「土木」の最先端から、メッセージを受け取る。

  • 写真:江森康之
  • 文:青野尚子
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週末の展覧会ノート14:東京・六本木の「21_21 DESIGN SIGHT」で、「土木」をめぐる興味深い展示が行われています。ディレクターを務める西村 浩さんの案内で、その内容を紹介しましょう。

建築の展覧会はよく見かけるようになりましたが、さらにその土台となる「土木」に焦点を当てた展覧会というのは、これまであまり開かれたことがありません。その珍しい展覧会が、東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTで開催されています。建築家であり、土木の設計も手がけるこの展覧会のディレクター、西村浩さんにさっそく展示を案内してもらいました。

「私たちは、土木の上で生きている」

六本木の東京ミッドタウン・ガーデン内に佇む「21_21_DESIGN SIGHT」。
ディレクターの西村 浩さん。都市再生戦略から建築・リノベ・土木分野の企画や設計、まちづくりのディレクションまでを手がける。

「単位」「動き」「雑貨」など、従来とは違った角度から 「デザイン」にアプローチしている「21_21 DESIGN SIGHT」。今回選ばれたテーマは「土木」でした。

展覧会ディレクターの西村浩さんは、展覧会の意図について次のように言います。
「私たちが毎日行き来している道路や鉄道、トイレなどに必要な上下水道はすべて、土木の仕事です。それをあまり意識しないのはそれが日常になっているから。でもほんとうは、私たちは土木の上で生きている。そのことを知って欲しくて、この展覧会の企画を考えました」

都市の風景として描かれた渋谷駅、新宿駅、東京駅の解体図。建築家、田中智之さんによる作品。

それを意識させてくれるのが、展示の最初に登場する田中智之さんのドローイングです。3つの巨大なパネルに、世界でも有数の乗降客数を誇る渋谷駅、新宿駅、東京駅の透視図が描かれています。

「これらの駅にはJRのほか、私鉄や地下鉄などの駅もありますが、どの会社も自社の構内案内図や工事図面しか持っていないんです。こうして駅全体を俯瞰するにはそれらをつきあわせ、足りないところは自分で測ったりしなくてはならない。よく見ると人の足まで描いてあります。ここまで描く田中さんってすごいと思いますね」と西村さんも興奮気味です。

「六甲山からの眺望」は、アーティスト・ヤマガミユキヒロさんによる“動く絵画”。

眺めていると雲が流れ、夕焼けになり、街に明かりが灯る不思議なドローイングはヤマガミユキヒロさんの作品です。これは街並みを鉛筆で描いた絵に実写の映像を投影した、“動く絵画”です。

「シンプルな仕掛けで2次元を時間の経過を含む4次元のオブジェに変えている。これを見ると私たちは地球という生き物のような物体の上で生きていることがよくわかります」と西村さん。

ドローイングアンドマニュアルによる迫力の映像、「土木オーケストラ」。

続く「ギャラリー1」で三面の壁に映し出されている映像作品は、「土木オーケストラ」というタイトルです。映像はゼネコンなどが保管していた高度経済成長期の工事現場と現在の渋谷駅の工事現場の映像をつなぎ合わせたものです。現代の渋谷駅での工事音をコラージュして、「ボレロ」のメロディーに仕立てた音楽をつけています。

「日本では、戦後70年しか経っていないのに、これだけのインフラをその間に整備してきました。当時はコンピュータやいまのような工作機械もないから、ツルハシでトンネルを掘ったりしていたんです。こうして人々が汗水たらして働いてきた、そのおかげで私たちはいま何不自由なく幸せに暮らせている。そのことを感じてもらうためにこの映像をつくりました」

映像はみんなが万歳しているところで幕を閉じます。もう一方の壁には当時使われていた道具が展示されています。こうして映像と音をシャワーのように浴びながら次の展示室に進みます。

遊びながら、土木の“行為”を体験する。

手前は島の地層を垣間見る、アーティスト康 夏奈さんの「地質山」。

隣の大きな展示室では、 “遊べる”展示が並びます。土木を「積む」「掘る」「溜める」などの“行為”に分けて、アーティストや建築家たちに作品をつくってもらっています。

「土木の専門家でない、土木を知らない人たちに僕が説明して、アーティストや建築家の目線で土木を表現してもらいました」と西村さん。子どもから年配の方まで、楽しく遊びながら土木の面白さが学べる仕掛けです。

たとえばアーティストの康夏奈さんの「地質山」は地球を切りとったような作品です。作者の康さんは「アリが地下に巣をつくるように、生きているものはみんな『土木』している。アリを見るように自分たちを俯瞰して見たらどうなるだろう? と思ってつくりました」と言います。

消波ブロックやコンクリートブロックの役割を楽しげなアニメーションで伝える映像作品、「まもる:キミのためにボクがいる。」
株式会社 感電社と写真家・菊池茂夫さんによる、職人たちの姿を捉えた写真作品「現場で働く人たち」。

ビジュアルデザインスタジオのWOWがつくった「まもる:キミのためにボクがいる。」は、消波ブロックなど普段目にすることはあってもどんな役割を果たしているのかが意外に知られていないものをとりあげ、アニメーションにしています。

壁に貼られている現場の職人たちの写真は「ブルーズ・マガジン」というフリーマガジンに掲載されたもの。「ブルーズ・マガジン」は元パンク・ミュージシャンでいまは建設会社を経営している柳知進さんが発行する「土木建築系綜合カルチャーマガジン」です。作業が終わった後の床を拭いたり、火花を散らして溶接したりと一心不乱に工事に打ち込んでいる彼らの姿には神々しささえ感じます。

「現場で彼らがきちんと作業しているからモノができている、ということを知ってほしい。いい現場は整理整頓が行き届いていて、職人の動きに無駄がありません」と西村さん。

右手奥の壁に貼られているのが土木写真家、西山芳一さんの作品。手前に置かれた立体作品は渋谷駅(2013年)の構内模型。(田村圭介+昭和女子大学環境デザイン学科 田村研究室)

職人たちの写真の反対側の壁に貼られている写真は、土木写真家、西山芳一さんの作品。トンネル、橋、ダムなどの工事現場や産業遺産的な土木の写真が並びます。大きなサイズに引き伸ばされて、かなりの迫力です。

「ここでいろいろと遊んで学んだ土木の行為がこんな結果になるんだ、ということがわかると思います。とくに工事中の光景をこんなにきれいに撮る人はほかにいません」と西村さん。

西山さんは土木を撮り続けて30年。キャンピングカーに改造したワゴンで全国を走り回り、工事中のものも含めて貴重なカットをたくさん撮影してきました。これまで見たことのない、土木の新しい顔を見せてくれる写真家です。

ずらりと並んだカレーのサンプル。映像に出演しているのは日本ダムカレー協会会長の宮島咲さん。
ダムをモチーフとした、オリジナリティあふれる多様なカレーが並んでいます。

最近話題になっている「ダムカレー」を食べたことはありますか? ライスがダム、ルーがダム湖になったカレーライスです。「日本ダムカレー協会」の宮島咲さんが考案し、いまでは全国のダム近くのレストランやカフェでそれぞれのダムを模した「ダムカレー」が提供されるようになりました。会場では宮島さんの映像が流れています。宮島さんによるとダムカレーづくりは“調理”ではなく“施工”と言うのだそう。確かにご飯をダムの形に固めるのには、調理とは異なるコツが要りそうです。ちなみに21_21 DESIGN SIGHTがある東京ミッドタウンでは「土木展」期間中、2つのレストランで「ダムカレー」の特別メニューが味わえます。会場のサンプルで食欲を刺激された人にお勧めです。

震災後のいま、「土木」が伝えるメッセージ。

右手の壁に貼られているのがスイス「ゴッタルドベーストンネルの地質断面図」、左手の壁は「青函トンネルの地質断面図」。ともにアートディレクター、柿木原政広さんによる作品。
カラフルに塗り分けられた「青函トンネルの地質断面図」。

ギャラリー2を出ると、今年6月に開通して世界一長いトンネルになったスイスの「ゴッタルドベーストンネル」と、それまで世界一だった「青函トンネル」の断面図が向かい合うように展示されています。
「ゴッタルドベーストンネル」は山岳トンネルで、最深で地上から2kmの深さを17年かけて掘り進んだものです。「青函トンネル」はご存じの通り海底トンネル。大量出水に悩まされながらも完成し、後の英仏をつなぐドーバー海峡トンネルなどにもその技術が参照されました。

土木設計事務所EAUによる「BLUE WALL 永代橋設計圖(東京大学大学院工学系社会基盤学専攻所蔵)」のクローズアップ。
約100年前に作られた、青焼きの図面が壁一面に並ぶ様子が圧巻。

最後の展示室には関東大震災の復興事業でつくられた永代橋の図面が貼られています。「BLUE WALL」というタイトルになっているのは、図面が「青焼き」でつくられているから。使っている薬品の作用で青くなるこの複写方法は、比較的最近まで使われていましたが、手描きの図面はいまではずいぶん少なくなっているはずです。この永代橋の図面は約100年前のものなので、もちろん手描きです。細部までていねいに表現された図面からは、震災から1日でも早く立ち直ろうという気迫が伝わってきます。

最後に展示されている、GS デザイン会議と映像作家の岩本健太氏による「GS 三陸視察 2015 映像記録作品『GROUNDSCAPE』」。
東日本大震災の復興現場などの視察と、GSデザイン会議メンバーのインタビューで構成。

その隣にあるモニタで流れる「GS三陸視察2015 映像記録作品『GROUNDSCAPE』」は、関東大震災から88年後に起きた東日本大震災で、甚大な被害を受けた三陸地方で昨年撮影された映像です。現在この地方では津波の被害を防ぐため、高さ10mにもなる防潮堤の建設や住宅地のかさ上げなどが進められています。登場するのはこの展覧会の監修もしている建築家の内藤廣さんと、東京大学で土木の景観について研究してきた篠原修さんが代表を務める「GSデザイン会議」のメンバーを始めとする人々。「GSデザイン会議」とは「GS」(グラウンドスケープ)をキーワードに、土木を含む総合的な空間デザインを考える団体です。

「僕はこの映像を“土木の敗北宣言”と言っているんです」と西村さんが厳しい一言を発しました。
「戦後の日本は一刻も早い復興をめざして早く、大量に造ることだけを考えていました。それが30年ほど前になってようやく自然に敬意を払い、景観を大切にしようという気運が生まれてきたところなのに、東日本大震災の復興現場では景観などは二の次、早く、大量に、という論理が復活してしまった。インタビュー部分をよく見てもらうと、それに対する“あきらめ感”が漂っているのがわかると思います。この映像を残すことでこれでいいのか、という問いを残しておきたい」

この展示には文明がほんとうに幸せをもたらすのか、幸せとは何かという問いも込められています。

「来場した一人ひとりが、自分自身で、そのメッセージを考えて欲しい」と西村さん。

「スマホや車の自動運転で便利にはなるけれど、その一方で人間らしい会話や危険を察知する本能が衰えてしまうかもしれない。便利さにスポイルされる危うさもあると思います。また一つ前の時代には国を豊かにするため、個人や家族は二の次で働いてきました。成熟期に入ったいま、自分や家族のために働く、自分のやりたいことをやることが結果的に国のためになるのでは」

この展覧会ではディレクターや出展者から何かを学ぶのではなく、作品を通じて、来場者自身がこの社会のことを自ら考えてほしい、と西村さんは言います。西村さんは土木・建築の設計だけでなく、地方のコミュニティの再生といった仕事も手がけています。そのときに大切なのは、地域の人々に「自分がやった」と思ってもらうことだそう。当事者意識を持つことで、その後の運営や活動もスムーズに進むのだそうです。土木もそれと同じこと。「他人事ではなく自分事として考える」、これが西村さんのメッセージなのです。(青野尚子)

土木展

21_21 DESIGN SIGHT(東京ミッドタウン・ガーデン内)

住所:東京都港区赤坂9-7-6 
会期:2016年6月24日(金)~9月25日(日)
休館日:火(8月23日は特別開館)
開館時間:10時~19時(入場は18時30分まで)
※8月23日は10時~17時(入場は16時30分まで)
入場料:一般¥1,100、大学生¥800、高校生¥500、中学生以下無料
TEL:03-3475-2121
http://www.2121designsight.jp