現代の名品であるティファニーの「CT60」を、自分好みにカスタマイズできるという画期的なサービスが開始されました。腕時計ジャーナリストの並木浩一がいちから体験し、レポートします。

ティファニーの腕時計「CT60」は、ルーズベルト大統領への誕生日プレゼントをルーツとする現代の名品です。その「CT60」について3月から開始されたまったく新しいサービスが「ティファニー ウォッチ パーソナライゼーション プログラム」。3針モデルの「CT60 3-ハンド 40MM」を対象にパーツひとつひとつを好みのものにチョイスし、「世界で一本だけ」の一本を組み上げられるという、注目のプログラムです。この画期的な試みをPen本誌でも連載中の時計ジャーナリスト、並木浩一が体験します。
ルーズベルトらセレブリティを魅了してきた腕時計。


自分好みの時計を特別注文してみたい、と思ったことがある方は多いのではないでしょうか。ケースバックに「名入れ」をしてくれたりする一部のブランドや時計店はありますが、それ以上のカスタマイズを経験した人は稀でしょう。滅多にはできないそうした時計ファンの夢が叶う、それもティファニーでと聞いたら、これは見逃せないニュースではないでしょうか。
その時計「CT60」は、世界のファッションリーダーたるハリウッドスターたちの愛用品でもあります。例えば、昨年公開の『ベストセラー 編集者パーキンズに捧ぐ』でヘミングウェイ役を演じたセクシーなイギリス人俳優ドミニク・ウエスト。また映画では演技と監督、舞台・TVでも活躍するトニー賞俳優のリーヴ・シュレイバーらです。

そもそもティファニーは1870年にジュネーブで自社工場を設立し、宝飾品や銀製品と同様に腕時計でも世界的な実績をもっています。しかも「CT60」のルーツは1945年1月、フランクリン・ルーズベルト大統領63歳の誕生日に贈られた、ティファニーの腕時計。大統領はその時計を着け、翌月に行われた歴史的なヤルタ会談に臨んだのです。そして70年の時を経て、伝説は新章を開始しました。大統領最後のお気に入りにインスピレーションを受け、ティファニーは2015年、新作腕時計を発表します。特別な時計には、創業者チャールズ・ルイス・ティファニーの頭文字が冠されました。その由緒ある「CT60」が、自分好みに徹底的にプロデュースできるのです。

3月から開始された「ティファニー ウォッチ パーソナライゼーション プログラム」は、3針モデルの「CT60 3-ハンド 40MM」を対象に、パーツひとつひとつを好みのものにチョイスし、自分だけの一本を組み上げられる画期的な試みです。ケースはステンレススティール、ゴールド、バイカラーから選べ、ケースバックをシースルーにするか否かも希望次第です。カラーだけでも10色を揃える文字盤には、インデックスもゴールドやシルバーのプードレの選択肢。なんと針も、ゴールドやステンレススチールといった中から選べるのです。10色のストラップと2種類のブレスレットも、どれを付けても構いません。また希望に応じて、文字盤上にアルファベット3文字までのモノグラム、ケース側面と裏蓋、外箱にも文字を入れることができます。
好みのパーツを選び、自分だけの一本をつくる楽しみ。


まさに自分だけのカスタムメイド=パーソナライゼーションが可能になる「ティファニー ウォッチ パーソナライゼーション プログラム」のサービスを実施している店舗は、ニューヨーク5番街のティファニー本店と、東京のティファニー銀座本店のみです。すべて自分の好みを貫いた仕様は、ウォッチの製作拠点であるスイスに直接オーダーされます。最終的にそのデザインバリエーションは、なんと総計2720種類にも及びます。現地の熟練した時計職人が、そのたったひとつの注文通りに手作業の組み立てを行うのです。ティファニーで誂える、世界に一本だけの腕時計。時計ファンにとっては夢のような話の入り口は、ティファニー銀座本店、2階のゆったりとしたスペースに案内されました。


膨大な組み合わせを導く全パーツが揃うプレゼンテーションボックスは、「CT60」の宝箱とも言えるもの。ニューヨーク本店と銀座本店には、ひとつずつだけこのボックスが配置されています。見るだけでも貴重な体験といえるボックスを前に、さまざまな夢と欲望、理想と打算が頭の中を交錯します。
ケースにゴールドかSSか、ストラップにするのかメタルブレスレットかも、永遠の課題です。文字盤色は無難な白か黒か、それとも冒険してみようか。何しろ文字盤だけで10種類、革ストラップのカラーも10色あるのです。全部を組み合わせて行ったら、どれを選べばいいのか、逆に迷ってしまうに違いありません。ハートは熱くなるのですが、頭はクールに、理想の1本を組み上げていくべきなのです。

実は今回、私(並木)は、「仕事帰りに劇場に直行する日の時計」というテーマを個人的に決めていました。バレエ・舞踊の研究が仕事の一部であるため、それは当然に起こりうる事態なのです。仕事場の大学ではやや派手であっても、劇場のロビーで野暮ではないドレッシィで上質な新しい時計を選ぶ方針を、膨大なパーツを前に再確認しました。何よりティファニーは、ニューヨーク・シティ・バレエ団の本拠地にある世界的ブランドなのですから。そして、史上唯一の4選を果たしたアメリカ合衆国大統領と、世界の首都ニューヨークを象徴するブランドでもあります。幾重にも重なり合う伝説を受け継ぐ「CT60」を、シャンパーニュの乾杯に相応しい華やかさにカスタマイズしたかったのです。
2027通りもの組み合わせから完成した、世界に1本しかない腕時計。

滅多にない機会ですから、特に心がけたのは「徹底的にカスタマイズ」することです。私は時計を買う人間であって、自分の時計を売ったりはしません。だからこそ私以外には誰も欲しがらない「パーソナライゼーション」として文字盤とケースサイド、ケースバックにすべて、モノグラムを依頼しました。大文字と小文字で入れたのは、イニシャルではなく、今回初めて使うことにした苗字のアナグラム”NMK"です。航空業界で使う都市コードや空港コード、例えば東京はTYOで羽田空港がHNDのように、自分を抽象化・記号化してみたかったのです。専用箱のプレートにも文字が彫ってもらえるので、こちらは座右の銘にしているラテン語の諺「Ubi panis ibi patria(パンあるところ祖国なり)」に決めました。

ケースはスティールの躯体にゴールドのベゼルを合わせる、バイカラーを選ぶことにしました。SSより華やかなのは言うまでもないでしょう。ゴールド無垢でもいいのですが、今回の時計選びの目的に合った、洒落たコンビネーションに決めました。そして文字盤はシャンパンカラーの“一択”。つまりは、フリュートグラスの透明とシャンパンの金色に泡の白のような、華やかなカラーコンビネーションを仕掛けてみたことになります。バレエ公演の幕間に、ロビーでシャンパーニュを飲む至福の瞬間が頭にあり、その心象のインターテクストを試みたことも事実です。一方革ストラップは、ブルゴーニュ・ワインを思わせる暗紅色を合わせることにします。舞台がはねた後の夜食も、イメージできるかもしれません。

コーディネートは腕の肌色とも合わせながら組み合わせを繰り返していくのですが、秘密兵器も使いました。iPad上のアプリで、全体のモンタージュ画像をシミュレートでき、価格の試算も行えるのです。とはいえ、事前にある程度の絞り込みを試みていたのにもかかわらず、実物のパーツを前に大いにセレクトを楽しんでしまい、結構時間がかかりました。納得のいくまで選択を終えたら、完成予想画像と詳細を記した書類を受け取り、オーダーが実行されます。納品までは6週間かかるのですが、初めて完成品を着けた時の高揚感は格別です。
世界で1本だけの「CT60」は、ほかならぬティファニーに認められた、自分が生きた証拠のような気さえするのです。
ティファニー銀座本店
東京都中央区銀座 2-7-17
TEL:03-5250-2900
営業時間:10時30分~20時