3万5000人が訪れた「東京アートブックフェア2019」、本と出合う面白さを、森岡督行さんと体感しました。

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:佐藤千紗
  • 動画ディレクション:谷山武士
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2019年7月12日〜15日の4日間、東京都現代美術館で10回目となる「東京アートブックフェア」が開催されました。新しい本との出合いに満ちた会場を森岡書店の店主・森岡督行さんと巡り、活気あふれるフェアを動画とともにレポートします。

リニューアルした東京都現代美術館を会場にした今年の東京アートブックフェアを、森岡さんと一緒に体験しました。会場には入場待ちの長い列ができ、人気の高さが伺えます。

2009年、アートに特化したブックフェアとしてスタートした「東京アートブックフェア」。2年ぶり10回目の開催となる今年は、春にリニューアル・オープンしたばかりの東京都現代美術館へと会場を移しました。会場には、約300組の出展者によるアートブックやジンが並びます。ブックフェアは、思いをもったつくり手が直接本を売ることができる場。新しいアイデアやハッと目を奪われるビジュアルに触れられるとともに、つくり手との生のやり取りが交わされるのも魅力です。会場を巡るのは、銀座で「一冊の本を売る本屋」、森岡書店を営む森岡督行さん。本の目利きである森岡さんの視点で見つけたアートブックやジン、気になった出展者を紹介してもらいます。開場を前に、入り口には入場待ちの長蛇の列。静かな熱気に包まれたイベントが始まりました。



つくり手が自ら店頭に立つ、リアルな場が熱気を生む。

300組ものブースが並び、活気あふれる会場。企画展やトークイベントも充実し、インディーな出版カルチャーの最先端が感じられます。

今年の入場者数はのべ約3万5千人を記録し、前回より1万人以上も増加。出版不況と言われ、本の売れ行きは低迷していますが、会場には人があふれ、活況を呈しています。今年は美術館で開催したことで、アート関係者やコレクターの来場も多かったそう。出展者も約30カ国から集まり、一段と国際色豊かなフェアとなりました。

これほどまでに人を集める本の魅力を、森岡さんは「所有していないと消えてしまいそうな弱さ。今日販売しているジンもいま買わないともう手に入らないかもしれない。そうした弱いものが集まることで、強さになるのでは」と言及します。会場を歩いていると、森岡さんはひっきりなしに声を掛けられ、なかなか先に進めないほど。インディペンデントな出版シーンとのつながりを大切にしてきたからこそでしょう、出展者の大部分と知り合いなのではというくらいの顔の広さに驚きます。

著者や出版社との直接交流ができるのも魅力のひとつ。有名写真家や人気作家の姿もちらほら。インディーカルチャーを支えていこうという和気あいあいとした距離の近さも、ブックフェアならではです。
海外の出版社や海外展開を積極的に行っているブックメーカーを集めた「インターナショナル・セクション」。注目の出版社や伝説的なジンのメーカーも出展しています。

地下にある「インターナショナル・セクション」には、海外展開を積極的に行い、国際的にビジネスを展開しているブックメーカーが出展しています。ドイツの「Steidl(シュタイデル)」、インドの「Tara Books(タラブックス)」、イギリスの「MACK(マック)」……。注目を集める海外の出版社も多く、質の高いアートブックが見られます。

森岡さんと話しているのが、ラース・ミュラーさん。Lars Muller Publishersから出版しているグラフィック・アーティスト、倉嶌隆広さんの作品集『Poemotion』の展示を森岡書店で行った縁もあり、つながりのあるふたり。
手前が倉嶌隆広さんのシリーズ作品集『Poemotion』。これまでに3冊が発行されています。

森岡さんが話し始めたのは、スイスの出版社「Lars Muller Publishers(ラース・ミュラー・パブリッシャーズ)」を営むラース・ミュラーさん。デザイナーでもあるラースさんは、建築、デザイン、コンテンポラリー・アートといったジャンルのデザインとして優れた書籍を出版し、高い評価を得ています。森岡さんが手に取った『bauhaus journal 1926-1931』は、当時出版されていたタブロイドを復刻し、再販したもの。グロピウス、ミース、カンディンスキー、クレーといったきら星のようなバウハウスの教授たちの原稿がよみがえり、彼らの思想を伝えてくれます。ラースさんは出版活動の目的を「見る目を養う場所」として、貴重なアーカイブの復刻も積極的に手がけています。

バウハウス創設100周年を記念し復刻された『bauhaus journal 1926-1931』。優れたタイポグラフィーやエディトリアル・デザインを通し、「見る目を養う場所」としての出版物の役目を意図しています。

キュレーションが冴える、企画展の数々。

サンフランシスコを拠点に『The Thing Quarterly』を発行したアーティストのウィル・ローガンと談笑する森岡さん。アーティストとコラボしたオブジェを段ボールのボックスに入れて「雑誌」という形で販売し、アートを生活の中に届けていました。

地下の一部は展示スペースに。毎年ひとつの国や地域にフォーカスして出版文化を紹介する「Guest Country」では、今年はアメリカを特集。ふたつの展示を展開しました。そもそもアートブックフェアは、2006年にニューヨークの書店「Printed Matter」がNew York Art Book Fairをスタートしたことが出発点。いまもアメリカはインディーなブックシーンをリードし続けています。

展示を行ったサンフランシスコの『The Thing Quarterly』は、2007年から10年間、年4号を発行していたアート雑誌。アーティストとコラボレーションしたオリジナル・オブジェクトを制作し、それを雑誌という形で届けていました。発行人でありアーティストのウィル・ローガンさんは森岡書店を知っていて、話が弾み、来日中に訪れることを約束していました。

ニューヨークの「8-Ball Community」はブルックリンの地下鉄に開いたニューススタンドを東京バージョンにして登場。70年代から現代までの150冊のジンを展示販売しました。

「Guest Country」のもうひとつの展示は、ニューヨークを拠点にするアーティストらの非営利団体「8-Ball Community」から。今回、東京アートブックフェアには「ジンのルーツを改めて振り返りたい」という意図で招待されました。彼らは2013年にブルックリンの駅構内でジンを扱うニューススタンド「The Newsstand」をオープンして以来、1万冊以上のジンをアーカイブしてきました。社会的なメッセージ性の強い、ラディカルなジンを中心に扱い、独自の視点を発信しています。

ジンを選ぶ森岡さん。購入したのは、古代エジプトのパピルス紙に書かれたヒエログリフがプリントされたジン。「中身はわからないけれど、本の始まりに関心があり、ジャケ買いです」
アーティストのコレクティブである8-Ball Communityを主宰し、写真家でもあるレレ・サヴェリさん(右)と。8-Ball Communityは、政治的思想や社会的メッセージを発信する“FANZINE”と呼ばれるジャンルのジンを中心にセレクト。アーティストやマイノリティーが集うオルタナティブなコミュニティとして機能しています。

今回のためにつくられた東京バージョンのニューススタンドで、森岡さんはTシャツとジンをお買い上げ。主宰するレレ・サヴェリさんに対し、森岡さんは「紙の本と本屋のよさ」について質問。サヴェリさんは「紙の本は、モノとの会話ができる触れられるものだから、価値が高まっている。イメージは流れていくけれど、紙は残るものだから。それに、本屋はいろいろな本を見て選ぶことができる。リアルな場所だから店主との会話やコミュニケーションも生まれる」と答えてくれました。

「Japanese Artists’ Books: Then and Now」の展示では、アーティストが影響を受けた本と制作したアーティストブックを並べて展示。出展者にアーティストブックをつくる理由を聞いたインタビューをまとめたペーパーも配布され、じっくり読み込むことができます。

次に訪れた展示「Japanese Artists’ Books Then and Now」は、アーティストが表現形態として印刷物を選んでつくった「アーティストブック」に焦点を当てたもの。現在の日本のアートシーンで注目される作家たちにインタビューし、影響を受けた本と彼らの作品を展示。日本のアーティストブックの現在地を明らかにし、過去と現在をつなぎ、これからの刺激になればと企画されたそうです。参加作家は川島小鳥、立花文穂、平野太呂、ホンマタカシ、ミヤギフトシなど12名。

「日本のジン文化は雑誌『relax』で2000年頃、平野太呂さんがスケーターカルチャーとともに紹介したのが出発点で、その後花開いたと思っています。また、立花文穂さんの印刷物や本を使った作品は、アナログの可能性を示してくれました。活版印刷のよさを実感できた。そういう意味で、今日につながる流れをつくったこのふたりはキーパーソンとして外せません」

1937年に創刊された歴史ある資生堂の企業文化誌『花椿』。仲條正義が約40年もの間アート・ディレクターを務め、先鋭的なエディトリアル・デザインをつくり上げたことでも知られます。現在は年4回季刊誌として発行。
これまで3100以上の展覧会を開催してきた日本最古の画廊、資生堂ギャラリーの歴史をカタログで振り返ります。カタログは販売も行われていました。

現存する日本で最古の画廊と言われ、今年創設100周年を迎えた資生堂ギャラリーのこれまでの歩みを振り返る企画展では、これまでの展覧会のカタログと企業文化誌『花椿』を展示。森岡さんは、資生堂ギャラリーを創設し、写真家でもあった資生堂初代社長・福原信三の考えに関心があると言います。

「単にアート作品を展示するだけでなく、『花椿』を刊行することで、最先端の美を日本全国に届けようとした。資生堂が得たさまざまな価値を社会へ還元する信念が感じられます。企業の活動が社会をよりよくする。80年以上前から、その観点をもったアートブックと言えるでしょう」

森岡さんは、こんな本が気に入りました。

ドイツを拠点とするアーティストManfred Holtferichによる『Blatter1-236』。静かな葉の水彩画と詩的な本の佇まいが目を引きます。

東京アートブックフェアを巡りながら、森岡さんが気に入った本3冊を選んでもらいました。

恵比寿の書店POSTのブースで見つけたのは、ドイツのアーティスト、Manfred Holtferichによる『Blatter1-236』。「Leaves」というシリーズの水彩画は、葉っぱを実物大に描き、忠実に再現したもの。1ページに1枚、標本のように細密に描かれた葉をレイアウト。自然の造形美に目を見張るとともに、実物よりも雄弁にイメージの力が語りかけてきます。「植物がもつ自然の造形に惹かれます。三次元の植物が、二次元に変化された時の不思議。リアルな植物とはまた別の佇まいを感じさせてくれます」と森岡さん。

金沢のギャラリー、SLANTが発行する、シンプルで潔い装丁の石川直樹さんの写真集『K2』。SLANTはヒマラヤの8000m級の山に焦点を当てたヒマラヤシリーズを6冊刊行しています。

金沢市にあるギャラリー、SLANTから出版している写真家・石川直樹さんの写真集『K2』。

「K2は登頂者の死亡率が3割近いという難所。石川さんも2015年の遠征では雪崩に遮られ、撤退します。これはその時の写真。いま、まさに石川さんはガッシャーブルムⅡの登山最中ですよね。SLANTはチョモランマやデナリなど、石川さんの登山の写真をシリーズ化しています。死と隣り合わせの現場。無事に帰ってくる保証はどこにもない。その覚悟が、SLANTの本づくりにも感じます」

川島小鳥とウィスット・ポンニミットによる共著『未来ちゃんの未来』(ナナロク社)を手にし、「本の未来は明るい」と語った森岡さん。

最後に選んだのは、川島小鳥さんとウィスット・ポンニミットさんの共著『未来ちゃんの未来』。

「僕は川島さんの撮った未来ちゃんのファンなんです。前に雑誌『太陽』で、荒木経惟が『写真家は、子どもを撮ることによって見せたい社会を撮っている』という内容を語っているのを読んだことがあって。土門拳は『筑豊のこどもたち』で貧困にあえぐ社会を可視化し、荒木は『さっちん』で圧倒的なパワーを放つ下町の子どもを撮り、ホンマタカシは『東京の子供』でどこか無機質で淡々とした子どもを撮った。川島さんの『未来ちゃん』は現実を肯定しているのが素晴らしいと思って。その関連書が出ているなんて知らなかった。娘にプレゼントしようと思っています。だからこれは、個人的な理由で買った本です」


東京アートブックフェアを振り返って、「場当たり的ですが、偶然の出合いの面白さを体感しました。本やつくっている人との出合いの記憶が、自分にとっての本の価値を高め、より大切なものにしてくれる。改めて紙のメディアのよさ、顔の見えるコミュニケーションの豊かさを認識した」と森岡さんは言います。本をつくり、本を買うことがメインストリームではなくなったいま、ブックフェアに集うことはある種の意思表明になっているのかもしれません。だからでしょうか、会場には、本を通した温かな交感と独特の連帯感が生まれていました。

東京アートブックフェア 2019(TOKYO ART BOOK FAIR 2019)

開催期間:2019年7月12日(金)~7月15日(月・祝)
開催場所:東京都現代美術館
東京都江東区三好4-1-1
https://tokyoartbookfair.com