LAに拠点を移したNulbarich、ニューアルバム『NEW GRAVITY』はどう生まれたか?

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:加藤一陽(ソウ・スウィート・パブリッシング) スタイリスト:高橋ラムダ
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2年2ヶ月ぶりのニューアルバム『NEW GRAVITY』をリリースしたNulbarich(ナルバリッチ)。キャリア初の2枚組となった本作は、コロナ禍をきっかけに生まれた世界の"ニュースタンダード"に向き合いながら制作されたという。ボーカルでありバンドのトータルプロデュースを行うJQに、制作過程や昨年移住したLAでの出来事について話を聞いた。

JQ●Nulbarich(ナルバリッチ)のボーカルとトータル・プロデュースを手がける。2016年10月、1st ALBUM「Guess Who?」リリース。2019年12月にはさいたまスーパーアリーナでワンマンライブ「Nulbarich ONE MAN LIVE -A STORY-」を成功させる。2020年から、拠点をアメリカ・ロサンゼルスへと移す。ジャケット¥48,180(税込)、パンツ¥32,780 (税込)/すべてR.M GANG(アイリィTEL:03-5925-8326)

繊細な感覚をキャッチするために、一旦自分をボロボロにする


──2年2カ月ぶりのフルアルバムになりました。アメリカに移住して制作されたとのことで、いろいろな意味で環境の変化を経て完成した作品になったと思います。まずはこの2年間について教えていただけますか。

2019年12月にさいたまスーパーアリーナでワンマンライブをやったんですけど、実はあの日に向けて、自分たちの中で「ちゃんとプロとしてやっていこう」という感じが強くなったんです。というのはその前年に、結成から2年ほどで日本武道館に立たせてもらって。それまでは、友達と集まって好きな音楽をやり、デビューしてつくった曲をラジオなどで取り上げてもらい、知らないうちに聴いてくれている人がたくさんできてきた中で、「バンドがある程度の規模になっているにもかかわらず、この感じ、ダメじゃね?」って思ってしまって。

何万人もの前でライブをやっているのに「いや、僕らなんて」って言っていても、それはそれでムカつく奴になっちゃう。スタンスは変わらなくても、ちゃんとプロとしての自覚みたいものをもっておかなきゃなって思うようになったんですよね。それで自分たちを振り返った時に、「やっぱりいろいろ足んないね、俺ら」って。スキルもそうだし。

──プロとしてのマインドを意識し始めたんですね。

日々感じるものを新鮮にしたくて武者修行に行くことにしたんです。あのままズルズル「空いている時間に友達と遊んで」みたいな暮らしをしていても成長しないと思ったし、どうせだったら毎日新鮮なインプットがあったほうがいい。となると、文化も言語もまったく異なる海外に行くのが一番早いんじゃないかと。僕はアメリカが好きだから、“いちばん近いアメリカ”ってことでロサンゼルスに住むことにしたんです。で、楽しみにして行ったはいいんですけど、2、3カ月くらいで街がコロナでロックダウンしてしまって。

当初は日本とLAを行き来して活動しようと思っていたのに、軒並みライブも中止になった。そうなると日本に帰る理由もないし、スタッフ的にも“帰ってこない方がいいんじゃない感”を感じたんで(笑)、友達の結婚式で1回帰った以外はずっと向こうにいました。すると、今度はブラック・ライブズ・マターが起こって。僕、家が近いこともあって、メルローズの古着屋に行くのを楽しみにしてたんですよ。でもBLMでプロテストが起きて、すべて古着が盗られるという。道では車が燃えているし。

──そういった状況の中で作っていった曲が、アルバムとしてまとまったということですね。

そうですね。お店なんて薬局とスーパーしか開いていないし、公園もクローズして。夜、外を出歩くだけで捕まっちゃう。だからやることが本当になくて、「曲聴くか、曲書くか」みたいな感じでしたから。あとはラジオを聴いたりテレビを見たり。

──そうやって時間ができたことで、かえって曲作りに集中できたりは?

いや、僕、普段から曲をつくるのがけっこうしんどいというか、出来上がるまでずっと苦痛なんです。というのは、繊細な感覚をキャッチするために、一旦自分をボロボロにする必要があって、あえて“満たされていない状況”をつくるんです。だからすごく病む。でも、曲ができた瞬間はとてつもなく幸せというか、報われる。そんな感じだから、燃料というか、ガソリンが必要なんです。普段はライブをやって、そこでお客さんからガソリンをもらっていました。やっぱりライブは楽しいし、曲の作り方もライブを想定していて、ステージが大きくなると、音のスケール感も変わっていく。

でも今回はライブができないし、聴く人を想像できない中でつくっていたから、その意味でもしんどかったですね。当然だけど、ライブを想定した曲が少ないですし、スタジオにも行けないから爆音でつくれないので、本当にリビングでつくっていった。そういういろいろなことが重なって、音の数が少ないシンプルなアレンジで、単純に声や歌を届けにいくようなアルバムになりました。意図的ではなかったけれど、「まあ、こういう状態でつくればこうなるよね」って。


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Disc 2のコラボがアルバム制作の"ガソリン"に


──“ガソリン”がない中での制作、どう乗り越えたのですか?

Disc 2のコラボがガソリンになったんですよ。人と曲をつくるのは楽しいんです。友達とゲームをするような感覚。Disc 2で得た燃料を、Disc 1で吐き出すって感じでした。コラボがなければ、アルバム1枚と向き合う体力はなかったと思います。

──コラボの相手は、個性的で豪華な顔ぶれです。個人的にはBACHLOGICさんのお名前が特に興味深かったです。セレクトの基準などは?

完全に僕の趣味です。Dさん(Mummy-D)とか、自分がただのキッズだったからお願いした感じだし(笑)。BL(BACHLOGIC)さんに関しては、僕自身がもともとトラックメイカーということもあって。BLさんは参考にしたいと思えるほどカッコいいトラックをつくる人なんです。BLさんの参加している「Sweet and Sour」では古くからの友人であるAKLOさんがラップしていますけど、AKLOさんとBLさんは黄金コンビですよね。

──他にもタイのプム・ヴィプリットさんまで、非常に幅広い面々が参加されています。これまでコラボレーションを行うようなイメージがあまりなかったので、その点でも興味深いものとなりました。コラボのみでCDを1枚つくり上げてみて、いかがでした?

それぞれの曲によさがあって、かつ、考え方ややり方がみんな別でした。それに尽きるかな。単純に「みんないいね!」ってことだけじゃなくて、アーティストの数だけ個性に種類があるんだなって。本当にいい経験になりました。最初はDisc 2を初回限定盤の特典にしようかという感じだったですけど、つくっていくうちに「これ、たくさんの人に聴いてもらいたい」って大人たちが盛り上がってきて(笑)。それで結局、全部入れることにしたんですよね。


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──違う国に移住して、すぐにパンデミックが発生し、さらにはBLMまで起こって。そんなふうに、とても特殊な状況で制作されたアルバムになったわけですが、改めて制作をどう振り返りますか?

コロナもBLMも、自分の意図していないところで起き、それにより色々なバランスが変わるじゃないですか。でも、その変化の中でも生きていかなきゃならないんだよなってことを改めて思いました。だからタイトルも、“新しい重力(=NEW GRAVITY)”って付けたんです。新しい重力の中で生きていかなければならない。

変化の話でいうと、初回限定盤のDisc 3にはオンラインライブの音源が入っていますけど、僕は配信ライブに消極的だったんです。「お客さんがいないのに、なんのために音楽をやるの?」って感じで。ただ一方で配信ライブ自体はひとつの表現のフォーマットとして完成しているし、順応しなければならないって気持ちもあって。

──順応しなければならないのはわかっていながらも、なかなか意義を見出せなかったんですね。

やっぱり、本気で納得してなければできないじゃないですか。でも世の中がそうなっているわけだから、自分のモードをそっちに寄せつつ、「やれるかも!」ってなったらやる、みたいな。で、この配信ライブは、来ることのできないお客さんに対して表現をしていくというスタンスで、その迷いすらも描写するようなカタチでやったんですよ。つまりは、僕らなりに配信ライブというものに落とし前をつけて、順応していった。これからもそういうふうに、いろいろな変化を理解したうえで、いい音楽といい空気感で、自分たちのやりたいことをやっていきたいなと。臨機応変に変化しながら、好きなことをやり続けたいという気持ちですね。


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アメリカのヒット曲とJ-POPの差とは?


──最後にアルバムとは直接は関係のないことかもしれませんが、アメリカに移住してみての話を少し伺いたいです。実際に住んでみて、どんな感じですか?

僕は洋楽が好きなんですけど、自分の好きな音楽が生まれる国にいられるのは嬉しいですね。ああいった音楽が生まれる理由もなんとなく理解することができたし。たとえばヒットチャートにあがってくるような曲ってメッセージ性が強くて、リリック重視なんですよね。その意味では、日本と変わらないんですよ。

単純に、いま生きている人が欲している言葉をアーティストが代弁しているのは、日本もアメリカも一緒だと思う。だからJ-POPとアメリカのヒット曲の差ってサウンドのクオリティとか言われるけれど、実は国民性の違いでしかないんじゃないかなって。

──よくよく歴史を考えれば、日本よりも社会性の強い歌詞の曲が大ヒットしていますからね。リリック重視と言われてもうなずけます。

よく、アメリカのヒット曲と日本の音楽を比べて「日本の音楽は成長しない」とかいう人もいるじゃないですか。でもそれはサウンド・クオリティの差じゃなくて、よい、悪いでもなくて、同じような生き方をしていないから当たり前じゃんって。たとえばBLMでは多くの黒人の人が悲しんだわけです。そのことについて歌っている曲が、多くの人々の心に届いているんですよね。

──なるほど。

アメリカは法律が違うたくさんの州が集まって国になっているじゃないですか。それを考えると、人種だったり考え方だったりに違いがあるのは当然で、違いがあることを前提としている。その中で生きていくとなると、やっぱり思ったことを主張していかなければならないですよね。

それにニュース番組もいろいろあるけれど、それぞれ応援している政党とかも真っ二つ。トランプ氏を応援している番組もあれば、評価していない番組もあるし。そういう違いがあって当たり前だから、主張をし合うのも当たり前だし。日本やイギリスのような歴史が古い国は古来からある考え方の方が強い。そうなると、みんなと一緒がマジョリティというか。

──前提が真逆なんですね。

アメリカって、極端にいうと明日いきなりルールが変わるんです。「コロナウイルスが広がっています。だから明日、7時以降に外に出ている場合は捕まえます」みたいな国なんですよ。つまり、そのときに感情を出しておかないと損をするんです。だから国に対して暴動が頻繁に起きるし、逆に独立記念日なんかは、みんなで花火を上げてお祭り騒ぎをする。

なんか、その感じが日本人の感覚からするとなかなか理解しづらいというか。すごいと思ったのが、アメリカに行った年にグラミー賞の授賞式を観たんです。でもその日の早朝かな? バスケ選手のコービー・ブライアントが亡くなったんですね。すると、午後には街がコービーのグラフィティだらけになって、広告も全部“R.I.P”って。バスの行き先がコービーになっていたりするんですよ。

──すごいですね。対応の早さも含めて。

夜のグラミー賞の授賞式も、演出から台本から全部コービー仕様でした。そのくらい、向こうは人に対する愛の向け方というか、賛美の仕方がすごい。もちろん宗教の違いとかもあると思うけれど、そのエンタメ性における日本との差はすごかったですよね。アメリカは違いがあるのが前提なぶん、共通するところを見つけたら基本的にそれをみんなで喜べる。その点は美しいと思います。

だってコービーの件だって、日本だと広告主のこととかを気にするほうが先にきちゃうから、ああいう状況にはなりにくいですよね。歴史が古いゆえにいいところもいっぱいあるけれど、エンタメや表現の分野については、スピード感の感覚が違うのかなと思います。


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Nulbarich 4th Album『NEW GRAVITY』

初回限定盤「3CD:Disc1~3」:VIZL-1891 ¥4,400(税込)
通常盤「2CD:Disc1~2」:VICL-65496-7 ¥3,850(税込)
https://nulbarich.com/feature/live_2021#release


<ライブ情報>

単独ライブNulbarich ONE MAN LIVE『IN THE NEW GRAVITY』

IN THE NEW GRAVITY 特設サイト
https://nulbarich.com/feature/live_2021