11月28日、セイコー アストロンから「1969 クオーツ アストロン 50周年記念限定モデル」が発売される。1969年に生まれたエポックメイキングな腕時計へのトリビュートモデルだ。誕生から50周年を迎えた名作へのオマージュが込められたこの腕時計を紹介しながら、半世紀前の偉業を振り返ろう。

人類が初めて月に到達した1969年は、腕時計の歴史を変える傑作が生まれた年でもあった。その時計の名は「セイコー クオーツ アストロン」。世界で初めて市販された記念碑的なクオーツウオッチだ。その誕生50年を祝して限定発売されるトリビュートモデルには、最新鋭のGPSソーラー機構が搭載されているという。より正確な時間を刻むために技術者たちが努力を重ねた、その歴史に迫る。
50年を経て生まれ変わった、新生「アストロン」。

1969年のクオーツアストロンは世界で初めて市販されたクオーツ(水晶)腕時計だった。そして、50年後の2019年のアストロンは、6時位置に「GPS」と「SOLAR」と表記されているように、GPSソーラーウオッチである。12年9月に発売された世界初のGPSソーラーウオッチ、セイコー アストロンに搭載されていたムーブメントから進化を重ねる最新ムーブメントは、GPSソーラーとしては世界最小、最薄であるという。
GPSとは「グローバル・ポジショニング・システム」の略で、高度約2万Kmに打ち上げられた人工衛星が送信する時間情報と軌道情報を取得して、受信者の位置を瞬時に確定するためのものだ。アストロンはGPSをはじめとする複数の測位衛星からの情報を受信し、衛星に積まれた原子時計と内蔵したクオーツムーブメントを同期し、同時に地球上の位置も特定する。そのため、タイムゾーンをまたいでも、簡単な操作でそれぞれのエリアの正確な時刻を表示することができる。それ以前から存在する、いわゆる電波ウオッチは地上局からの標準電波を受信して時刻修正をおこなうが、地上局を設置、運用している国は世界でも少数で、残念ながら地球上どこでも受信というわけにはいかない。


2019年現在、測位衛星はGPSだけでも30機以上打ち上げられ、全地球をカバーしている。つまりアストロンは地球上どこにいても、そこに空さえあれば、衛星に搭載されている原子時計と同じ精度を手に入れることができる。かつて、腕時計のムーブメントにGPSモジュールを組み込むのは、あまりに膨大な電力を消費してしまうため不可能とされていた。まして、そのエネルギーを太陽光だけで賄おうというのだ。ムーブメント開発チームが超省電力GPSモジュールの開発に成功しなければ、12年のセイコー アストロンは生まれなかった可能性もある。1969年の世界初のクオーツムーブメントもまた消費電力をいかに小さくするかが大きな障壁のひとつだったことを思えば、「歴史は繰り返す」という言葉は技術の世界にもあてはまることを実感する。


ところでセイコー アストロンのほかのモデルと比較すると、この記念モデルのデザインはかなり異なっている。18金ゴールドのケースは冷間鍛造で形成され、クラフトマンによってていねいに磨かれた後、ハンドワークで精緻な文様が刻まれる。もちろんこれは、世界で初めてクオーツムーブメントを搭載した1969年の「クオーツ アストロン 35SQ」に倣ってのことだ。1969年と2019年。機械式腕時計とは桁違いの精度を実現した世界初のクオーツ腕時計と、世界のどこにいても原子時計とシンクロする腕時計。50年という時間は、アストロンという同じ名前を持つ腕時計をどのように変えたのだろうか。そして、50年という時間を隔てて受け継がれるアストロンのDNAとはどのようなものだろうか。
時計界にとどまらなかった、小型水晶デバイスという革命。

クオーツ アストロン 35SQは、2000年と2010年にもトリビュートモデルがつくられている。どちらもクオーツムーブメントを搭載していた。そして50年という節目にあたる2019年の特別なモデルは、最新のGPSソーラームーブメントを搭載している。GPSソーラーといえどもそれはクオーツムーブメントにGPSモジュールとソーラー充電機能を組み込んだものであるから、もちろん35SQの子孫ではある。そういう意味で技術的DNAを受け継いでいるが、それ以上に、その志を受け継いでいるといえる。クオーツ アストロン 35SQは、クオーツという技術で腕時計とそれを持つ人々の生活を革新しようとした。2019年のアストロンもGPSソーラーという技術で、世界のどこにいても原子時計の精度を手に入れることを可能にし、もう一度、腕時計を革新しようとしている。

1969年12月25日。クオーツ アストロン 35SQは誕生した。アポロ11号と12号による月面着陸、ベトナム戦争で記憶される年であり、翌年に大阪での万国博覧会を控え、日本のGNPが西ドイツを抜いて世界2位となった頃である。ちなみにその年に「男はつらいよ」の第1作が封切られ、はっぴいえんどの前身になるバンドが結成され、コム デ ギャルソンが設立されている。腕時計の価格はほぼその精度に比例していたが、機械式腕時計の精度は限界に近づいていた。当時の諏訪精工舎(現在のセイコーエプソン)は、天文台の精度コンクールで上位を独占するほど高精度な機械式ムーブメントを開発していたが、放送局用の小さな部屋を占領するほどの大きさの水晶クロックや、オリンピック計時用のポータブルクオーツ計時装置を開発、製造していたこともあり、機械式の次のウオッチムーブメントとしてクオーツ方式に的を絞った。


腕時計という小さな空間に収まるクオーツムーブメントをつくるためには、数々のイノベーションが必要だった。音叉型の水晶振動子。モーターを構成するパーツを分散して配置する超小型ステップモーター。超省電力ハイブリッドIC。しかしこれらは、まだその一部でしかない。クオーツ アストロン 35SQが発売された1969年に初めて月に降り立った宇宙飛行士が「この一歩は小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である」といった。世界で初めてのクオーツムーブメントも、直径3cmの小さな空間の中でのイノベーションだが、その後の世界の腕時計とそれを手にする人々の生活を大きく変えることになった。日差20秒ほどの機械式腕時計が当たり前の時代に、その100倍以上の精度、月差5秒のクオーツがいきなり現れたのだから、それも当然だったろう。

ワシントンD.C.のスミソニアン博物館や上野の国立科学博物館にクオーツ アストロン 35SQが展示されているのは、画期的な腕時計であることだけが理由ではない。現在、世界で生産されている腕時計の少なくとも90%以上がクオーツであるとされるが、そのほとんどがクオーツアストロンの子孫にあたるのはなぜかといえば、クオーツが開発されてまもなく、その特許技術を公開し、誰でも同じ機構のムーブメントをつくることができるようにしたからである。それだけではなく、このムーブメントのデバイスが、その後の電子技術の進化に大きく寄与した。たとえば代表的なのは水晶デバイスで、人工衛星、自動車、通信機器、コンピュータ、ほぼすべての電化製品で使われている。その先祖にあたるのが、クオーツ アストロン 35SQで、それは腕時計だけでなく、少々大げさにいうならば、現代文明のインフラのひとつだといえる。
技術者たちに受け継がれる、正確な時間への挑戦。

2012年に生まれた世界初のGPSソーラーウオッチ「セイコー アストロン」は、1969年に生まれた世界初のクオーツウオッチ「クオーツ アストロン」と同じ名前がつけられている。姿も機能も異なる時計に、初代アストロンのイノベーションの志を吹き込むためだ。しかしアストロンの企画と開発に携わる人々はひとつの課題を感じていた。GPSソーラー・アストロンはその先進機能を体現したデザインの腕時計である。逆にいえば、その先進機能を実現するためのデバイスが、そのデザインの方向を決めてきた。かつてクオーツは高精度という性能を、あらゆるデザインの腕時計に与えてきた。だからこそ、腕時計のスタンダードとなり、誰もが手にするものになった。ということはGPSソーラーという卓越した性能を当たり前の存在にするためには、その機能、性能をスポイルすることなく、シンプルな3針の腕時計にまとめあげることも必要なのではないか。


GPSソーラーを特別な性能とするのでなく、これからの腕時計の標準としたい。そのためにしなければならないことは明確だった。それはGPSソーラームーブメントの小型化である。2012年から7年間で何度ものムーブメントが改良されてきた理由がそれだった。たとえばGPSを受信するアンテナをより小型化し、このトリビュートモデルに搭載されるムーブメントでは「平面アンテナ」を開発し、ソーラーセルと2層構造とすることに成功している。そして世界最小のGPSソーラームーブメントが完成した。いってみれば2019年の記念モデルは、GPSソーラーを腕時計のスタンダードにするためのステップでもある。そのフォルムはクオーツ アストロン 35SQのアウトラインを踏襲しているが、その精緻な細部は工芸品のようで、とても人工衛星と通信する腕時計には見えない。


その造形にはセイコーエプソンに受け継がれ、磨き上げられてきたクラフトマンシップが惜しみなく注ぎ込まれている。50年前のクオーツ アストロン 35SQも、同じ場所(当時は諏訪精工舎)で開発されたことを考えれば、同じ志というDNAをより進化した環境で発現させるとどうなるか、という実験のようにも思える。トリビュートモデルだからこそ、50年前の技術ではつくれない緻密な造形を実現したいとデザイナーとクラフトマンたちは考えたにちがいない。たとえばケースに施された荒らし彫り模様は、50年前は見本はあったものの職人のセンスによるところが多かった。2019年ではより規則正しく人間がひとつひとつ彫りつけているが、そうとは思えないほど精密感が増している。ケースはより曲面を多用し、ダイヤルはより深い位置にあり、立体的な造形美を追求している。

アストロとはギリシャ語で宇宙、星を意味するという。1969年、画期的な新機構を持つ腕時計は、人類が宇宙に飛び立つ未来をイメージさせるためにアストロンと名付けられたとも語られている。その後2012年、GPSソーラーというやはり画期的な腕時計は、43年前と同じ、最高の精度をもつ時計で世界を変える、という志をメッセージとするために、同じくアストロンと名付けられた。GPSソーラーは太陽をエネルギー源とし、衛星と通信する。つまり、その名の通り宇宙、星とつながる腕時計となった。今回の記念モデルは50本しかつくられないので、世界でこれを腕にする人間は50人しかいない。しかしこの記念モデルに込められたGPSソーラーをより普遍的な存在にしようというDNAは、この後のアストロンに引き継がれていくのだろう。私たちがいま、クオーツの月差や年差という高精度を当然のものと感じるように、近い将来、GPSソーラーもそうなるのかもしれない。
セイコー アストロン
1969 クオーツ アストロン 50周年記念限定モデル SBXD002
GPSソーラー、18金イエローゴールドケース、ケース径40.9㎜、ボックスサファイアガラス風防、10気圧防水、世界限定50本。3,800,000円(税別)
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