紙にまつわるプロダクトを扱う「パピエラボ」。移転後の新たな店は、これまでのイメージを一新するモダンな店構えが特徴的です。デザイン事務所としての機能も備え、コミュニティ・ハブとして進化した新しいパピエラボを覗いてみましょう。

デジタル隆盛の時代に、紙、そして活版印刷をコンセプトにした「パピエラボ」が千駄ヶ谷にオープンして10年。時代に流されることなく独自のスタンスを守り、紙にまつわるグッズや印刷物というアナログかつ現代的な魅力あるものを紹介し続けてきました。そんな「パピエラボ」が昨年、徒歩3分ほど離れた、ご近所の神宮前に移転しました。
新しい店舗は、これまでとインテリアのイメージを刷新。以前の白くペイントされた板張りの小屋のような店構えから、ガラスとシルバーサッシのモダンでミニマムな空間に。店内には、気のきいたステーショナリーやユーモラスなカードが並び、外国のギャラリーショップのよう。少し広くなった店には、デザイン事務所も併設されました。その絶妙なバランス感がますます冴える、店主であり、デザイナーでもある江藤公昭さんに話を聞きに行きました。
空間もプロダクトも、”ほっこり”ではなくモダンで素材の魅力を伝えるものを。


新店舗は明治通りに面し、ガラス張りのすっきりした外観からは店内がよく見えます。中に入ると、赤い天井とネイビーのカウンターという、大胆でいてシックな色遣いがモダニズムの名建築を思わせます。それもそのはず、新店舗のデザインには、江藤さんが旅先のスイスで見てきたル・コルビュジエやピーター・ズントーなどの建築が影響しているというのです。
「木を使ったほっこりとしたインテリアにはしたくないと思って。古材やビンテージ家具を使うと雰囲気や味が出やすいけれど、僕はあまのじゃくなところがあるので、そうではなくて、スイスのモダン建築のように、素材をきれいに見せたいと思いました」
デザインは江藤さんの古巣であるランドスケーププロダクツが担当。やわらかい光を放つ亜鉛メッキのサッシやオリジナルでつくったドアノブなど、吟味した素材とディテールがクリーンで凛とした空間を構成します。ギャラリーのようなショップでは、一つひとつのものの輪郭や色が際立ち、新鮮に映ります。


店のイメージは変わっても、扱う商品は「紙にまつわるもの」とオープン以来、一貫しています。セレクトの基準を聞くと、「つくり手の熱量があり、かつ軽やかさがあるもの」。ものづくりをする上での真剣さや情熱がベースにありながら、アウトプットは冷静で飄々とした感じのもの。それは、そのまま江藤さんのキャラクターにも通じるようです。
イラストレーター、ノリタケのドローイングが描かれたノート、平山昌尚(HIMAA)のステーショナリーなどは、シュールな力の抜け具合が絶妙。ふたりとも長い付き合いで、オリジナルプロダクトも開発しています。
「売れそうだからといって、見本市で見ただけで店頭に置くことはしません。つくる人のことを分かった上で、店に並べた時にテンションが同じで、バランスが合うものを選ぶようにしている」とのこと。ものだけでなく、つくり手のパーソナリティーや感性を重視していることがわかります。


セレクトだけでなく、オリジナルで開発した商品にも江藤さんのこだわりが見られます。最近のオススメの商品を見せてもらいましょう。
オリジナルのブリキ缶のペンケースはロングセラー。定番の白に加え、新色のネイビーが仲間入り。雑然としがちなデスクまわりを大人っぽく引き締めてくれそうです。缶はすべてハンドメイドで、上蓋がカチッと収まる職人技が気持ちよい。もともとは茶筒としてつくられているものなので、ペン立てとしてはもちろん、収納や保存容器としても使えます。昔からの技術を用いながら、ミニマムなデザインと使い方によって、途端に新鮮に思えるから不思議です。


新作のペーパートレイは、なんとスタッキングした上で、引き出せる優れもの。木目の美しいホワイトバーチのボックスの小口と底の縁を斜めにカットすることで、まるで引き出しのようにスムーズに書類を出し入れすることができます。サイズも大きめで紙類をざっくり入れておけるのもうれしい。これなら、机の上に出ていても家具のように端正で美しいし、収納ボックスとしても使い勝手が良さそうです。試行錯誤を重ねてようやくできあがった会心作です。
また、店内で目を引いたのは、お洒落なダンボール。手描きの点々が入っただけのグラフィックですが、何とも今どきの空気感を醸します。アートワークは、パピエラボのラッピングペーパーも手掛ける平山昌尚さん。3枚セットで500円という手頃な値段も魅力です。
自分たちのペースでゆっくりと新たなカルチャーを発信する、小さなコミュニティのハブに。


「パピエラボ」では、紙にまつわるグッズの販売だけでなく、名刺やDM、結婚式の招待状など、印刷物のオーダーも受け付けています。そもそも、江藤さんが店を始めたのは、活版印刷がきっかけでした。
もともとデザイナーとして、印刷技術がデジタル化する中、手仕事を残した活版印刷に興味があり、海外で活版のポストカードなどを集めていたという江藤さん。2007年に世田谷の生活工房で「活版再生展」という展示を企画した時に、街に残る活版印刷屋に若い人が頼めるような窓口の必要性を感じ、お店を開くことにしたのです。以降、活版印刷は海外でも再評価の機運が起こり、インターネットなどのデジタル化に対抗するアナログ文化の一ジャンルとして注目され、定着します。
それでも、「活版の流行には乗らないで、いまっぽくならないように、続いていくことを意識して」店の舵取りをしてきました。店内には大きなプレス機があるわけではなく、知っている人でなければ、活版のオーダーができるとわからないでしょう。それは、レトロな懐古趣味としての活版ではなく、デジタルにはない凹みや滲みが出る表現手段の一つとして、新しい活版を捉えていきたいという姿勢の表れのようにも感じます。


では、その活版印刷を使った名刺を頼んでみましょう。まずは、店頭でサンプルを見ながら、デザインや書体、紙の種類、色や枚数を決めていきます。活版印刷ならではの印圧も選べます。本来はにじみがなく、圧が均一にかかった印刷が美しいとされるのですが、活版らしい味わいを求めて、印圧を強めに、凹凸感を出すことをオーダーする人も多いとのこと。価格は200枚で3万円(デザイン費込み)程度から。その後メールにて、デザインを確認し、印刷、納品となります。書体や紙に詳しくなくても、過去の膨大なサンプルから自分の気に入ったテイストを選べば良いので、心配ありません。
新店舗には中2階にオフィスも併設され、デザイン事務所としての機能も備わりました。お店で打ち合わせをして、上でデザインし、店頭で渡す。つくる場所と売る場所が一つになったわけです。考えてみれば、お店として開かれていて、一般の人が気軽に頼めるデザイン事務所というのもあまりないかもしれません。



「ほっこりした空間にしたくない」「売れ筋は置かない」「デジタルへの反動」と、空間もセレクトも活版も、江藤さんが選ぶものには一貫してアンチ・メインストリームのスピリットが流れています。それは、世の中で流行っているものに対し、一歩距離を置く批評的な観察眼をもっているからだと思います。そうした眼差しで見つけたクリエーターや職人とコラボレーションし、海外のインディペンデントな活動を紹介することで、「パピエラボ」は単なる雑貨店ではなく、ささやかなコミュニティ・ハブになっています。
新しいカルチャーはメインストリームではなくそうした場所から生まれる。取材時も入れ替わり立ち替わり人が出入りする新しいショップは、人と人がつながり、何かが生まれる匂いを発していました。ぜひ新しい店に立ち寄って、そんな空気を体感してみてください。