フランスのラグジュアリーブランドがメンバーとなる注目の団体「コルベール委員会」が日本の学生とユニークなプロジェクトを実施しました。その奥深きプロジェクトの意義を探ります。

6月17日から25日まで、東京藝術大学大学美術館にて「2074、夢の世界」と題された展覧会が開かれました。選抜された藝大の学生50名による作品が展示されたこの展覧会、実はフランスのラグジュアリーブランドの団体「コルベール委員会」との特別プロジェクトの成果なのです。なぜ、フランスのラグジュアリーブランドが日本の学生とコラボレーションしたのでしょう? そこには、歴史と伝統あるブランドが培ってきた、未来を担う若者たちに対する温かな支援と社会的責任を示す姿勢がありました。
ラグジュアリーブランドが日本の若者を支援する理由。

エルメス、ルイ・ヴィトン、シャネルなど、錚々たるフランスのラグジュアリーブランド81社とルーブル美術館など14の歴史的文化施設により構成される「コルベール委員会」。世界の人々にフランス流「アール・ドゥ・ヴィーブル(美しい暮らし)」を伝える、いわばフランスの文化大使のような役割をもつ団体です。創立60周年を迎えた2014年を記念し、60年後となる2074年のビジョンを共有するための、壮大なプロジェクトが企画されました。
プロジェクトではまず、「コルベール委員会」が想像する60年後のユートピアの世界を言葉により表現。次に言葉を視覚化するため、6人の作家によるSF小説を元に、東京藝大の学生が作品を制作。選抜された50組の学生たちには一組20万円の奨学金が制作費として授与され、作家たちとのワークショップが企画されました。さらに、コンペで優秀賞を受賞した3組の作品は、秋にパリで開催される国際アートフェア、FIACにて展示されます。およそ4年にわたり、言葉とビジュアルと国境を横断する複雑で緻密なプロジェクトは、対話を通じより豊かなビジョンとして結実します。


コルベール委員会チェアマンを務め、エルメス・インターナショナルの社長でもあるギヨーム・ドゥ・セーヌさんは、日本を選んだ理由について次のように語ります。
「フランス流の美しい暮らし方が体現でき、フランスの生活知識や文化への理解があるからです。また、日本は独自の工芸の歴史をもち、それらを大事にしつつ、同時にテクノロジーに優れ、未来を向いている。そういった意味でこのプロジェクトには最適な国だと考えました」


コルベール委員会プレジデント&CEOを務めるエリザベット・ポンソル・デ・ポルトさんはプロジェクトの意図について話します。
「伝統を継承しながら、未来を考えるという価値観にフランスと日本の共通点を見出しています。また、フランスの作家ジュール・ヴェルヌがSF小説というジャンルを始め、それが日本でマンガとして発展したという歴史にもつながりを感じます。東京藝大を選んだのは、2074年を生きる若いアーティストがいるから。若い世代は昔に比べラグジュアリーブランドへの憧れが少ない。だからこそ若者を支援する姿勢を打ち出したいと思いました」
ユートピアとしての未来を、それぞれが描く。


展覧会場では、選んだ小説ごとに作品がレイアウトされ、若者らしいみずみずしく、繊細な美意識が表現されました。未来の世界をイメージしながらも、記憶や古いものをモチーフにした温かみを感じさせる作品が多いのが印象的。女性アーティストが多いのも特徴的でした。
今回のプロジェクトは多くの学生にとって、題材が与えられる、初のコミッションワークとなります。指導した先端芸術表現科の八谷和彦准教授は「文学をベースに対話を重ねるプロセスは作品に幅と深みを与えています。作家とのワークショップを含め、多人数でアイデアをシェアしながら、長期にわたって進めるプロジェクトは、学生にとって贅沢で貴重な機会となったのではないでしょうか」とプロジェクトの成果を語ります。




また、美術学部長の日比野克彦教授は、今回のプロジェクトを「真のパトロネージュとはなにかを学生に伝える場になった」と振り返ります。
「本来、パトロネージュとは、作品を評価するのではなく、アーティスト個人を支援し、生き方を支援するもの。作家であれば、作品がよいときもあれば、悪いときもあるけれど、フランスでは、作品の出来に関係なく、その人自身を支える。今回のプロジェクトでも、実際に作家を連れてきて対話の場をつくり、受賞者をフランスに招待し、人を大切にしていることがわかる。学生が人に対して支援する企業の姿勢を実感できたのではないか」と、緻密に設計されたプログラムに敬意を表していました。実際、展覧会で来場者に直接自作を説明したり、展覧会カタログを作成するなど、「美術が社会に出る時に必要なことを学べる」(日比野さん)ことも今回のプロジェクトの特徴でしょう。

パリへ招待される3名の受賞者は?


さて、待ちに待った審査発表。一次審査を通過した50組の中から、10月にパリで開催される国際アートフェアFIACに招待される優秀賞受賞者3組が選ばれます。
受賞作品は北林加奈子「肌」、川人綾「織合い」、島田清夏「Voice of the Void:4600000000」に決定しました。彫刻専攻の北林さんの作品は、なめらかな陶器ややわらかな羊毛などの皮膚感をもつ素材でつくった立体を組み合わせたインスタレーション。川人さんは、日本の染織とテクノロジーから発想した、一見デジタルのように見えながら、手描きで描いたグリッド状のペインティング。島田さんは、鉱物から出る微量の放射線を音と光に変換し、鉱物の発する声として取り出してみせた作品です。いずれも完成度が高く、テーマをうまく捉えながら、自分の作品として成立させる力量を感じさせるものでした。







「2074、夢の世界」は、フランスのラグジュアリーブランドが、日本の学生にパリでの展示という夢を与えながら、ともに未来を夢見るという共働プロジェクトでした。審査結果よりも、約4年を費やしたプロセスこそがていねいな教育であり、学生たちにとっての資産となるでしょう。
作り手に対して投資し、支援するという、フランスのリュクスの矜持が垣間見えた今回の企画。ルイ14世の下、織物、陶磁器、ガラスといったフランス文化と産業の輸出を推し進めた政治家コルベールの精神を受け継ぎながら、新しい時代に合った文化支援のかたちを指し示しているようです。2017年10月のFIACでの展示とともに、コルベール委員会の今後の活動にも注目が集まります。
●コルベール委員会 www.comitecolbert.jp