ホテリエ・野尻佳孝が語る、日本初のブティックホテルはこうして生まれた。

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:吉田 桂

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感度の高い人々を中心に、国内外から注目を集めるTRUNK(HOTEL)やTRUNK(HOUSE)。代表の野尻佳孝さんが、ホテルに対する想い、そしてビジョンを前後編で語る。前編は、日本初のブティックホテル開業から現在までを振り返った。

ホテルオーナーであり、プライベートでも世界中のホテルを巡る野尻佳孝さん。常に最新のホテル事情に触れ、その魅力を体感している真のホテル愛好家”ホテリエ”だ。Pen Onlineでも、ホテルに関する連載『ホテルについて、ひとり言。』を執筆している。

2017年、等身大の社会貢献を目指す「ソーシャライジング」をコンセプトとして掲げ、渋谷にオープンしたTRUNK(HOTEL)。そして19年、神楽坂の元料亭を、1日1組限定の一軒家ホテルとしてリノベーションしたTRUNK(HOUSE)。

いままで日本に存在しなかったスタイルである“ブティックホテル”を立て続けに2軒オープンし、2027年までにはさらにコンセプトの異なる8軒を立ち上げ、合計10軒を東京都内に展開したいと語る代表の野尻佳孝さん。

かつてハウスウェディング市場を創出し、ブライダル業界で成功を収めた人物が、なぜそこまでホテルにこだわるのだろうか。その想いを聞いた。

野尻さんにとってホテルとは、どのようなもの?

野尻佳孝●1972年、東京都生まれ。大学卒業後、損害保険会社に就職したのち、98年に26歳でテイクアンドギヴ・ニーズを設立。2001年に現在の新ジャスダック、2006年には東証一部に、いずれも史上最年少で上場。2016年、株式会社TRUNKを設立し、同社代表取締役社長に就任。

「もともとホテルという存在と距離が近かったんです。始まりは家族との思い出かな。お祝いごとがあるたびに、親に連れられてホテルで食事するのが恒例で。それから学生時代には、背伸びをしてホテルでデートをしたり、中学高校時代に学校行事の壮行会に参加したりしていましたね。その頃はもうバブルは終わっていたけど、まだホテルで過ごすことがステータスという時代でした」

その後、26歳で起業した際にサポートをしてくれた人物が都内随一のラグジュアリーホテルを住まいとしており、週に数回そのホテルへ足を運ぶうちに、遊び慣れた大人たちからホテルでの過ごし方を学んだのだそう。

渋谷駅から徒歩約10分。15の客室、ラウンジ、レストラン、ショップ、4つのバンケットを擁するTRUNK(HOTEL)には、おもに欧米からの旅行者や東京在住の外国人、日本人クリエイターなど、ヒップな感性をもつ人々が集う。©TRUNK
ラウンジスペースにはカウンター席やソファ席以外にも、ラップトップを開いての作業がしやすいテーブル席があり、訪れた人はみな思い思いに時間を過ごすことができる。日々開催されるイベントやワークショップも多彩。©TRUNK

「ちょうどその時期、アマンリゾーツが注目され始めたり、ハドソン・ニューヨークがロビーソーシャライジングを始めたり、新しいスタイルを生み出すホテリエたちがフィーチャーされるようになったんです。また、同じタイミングでホテルのコンサルティングの仕事を受けたこともあって、30歳くらいからプライベートでも仕事でもホテルに強い興味をもち始めました」

利用者の趣味嗜好の多様化もあり、海外ではそれまで主流だったクラシックなラグジュアリーホテルとは異なる流れが生まれ、2000年頃にはニューヨークのザ・マーサーが人気を博すように。オーナー色が強く、コンセプトが明確な“ブティックホテル”が増えつつあるなかでホテル事業を始めようと決意。時勢を見極めた上で、満を持して12年に本格的にプロジェクトをスタートし、17年にTRUNK(HOTEL)をオープンした。

客室には、間伐材や古材を活用したオリジナル家具やアウトサイダー・アートをはじめとする多種多様なアートワークが配され、ゲストの感性を刺激する。写真はメゾネットタイプのテラススイート。©TRUNK

「東京にはユニークなホテルがないよね」という旅慣れた外国人の言葉に何度も口惜しい思いをしたという野尻さん。東京に唯一無二のブティックホテルをつくろうという構想は、世界中のホテルを隈なくリサーチし、日本国内で綿密なマーケティングを行っても変わることはなく、実現に至った。

「ムーブメントを起こすのが楽しいんです。僕には、日本のブライダル業界にハウスウェディングという新しいスタイルを欧米から取り入れて、それがニーズとマッチして50%のシェアにまで拡大した経験がある。ブティックホテルも同じようなことが起きる、これはビッグチャンスになるという確信がありました」

TRUNK(HOTEL)が渋谷で具現する、「ソーシャライジング」とは。

渋谷の複雑な地形をイメージしてホテルを設計。オープンから3年とまだ新しい建物だが、街に溶け込んでいるのはそのためだろう。©TRUNK

日本初のブティックホテルを野尻さんのホームタウンである渋谷につくるべく最初に行ったのは、核となるコンセプトを決めること。自分たちはなにがしたいのか。その1点を掘り下げるため、スタッフと繰り返し何度も話し合った。

「そもそも自分は何者なのかってところまで深く考えて、ようやくスタッフ10人の価値観が重なったのが『貢献』と『独創』、そして『誠実』でした」

並行して野尻さんとスタッフは、渋谷の街を知るため、くまなく街を歩き行政や昔から地元で商売をしている店、名士に話を聞いた。渋谷の人々だけでなく、日本の消費者がなにを求めているか年月をかけてリサーチを行ったのだ。

「そうすると、『社会とつながりたい』という声が聞こえてきたんです」

「僕たちがしたいことと、渋谷に暮らす人たちの求めていることが合致して、『ソーシャライジング』というコンセプトが生まれました」と野尻さん。何度も話し合い、何軒も聞き取りを行ったからこその成果だ。

そして導き出されたのが、等身大の社会貢献を意味する造語、「ソーシャライジング」というコンセプトだった。

「じゃあ社会貢献をしよう、といろんなボランティアに参加してみたんですが、真面目に考えれば考えるほど生活しづらくなってしまったんです。自分は二酸化炭素を排出するクルマや飛行機に乗りまくっているのに、環境のこととか語っていいのかって。僕たちのやりたいことは、等身大でなければ長続きしないんです。そこで、『普段の生活が、結果として社会とつながっていた』ってスタイルが広まれば、自然と心が豊かになる人も増えるのでは、と考えました」

リサイクル原料を活用した家具でくつろぐ、廃棄された陶磁器を再利用したマグカップでコーヒーを飲む、障がい者支援施設とコラボしたオリジナル商品を購入する……。そんなTRUNK(HOTEL)で体験できる小さなアクションが、社会とのつながりを生むような仕組みを打ち立てたのだ。

その他にも、オープン当初からホテル全体の売り上げの中から年に500万円を目標に、東京や渋谷を中心に活動するNPO団体などへ寄付を続けている。毎年、寄付先を一般公募し、活動に共感する団体を社員全員で選ぶのだという。

TRUNK(HOTEL)のある5丁目を含む神宮前1、4〜6丁目はかつて穏田(おんでん)と呼ばれ、現在でもホテルの隣には由緒ある穏田神社がある。そのエピソードから、バンケットのひとつがONDENと名付けられた。©TRUNK
プロによる技術指導を通して障がい者の自立を支援するチョコレート工房「ショコラボ」とのコラボ商品。社会福祉法人やLGBT支援団体と商品開発を行うなど、多様性を推進する商品も多数販売している。©TRUNK

独創的なのは、コンセプトだけではない。

「TRUNKにはマニュアルがないんです。会社がルールを決めるのではなく、スタッフが自発的に働きかけるような環境にしたい。仕事で自己決定できるから『会社は自分のもの』とオーナーシップをもって働くことができ、それがホテルの価値になっていく。その結果、お客さんに喜んでいただけるのだと信じています」

ユーザーが多様化するホスピタリティ業界において、マニュアルによる接遇はナンセンスと考え、大胆にもマニュアルを廃止。日本人の根底にある“尽くしたい気持ち”や“共感性の高さ”を期待しての判断だった。

TRUNK(HOUSE)にも共通するテーマ“TOKYO PLAY”

風情ある石畳の路地沿いに、料亭が軒を連ねる神楽坂。その一角に残る日本家屋がTRUNK(HOUSE)として生まれ変わった。街と調和する外観はそのままに、室内には遊び心が詰まった空間が広がる。©TRUNK

TRUNK(HOTEL)がオープンして、3年が経とうとしている。国内外から数多くのゲストが来館し、幅広い層のクリエイターや著名人とのつながりが構築されてきた。

「その流れの中で、東京の魅力を広く伝えたいと思っている人たちと一緒に神楽坂にTRUNK(HOUSE)をつくることができました。その結果、唯一無二のコンセプトやサービスを提供できる場になっています」

東京を知り尽くし、東京を面白くすることに興味をもつクリエイターとともに、いまの東京を映した独創的な空間をデザイン。TRUNK(HOUSE)にはカラオケやバースペースを備えるディスコがある。写真:岡村昌宏(CROSSOVER)
できるだけ間仕切りを取り払い、開放的な客室を実現。寝室に飾られているアレックス・ダッジの作品『Hide and Seek』は、神楽坂の文化を象徴する芸者をモチーフにした作品。写真:岡村昌宏(CROSSOVER)

TRUNKブランドにおけるホテルづくりのテーマは“TOKYO PLAY”。東京を面白く遊ぼうという意味だ。

「高層ビル群の横に昔ながらの横丁があったり、いろんなものが混在するのが東京らしさ。そのカオスな感じが魅力だと思う。これからも東京に独創的なホテルをつくっていって、訪れたゲストに『東京って面白いな』って感じてもらいたい。そして、TRUNKが東京の観光市場を盛り上げたんだと、スタッフが誇れるような会社に成長したいですね」

専属のプライベートシェフが1日1組のゲストのためにオープンキッチンで腕を振るう。通常のレストランやホテルでは不可能であろう、夢のような食体験がTRUNK(HOUSE)では叶えられるのだ。写真:岡村昌宏(CROSSOVER)
かつて三味線の音色に合わせて芸者が舞っていたこの建物の記憶をとどめるように、玄関には三味線をモチーフにした作品が飾られている。土地の魅力を掘り起こして、いまの感覚に沿う“面白さ”に変換するのがTRUNKの強みだ。写真:岡村昌宏(CROSSOVER)

TRUNK(HOTEL)

東京都渋谷区神宮前5-31
TEL:03-5766-3210
部屋数:15室
料金:テラススイート¥570,000~、ダイニングスイート¥150,000~、スタンダード¥30,000~(税サ別)
https://trunk-hotel.com


TRUNK(HOUSE)

東京都新宿区神楽坂3-1-34
TEL:03-3268-0123
料金:¥500,000(税サ別・最大4名まで、3名以上は¥50,000/1名の追加料金)
https://trunk-house.com

ホテリエ・野尻佳孝が語る、日本初のブティックホテルはこうして生まれた。

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