軽妙洒脱な語り口で綴られる、青木雄介さんの連載「東京車日記 いっそこのままクルマれたい!」。今回は番外編として、マイアミで行われたレクサス初のラグジュアリーヨットの発表会に遠征。自動車をつくる会社からモビリティ・カンパニーへ、さらなる挑戦を続けるブランドの真価に迫る。
皆さん、ヨットで暮らす生活って想像したことありますか? もちろん滅多なことではあり得ないんだけど、アメリカ屈指のリゾート地として知られるマイアミならあり得るはず。1980年代に一世を風靡したTVドラマシリーズ『特捜刑事マイアミ・バイス』では、バツイチで傷心の主人公がワニのエルビスとヨットで暮らしていた。普段はフェラーリを乗り回し、虚構の世界に生きる潜入捜査官なんだけど、仕事を離れるとペットのワニのエサを心配する孤独な中年男性だった。
この主人公に強烈に憧れていたこともあり、マイアミでレクサスが初の豪華ヨットを発表するというので参加してきた。そう、いつかはヨットで暮らしてみたい……。ヨットのある暮らしをリアルに感じてみたい。ワニとはいかなくても、ピットブルぐらいは飼えるのではないか? そう思っていたんだ。
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レクサスの世界観を体現した、高性能で優雅な装備。
さて、このLY650。全長は19.94ⅿあって、向こうのサイズで言うと65フィートのヨットなのね。65フィートのヨットってなかなかヨットの中でも大きいサイズで、ライバルも限られてくる。イギリスのプリンセス社のS65とか、イタリアのアズミット社の65フィートなんかが有名みたいなんだけど、大きさも大きさだし、値段も値段でおいそれと買えるものではない。このクラスは日本では年間に1隻、売れればいいほう。そういう世界らしい。
この65フィートは他のヨットと差別化できる点があって、それはブリッジと呼ばれるオープンテラスのコックピットが2階に付いていること。つまり天候が穏やかで気持ちのいい日は2階部分から悠々と操船し、天候が悪かったり、暑かったりすれば1階部分の通常のキャビンで操船すればいい。そんなフライブリッジ型ヨットというカテゴリーに属するLY650。しかしながら、「なぜレクサスがボートをつくるのだろう?」という疑問がつきまとうよね。
まずトヨタが「自動車をつくる会社」から「モビリティ・カンパニー」への方針転換を打ち出している中で、幅広くモビリティを手がけたいという狙いがある。海はもちろんだけど、空だって構想にあるらしい。それと自らを挑戦するブランドとして位置づけていることが挙げられる。挑戦する以上、実現可能で最も高いハードルとして選ばれたのがレクサスによるフライブリッジ型の65フィートヨットだったというわけ。
さっそくお披露目されたLY650に乗り込んでみる。船体はアメリカのマーキー・ヨット社との共同開発。インテリアはイタリアのデザイン会社、ヌヴォラーリ・レナード社とのコラボレーション。コンセプトやイメージをレクサスがつくり、それをパートナーとともに実現した。
ひとたびサロンに入ると、そこは間違いなくレクサスの世界だ。ギャレーの先にはリビングを思わせるソファが配置され、その先に操船席がある。白い革材を主体にピアノブラックの調度品が存在感を主張する、モノトーンかつ陽性のラグジュアリーさだ。ところどころにレクサスのモチーフとなるL字型がデザインされ、メタリックな輝きを放っている。サロンの階下には3つのベッドルームがあり、専用のシャワールームも完備されている。ベッドルームは海面のすぐ近くに視界が拡がっていて、海原の大きなうねりや表情を景色として楽しむことができる。これらの客室とは完全に分離したクルー専用の船室も完備していているのがレクサスらしい。
海原を駆け出すとしっかり静音された船内に、脈動するようにエンジンのバイブレーションが広がっている。エンジンはボルボ・ペンタ社製の1000馬力の直列6気筒ターボを2基搭載。ここが非常に面白かったのだけど、ヨット専用とはいえ、このエンジン音がボルボの大型トラックと非常によく似ていた。現状、燃費性能に優れ、世界で最も静音性に配慮したエレガントなトラックの心臓である、ボルボのディーゼルエンジンを選んでいることに感動を覚えたんだ。近い将来、レクサスがトラックを手がけたとして、選ぶのはボルボのエンジンなのかもしれない、とかね。そしてそれは想像するに、ものすごく胸が躍るイメージなんだ。
さらなる挑戦は、最後に行き着くブランドになるため。
つまりLY650は「レクサスらしさ」を追求することに妥協なく、世界の名匠たちとのコラボレーションにより実現したと言えるんだ。メジャーなセレクトショップが世界中からその世界観に合うアパレルやアイテムを集めるようにして、レクサスは初となるヨット、LY650を完成させている。実際に自分が操船をしているわけではないので操縦士に聞くと、そのフィーリングに「信じられない」を連発していたんだ。操舵するステアリングは従来の油圧ではなく電気式で、まるでクルマを運転するように操作しやすいとのこと。
さらに素晴らしいのはスタビリティシステムで、船体の揺れを自動検知し、抑制する能力が非常に高い。LY650は世界でも波が高く、荒れやすい日本の海を基準に設計されている。荒波でも巡航速度高めで航行し、クラス最速レベルの速度も出せる。それも静かに、揺れなく快適にというと、高級リムジンの乗り味のそれなのですごくイメージがしやすい。まさにLY650のポテンシャルの意味は、レクサスの挑戦を物語っているのであり、狙いは世界の超富裕層への挑戦なんだな。
予定販売価格は4億5千万円程度。当然、オーナーのクルマと言えばフェラーリやロールスロイスといった超高級車で、現状レクサスのクルマはターゲットではないかもしれない。ただヨットというカテゴリーで、ハイエンドな存在感を放つLY650に触れた時にはレクサスのファンになる可能性が大いにある。すでにLY650は4隻のオーダーが入っていて、レクサスサイドもそれは想定外だったらしい。実際に見ることも、乗ることもなく4億円以上のヨットを購入できるオーナー。これはちょっと日本だと想像できないけど、世界でも有数の富裕層が居住し、別荘をもっているマイアミなら簡単に想像できるんだ。
運河に面した広大な豪邸にはほぼ係留場が付いていて、ヨットが停泊できるようになっている。自分がヨットをもつのはもちろん、ゲストのヨットを迎え入れる準備もある。渋滞が最悪レベルに酷いマイアミの交通状況を考えると、海へのパスポートは必然なのかもしれない。運河にはいくつもの吊り上げ式の橋があって、巨大な船でも外海であるカリブ海へのアクセスは確保されている。たまたま居合わせた豪邸の住人や、行き交うヨットの乗員たちもLY650に熱い視線を送ってくる。まぁ、自分はシャンパーニュグラス片手に、知られざる世界を見ている潜入捜査官気分だったわけだけど(笑)。LY650の注目度の高さと自宅が海と陸につながっている超富裕層の生活が、なんとなく垣間見えた時間でもあった。
約2時間のクルージングを終え、帰港するとトヨタ自動車のトップであり、レクサスをチーフブランディングオフィサーとして牽引する、豊田章男社長が我々を出迎えてくれた。囲み取材の中では、世界中から招待されたメディアからさまざまな質問が飛んだ。その中で気になった言葉は「レクサスはいろんなブランドを知り尽くした人が行き着く、最後のブランドにしたい」ということと、「LY650は、私が望む海の上での完全なプライベート空間になるのではないか」という期待の言葉だった。
そういえばマイアミは、アーネスト・ヘミングウェイが晩年を過ごしたキーウェストもすぐ近く。ヨットというのは大海原を前に、孤独を愛する人の書斎のような空間であり、レクサスもそこに共感するブランドを目指すんだろうな、と思わされたんだな。
レクサス LY650
●サイズ(全長×全幅):19.94×5.76ⅿ
●エンジン:ボルボ・ペンタIPS 1350/1200/1050
●燃料タンク:4012ℓ
●清水タンク:852ℓ
●予定販売価格:¥450,000,000(税込)程度
●問い合わせ先/レクサスインフォメーションデスク
TEL:0800-500-5577
https://lexus.jp