の靴がどれほど愛されているのでしょうか?
「そうですね、英国靴を好んで履くコアな人たちは確実にいますよ。ウィークデイは黒の靴を履き、休日には茶色を履くコンサバティブな人ですね。ただ、英国靴は価格が高い、という印象を多くの人が抱いているようです。米国製や日本製などの靴を履いている人のほうが数は多いかもしれません」
ティムが言葉を続けます。
「それでもここ10年で雰囲気が大きく変わってきました。メンズマーケットが伸びています。ファッションを楽しむようになり、色のついた靴を履く人が増えました。グレンソンは世代を越えて愛されるブランドですが、高価なものばかりというイメージがありました。それを払拭するために、カジュアルなライン『G2』も用意しています。英国以外で製造することでコストを抑えたリーズナブルなラインです。スニーカーの代わりに履いていただけるカラフルなデザインが多く、より若い層の支持を広げています」
「ノーザンプトンの職人が手づくりするハイエンドな靴はつくり続ける」、と宣言するティム。彼のセンスを知りたくて、好きなファッションについても尋ねました。
「いま着てる『A.P.C.』や、『マーガレット・ハウエル』がいいですね。どちらも、シンプル&クラシック。グレンソンの美学とも共通しています。グレンソン以外の靴ですと、アディダスが好きです。『ガゼル(GAZZELE)』というモデルがお気に入り」
「東京は一番好きな街、ただしロンドン以外でね!」
と笑うティムに、東京よりロンドンのほうが優れていると思う点を尋ねてみました。
「ストリートファッション、音楽カルチャーでしょうか。最近はイースト・オブ・ロンドン周辺が面白い。センターの外側にある地域です。以前は危険なエリアでしたが、いまはクリエイティブで、ニューヨークのブルックリンのような雰囲気になってきてます」
さすがは広告業界出身の目線、といったところでしょうか。現代にあるべき英国ブランドの姿を追い求めるグレンソンから、この先も目が離せません! (高橋一史)