対談:生島淳×九龍ジョー 日本の伝統芸能にとって、2020年はどんな年だったのか?

  • 写真:河内 彩
  • 文:Pen+編集部

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伝統芸能に精通したジャーナリストの生島淳と、足しげく寄席や舞台に通うライター&編集者の九龍ジョー。2020年の伝統芸能を振り返りつつ、2021年の展望をふたりに語ってもらった。

生島淳(左)●1967年宮城県生まれ。ジャーナリスト。Pen 2020年12月15日号「クリエイター・アワード2020」では、数年来追いかけている講談師の六代目神田伯山にインタビュー。 九龍ジョー(右)●1976年東京都生まれ。ライター&編集者。YouTubeチャンネル「神田伯山ティービィー」や「歌舞伎ましょう」の監修を務める。近著に『伝統芸能の革命児たち』(文藝春秋)。

落語&歌舞伎好きでありながら、ここ数年、講談師の六代目神田伯山にハマっているジャーナリストの生島淳と、伝統芸能の最前線をとらえた新刊『伝統芸能の革命児たち』を上梓したばかりのライター&編集者の九龍ジョーのふたりが、2020年の伝統芸能界を振り返りつつ、いま観ておきたい芸人や役者について語り合った。

伝統芸能は、横断的に見たほうが絶対に面白い。

2017年以降、継続的に松之丞改め六代目神田伯山にインタビューしてきた生島淳。Penの「クリエイター・アワード2020」特集でも、伯山に真打昇進後の話を聞いた。

生島 いまの世の中は、SNSの影響で全部タコツボ化しているから、(九龍)ジョーさんが書かれた『伝統芸能の革命児たち』のような横断的な批評が必要です。

九龍 僕の場合はまず、いち観客の立場であることが大事なんですね。これが専門家や研究者となると、専門外のことについては発言しないという美学を持つ方も多い。ただ、客の立場であれば『仮名手本忠臣蔵』を歌舞伎でも見るし、文楽でも見る。講談だったら赤穂義士伝、落語でも『七段目』を始めスピンオフはたくさんある。元ネタが同じであればなおさら、いろんな芸能のバージョンを見ることで楽しみが広がると思うんです。そしてこれはポップカルチャーまで視野に入れても同じことが言えると思います。そうした喜びについて、書いておきたかったんです。

生島 観客は自由ですからね。最初に神田松之丞(六代目神田伯山)を聴いたのは2016年7月の博品館劇場でしたが、「『お紺殺し』って歌舞伎の『籠釣瓶(かごつるべ)』とつながってんじゃん」という発見があった。これが松之丞にハマる運命を決定しました。伯山ファンにはぜひ『籠釣瓶』を見てほしいな。

九龍 『淀五郎』の「鮒だ、鮒だ」というセリフだって、元ネタを知っていれば、聞こえ方が全然違いますもんね。

生島 『中村仲蔵』も『仮名手本忠臣蔵』の『五段目』を見ておくと違うし、『大高源吾』は歌舞伎の『松浦の太鼓』や『土屋主税』と補完し合うと、頭の中で話が広がっていきます。

九龍 あと、仲蔵のおかげで斧定九郎がどれほどかっこよいかも実際に知ってほしい。

九龍ジョーが上梓した『伝統芸能の革命児たち』。歌舞伎・文楽・能・狂言・落語・講談・浪曲・新派・ストリップと分野ごとに注目のスターを紹介した評論集。

生島 伯山の『中村仲蔵』は常にアップデートしているのが楽しいんです。

九龍 よく会場で会って立ち話をしてますけど、生島さんは本当に細かい変化までご覧になってますよね。

生島 伯山襲名の前夜に、「何か変えますか?」って聞いたら、仲蔵の女将さんを登場させるかどうか迷ってました。立川志の輔バージョンでは登場するんですよ。でもそこまで至らなかったと記者会見で言っていました。11月のバージョンでも、志の輔版にインスパイアされた変化があって楽しかったな。

九龍 落語や講談になった時点で「中村仲蔵」は史実に翻案が入っているわけですけど、伯山にとってこの読み物は、松之丞時代からずっとセルフドキュメンタリーのような性格を帯びていると思うんです。だからディテールの変更についても、演出としてただ変えるというよりは、自分のいまのリアルな状況を反映させつつ、こうした方がお客さんに伝わるだろうという観点で行っている気がします。

生島 そこが魅力ですよね。しかも講談は何十年もかけられるのが強みです。

九龍 だから、彼がさらに円熟してくるにつれ、いつか四代目團十郎の視点に立つことだって考えられる。

六代目神田伯山。2007年3代目神田松鯉に入門。20年真打昇進。YouTubeチャンネル「神田伯山ティービィー」で第57回ギャラクシー賞テレビ部門フロンティア賞を受賞。(写真:橘蓮二)

九龍 『伝統芸能の革命児たち』では、本来であれば、市川海老蔵の團十郎白猿襲名で一区切りとなる予定でした。しかしコロナ禍で吹き飛んでしまいました。ただ、コロナ禍という危機を迎えたことによって、伝統芸能のより本質的な部分が浮き彫りとなった。そのことが書けたので、結果的としてよかったと思います。

生島 大幹部の芝居が見られる機会が少ないのは淋しいけど、40代は頑張っていると思う。2020年は、やっぱりドラマ『半沢直樹』に出演して「詫びろ」と連発した市川猿之助(笑)。歌舞伎では(松本)幸四郎との『かさね』は良かったなあ。十二月は『吃又(どもまた)』と、今年はきっちり古典を出してますが、猿之助は新作を出すと、初日と千穐楽では芝居がガラッと変わる。海老蔵もそう。公演中に芝居をどんどん変えていく貪欲さがいい。

九龍 また、いまはコロナ禍の影響で、どのジャンルでも若い世代への移行がいくらか早まったと実感します。その上で、海老蔵も猿之助も次々に手を打ちますよね。私がYouTubeなどでお手伝いしている松本幸四郎(「歌舞伎ましょう」)や中村壱太郎(「かずたろう歌舞伎クリエイション」)、そしてもちろん神田伯山(「神田伯山ティービィー」)も、従来の枠組を超えた横断的な動き方をするので、彼らを追うだけでも、結果としてさまざまな伝統芸能の魅力を知ることができます。

新作落語で注目すべきは、立川吉笑と瀧川鯉八。

「古典だけでなく新作も評価されるようにスポットを当てたい」と語る九龍ジョー。

生島 ジョーさんは寄席演芸だとソーゾーシーを推していますよね。

九龍 ソーゾーシー(落語家の春風亭昇々、瀧川鯉八、立川吉笑および浪曲師の玉川太福からなる4人の創作話芸ユニット)は新作をつくる集団なんですよね。で、落語にしろ浪曲にしろ、どうしても新作より古典のほうが主流ですし、評価もされやすい。一方で、新作を生み出すのはとても労力がかかるうえ、リスクだってある。それでも新しい何かを生み出さざるをえないっていうエネルギーにもっと光が当たってほしいなと思うんです。これは寄席演芸にかぎらず、歌舞伎その他についても言えます。新作が生まれ続けるというのは、ジャンルが現代を生きていることのある種のバロメーターじゃないかと。

生島 (立川)吉笑は、8月に新宿末廣亭でやった立川流の余一会がすごく良かった。まだ客席が温まっていなかったのに、彼の『一人相撲』でゲラゲラ笑いました。あの日は吉笑、それに『親の顔』をかけた志の輔が際立ってました。

九龍 吉笑さん本人からその日の話を聞いたことがあります。そもそも立川流が寄席に上がること自体、そんなにあることじゃないんですよね。なのでけっこう気合いを入れて、結果まあまあウケたと。でも、その後に(立川)談春師匠や志の輔師匠が上がって、ちょっとしたマクラだけで爆笑させるのを見て、やっぱりかなわないと思ったそうです。

生島 志の輔は寄席が主戦場だったらどうなっていたんだろう? と思いましたよ。流れの重要性がわかっているし、自由自在だなと。12月に川崎の麻生でやった『井戸の茶碗』は笑い死にするかと思った。やっぱり志の輔はいいです。

立川吉笑。2010年立川談笑に入門。2012年二ツ目昇進。古典落語的な世界観で作られた新作落語を得意とする。著書に『現在落語論』がある。(写真:橘蓮二)

生島 瀧川鯉八もいいなあ。当たった時の爆発力がすごい。

九龍 彼は引き出しが多い。様々なスタイルの新作落語を作っていて、その振れ幅もすごいんですが、どれも「鯉八らくご」と呼びたくなる独特な世界観を備えています。

生島 『長崎』とか『ぷかぷか』の世界観は、よく作れるものだと感心しました。

九龍 『長崎』なんて古い日本映画みたいですよね。長崎の町歩き落語としての側面もある。ちょうど2020年真打に昇進して、11月に披露興行で末廣亭でトリを務めたのを見たんですけど、寄席の流れが鯉八で終わる多幸感ったらないですよ。その日のネタは『ぷかぷか』でした。

生島 アナーキーな世界に連れて行かれる幸福感がある。彼は寄席で活きるパターンでしょうね。「渋谷らくご」でもそうだけど、どんな流れできても最後の30分は彼の時間にしてしまう。

九龍 本人もトリぐらい気持ちいいものない、毎日やりたいって言ってました(笑)

瀧川鯉八。2006年瀧川鯉昇に入門。2020年真打昇進。新宿末廣亭にて、2020年1月下席夜の部(1月21日~30日)でトリをとる。交互出演で立川吉笑も出る予定。(写真:橘蓮二)

生島 歌舞伎の話をすると、(坂東)玉三郎スクールはすごいですね。

九龍 そうですね。この本でも書きましたが、玉三郎さんの芸の継承の仕方は新しいと思います。例えば(中村)梅枝(中村)児太郎、さらに自分と、日替わりで『阿古屋』をやってみたりする。そのずっと前にやはり梅枝と児太郞に『秋の色種』で琴を弾かせていた。いろんなことが布石にもなっていて、芸の継承それ自体が、舞台上の物語となっている。

生島 若手女形は、可能な限り玉三郎の財産を受け継いでほしい。いま、歌舞伎界で教育者として際立っているのは、玉三郎と(市川)猿之助だと思いますね。

九龍 ここ数年、猿之助の新作は若手のステップアップの場にもなっています。

生島 『スーパー歌舞伎Ⅱ ワンピース』でも、「本水」のシーンを2人にやらせているじゃないですか。

九龍 はい、(坂東)巳之助(中村)隼人のシーンですね。

生島 若手のブレイクのきっかけを作っているのが、猿之助の舞台だという気がするんです。2014年に『四天王楓江戸粧(してんのうもみじのえどぐま)』を明治座で出した時に、尾上右近がすごくよかった。彼は『ワンピース』でルフィを継いだし、澤瀉屋の芸である『黒塚』も踊りたいと意欲を見せてる。去年の『オグリ』では坂東新悟中村玉太郎も良くてね。猿之助は若手に見せ場を作るのが上手だと思うし、それが歌舞伎の継承のスタイルなんでしょう。

九龍 あとこれも本に書きましたが、猿之助、(尾上)松也、そして右近という、大きな勉強会を主宰してきたという人たちの流れもあると思います。自分で興行を差配するのはとても大変だし、リスクもある。それでもやるというのは、それだけでリーダーの資質アリだと思いますので。

文楽では織太夫を、能では亀井広忠を見たい。

「歌舞伎の補完として見始めた文楽ですが、織太夫はチケットをおさえて全部見に行きたい」と語る生島淳。

生島 誰を見たらいいかというのは非常に重要で、文楽の竹本織太夫は本当に艶があるし、面白い。ついに自分の世代の本物を目撃した感じです。

九龍 織太夫はいま文楽において、講談における伯山に近いポジションともいえます。つまり、文楽というジャンルを担う演者であり、かつスポークスマンでもある。そして、これも伯山と似て、本人はとてもタレント性の高い方だと思うんですが、すべては「文楽のため」という基準で動いている。また、彼の場合、このあとにまだ綱太夫という大名跡を襲名する可能性が待っている。文楽の未来がかかっているといっても過言ではないと思います。

生島 僕は、文楽はもともと歌舞伎の補完として見ていたけれども、織太夫聞きたさに、正月は大阪まで行かなきゃと思うほどです。個人的には豊竹芳穂太夫にも期待していて、彼は先代の猿之助(現・市川猿翁)のスーパー歌舞伎にも出演した経験がある。このあたりも、横の糸がつながってきます。


六代目竹本織太夫。1975年生まれ。8歳で豊竹咲太夫に入門し、10歳で初舞台。2018年に六代目竹本織太夫を襲名。2019年、第38回国立劇場文楽賞文楽優秀賞など、受賞歴多数。(写真:渡邉肇)

九龍 未来のことはわからないですけど、僕はこのコロナ禍の先に、太神楽や能のような芸能も注目されるんじゃないかという気がしているんです。太神楽は神事であり、めでたくもあり、かつ楽しい。一方で能は、鎮静効果ですね。いまサウナブームでよく「ととのう」って言うじゃないですか。能には精神的に「ととのう」効果があると思うんです。

生島 それは他の芸能には見られない効能ですね。

九龍 能って謡曲をつぶさに読めば文学的にとても深いものがあるんですけど、ざっくりとあらすじだけを掴むと、その多くが、この世に未練や恨みを残した亡霊の語りをみんなで聞いて成仏させてあげるという構造なんです。で、その亡霊の語りを聞いているうちにうつらうつらしてきて、気づいたら、観客側も自分が過去に体験した無念や恨み、あるいは逆に誰かを傷つけてしまった後悔とか、そういうことを思い出したりする。それらが気がついたら亡霊が成仏するのとシンクロして、自分の中で浄化される感覚がするんです。

生島 なんだか、自分の過去が甦ってくるようで怖い(笑)

九龍 といっても、そういうことは毎回起きるわけではなくて、自分の体調とか、演目とか、能楽堂とか、シテ方・ワキ方・囃子方とか、いろんな条件が揃ったときに「ととのう」んですけど。そういう意味でもサウナと似ていて、人によってあそこの能楽堂がいい、とか、あの囃子方の人じゃないと、とかいろいろあります(笑)

生島 それを聞くと、どこかの能楽堂にハマりそうですよ。

「神事である太神楽や、鎮静効果のある能がこれから注目されるのでは」と語る九龍ジョー。

生島 踏み入れたことがない能の世界ですが、1月は何を観ればいいですか。

九龍 あくまで僕の個人的な推しですけど、まず舞台に立たれる機会も少なくなってきた梅若実玄祥が出ていれば見る。あとは迷ったら囃子方で亀井広忠が大鼓を打っている公演に行くことをオススメします。


亀井広忠。能楽囃子葛野流大鼓方十五世家元。1974生まれ。父、亀井忠雄、ならびに故・八世観世銕之亟に師事。6歳のとき「羽衣」で初舞台。新作能や復曲能を多数作調。

生島 亀井広忠は歌舞伎の長唄囃子方の田中傳左衛門、傳次郎のお兄さんなんでしょう。

九龍 そうです。歌舞伎ファンは歌舞伎囃子方として田中傳左衛門、傳次郎の兄弟のことはよくご存じだと思うんですが、その長兄が亀井広忠です。

生島 ジョーさんの本を読んで、びっくりした。

九龍 なにより亀井広忠の大鼓は一音の迫力がすごいんです。カーンっていう、とても馬の革を人の手で打って生み出される音とは思えない音なんです。脳髄に直接響いてくるというか。あれは本当にすごいです。

生島 それ、聞かなきゃよかったかも。ますます忙しくなっちゃう(笑)

対談:生島淳×九龍ジョー 日本の伝統芸能にとって、2020年はどんな年だったのか?

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