12月の公演迫る! 新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』で、尾上菊之助が描き出す世界とは。

  • 写真:殿村誠士
  • 文:富永玲奈

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宮崎駿監督が手がけた名作『風の谷のナウシカ』。2019年12月に歌舞伎舞台化されることが決定し、話題を集めています。この新作でナウシカ役を務めるのは歌舞伎俳優の尾上菊之助さん。公演を控えたいま、菊之助さんに思いをお聞きしました。

現在42歳、歌舞伎界では中堅世代にあたる尾上菊之助さん。品のある顔立ちと繊細で艶やかな芝居、舞踊に定評があります。歌舞伎には古典演目が多くありますが、一方、過去には新作歌舞伎としてシェイクスピア原作・蜷川幸雄演出による『NINAGAWA 十二夜』や、インドの叙事詩をもとにした『極付印度伝 マハーバーラタ戦記』を上演したことでも注目となりました。近年はテレビドラマにも出演し、活躍の場を広げています。

「日本」×「日本」を、世界に広めていきたい。

五代目尾上菊之助(歌舞伎俳優)●1977年生まれ。父は歌舞伎俳優の七代目尾上菊五郎、母は女優の富司純子、岳父は歌舞伎俳優の二代目中村吉右衛門。2013年に生まれた長男は、19年5月に歌舞伎座で尾上丑之助を襲名した。

「ジブリファンのひとりとしての興奮、そしてジブリの世界観を大事にしないといけないという責任、その両方を感じています」と率直な気持ちを語る菊之助さん。なぜいま、漫画原作の作品を歌舞伎にしようと思ったのでしょうか。

「これまでに私は『NINAGAWA 十二夜』でイギリス、『マハーバーラタ戦記』でインドと海外の作品と日本の歌舞伎を融合してきました。それらは“日本×海外”という構造なのですが、2020年のオリンピックに向けて、“日本×日本”を融合させて、日本と海外の方に何かアピールできないかなと思ったのです。クールジャパンの漫画と、古典である歌舞伎という、日本を代表する文化を融合したいと思ったのが5年前のこと。海外の方が日本の文化を知る機会になりますし、日本の方も自国の文化を見つめ直す機会になるだろうと思いました。スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーとお話しさせていただき、宮崎駿監督にご了承をいただきながら進めてきました」

全7巻、漫画版の壮大なスペクタクルを追いかける公演となります。©Studio Ghibli

もともとジブリファンだという菊之助さんは、『風の谷のナウシカ』の世界観に共感し、そのストーリーの壮大さゆえにハマったのだとか。その世界観は現代の日本に通じる普遍的なテーマだと語ります。

「環境問題、エネルギー資源、核、遺伝子操作の問題……。原作が描かれ始めた1980年代は、日本が経済的に成長して浮き足立っている時代でしたが、宮崎駿監督は『このままでいいのか?』という思いで描かれたそうです。いまの日本を見てみると、宮崎監督が描いた世界観に時代が追いついてしまったような感じがするのです。現在まで古典歌舞伎として残っている作品には、昔もいまも通用する"普遍性”があるもの。そうした普遍性を通じて、人間が人間というものを見つめ直す機会になればと思っています」

ちなみに新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』は、昼夜の公演を通して漫画版全7巻のストーリーが展開されます。

「『仮名手本忠臣蔵』や『義経千本桜』といった古典歌舞伎の通し狂言は壮大な話を一日かけて上演するのですが、ナウシカの漫画のスケールも、通しでなら全巻できるのではないかと。テーマ性とスケールの壮大さを含めて歌舞伎にしたいですね」

「ナウシカという少女の可憐さと力強さに惹かれ、その世界観にどんどんのめり込んでいきました」と語る菊之助さん。

現在は本番に向けてつくり込んでいる最中。菊之助さんの言葉からは原作への敬意と、原作ファンや観客への気遣いや真摯な姿勢が感じられます。

「衣裳に関しては、ナウシカのエッセンスを抽出して歌舞伎と融合できればと思っています。ナウシカやクシャナは、お客様がパッと見た瞬間にそれとわかるように原作のイメージに寄り添い、お客様に負担をかけないことを意識しています。言葉遣いについては、初めて歌舞伎を観るお客様が聞き取れるように平易な言葉を選びつつ、バランスを見て少し古い言葉も使おうかなと思っています。ある程度ストーリーをつかめていれば、あとはもう劇場にいらしていただくだけで楽しんでいただける自信があります」

なお、演出家は新作歌舞伎『NARUTO-ナルト-』を手がけたG2さん。通常の歌舞伎は演出家がつかないものですが、「演出家の方は自分だけでは考えられないような広がりを提示してくださいます。G2さんはナウシカの世界観を理解されていて非常に心強いです」という菊之助さんの言葉からは強い信頼感が伺えます。

いにしえの物語に想いを馳せながら、いまを生きる。

出演者と配役も発表されました。その心境を伺います。

「気心が知れている方々と、新しい作品がつくれる喜びを感じています。中村七之助さんは、クリエイティブな歌舞伎の舞台を数多く踏んでこられた方なので、ぜひ今回も作品づくりをさせていただきたいとお願いしました。みなさんに力を貸していただき、つくっていきたいと思います」

新作歌舞伎は新しい試みに注目されがちですが、菊之助さんは古典歌舞伎の重要さも説きます。

「歌舞伎俳優は古典の蓄積の上で育っています。新作歌舞伎をつくる際、なにが助けになるかというと古典の蓄積です。私がナウシカを演じるにしても、古典の女方を蓄積してきた“いま”かなと。蓄積した女方の経験がナウシカという役柄に寄り添えると思うので、私がナウシカに挑戦する意味があると思っています。とにかく古典の力を信じて、いままで育ててきてくれた古典歌舞伎への敬いと、古典歌舞伎を蓄積してくださった先人たちに敬意をこめて、新作歌舞伎をつくり上げていきたいです」

丑之助襲名の記者会見より、左から菊之助さん、長男・丑之助君、父・菊五郎さん。菊之助さん、丑之助君は親子そろってジブリファン。丑之助君は『千と千尋の神隠し』『風立ちぬ』がお気に入りとのこと。

一方、長男の和史君は尾上丑之助として歌舞伎俳優として初舞台を踏んだばかり。未来に活躍する彼らに継承したいことを語ってもらいました。

「お稽古事や型を継承することも大事ですが、それと同時に作者の心を知ることが大事です。たとえば古い遺跡は建物だけでも素晴らしいけれど、その中に込められているストーリーや、どういう暮らしをしていたのかを調べたうえでその場に行くと、思いをはせることができる。古典もそうだと思います。つくられた当時の時代背景や、どのような思いで作者がセリフを書いたのかを考えるだけでも、見方が変わってくる。それによって古典演目に対するおもしろさや感覚が違ってくるのではないでしょうか」

「背景や知識を学び、想像力を働かせる大切さ」を訴える菊之助さんから感じられるクリエイティビティと思慮深さ。それは新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』でも、古典への敬意と新しいことへの挑戦という形で表れているのではないでしょうか。

新作歌舞伎『風の谷のナウシカ』
開演期間:2019年12月6日(金)~12月25日(水)
昼の部・夜の部通し上演
開演会場:新橋演舞場
東京都中央区銀座6-18-2
TEL:03-3541-2600

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