建築家、田根剛が見つけたほんとうのゲーリーの姿。

  • 写真:江森康之
  • 文:青野尚子

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週末の展覧会ノート13:「21_21 DESIGN SIGHT」で開催中の「建築家 フランク・ゲーリー展 “I Have an Idea”」。展覧会のディレクターを務めた建築家、田根 剛さんのナビゲートでご紹介します。

21_21 DESIGN SIGHTで開かれている「建築家 フランク・ゲーリー展 “I Have an Idea”」は日本の展示施設で初の大規模なゲーリー展。しかも建築作品だけでなく、一人の人間としてのゲーリーにスポットをあてた、意欲的な展覧会です。ディレクターを務めたのは「エストニア国立博物館」などで注目の建築家、田根剛。ゲーリーの人となりに肉薄する企画展を田根さんに案内してもらいました。

世界的な建築家の“仕事”をひも解く。

会場の21_21 DESIGN SIGHT。外からも「ルイ・ヴィトン財団」の模型が見え、誘われるような気持ちに。
「ルイ・ヴィトン財団」模型。背後のショップでは模型を運ぶクレート(木箱)をディスプレイ台にしている。
代表作をプロジェクタ―で壁面に映したコーナー。

展覧会はゲーリー建築を体感できるコーナーから始まります。1階には最新の美術館建築「ルイ・ヴィトン財団」の大きな模型が。地下に下りると「ルイ・ヴィトン財団」「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」「ウォルト・ディズニー・コンサートホール」の3つの代表作の映像が壁にプロジェクションされています。この中で田根さんが一番思い入れがあるのはやはり、最初に見たゲーリー建築である「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」とのこと。

「ひとつの建物ではなく都市がつくられていて、街の中を散策しているような感じになれる建築です。ほかの2つももちろんすごい建築なのですが、どこかで実現性が担保された感じがありますが、『ビルバオ・グッゲンハイム美術館』ではわかっていないけれどやらないといけない状態だった。その狂気のようなものも含めて、整理されていないエネルギーの塊を感じます」

「マニフェスト」を読み上げるゲーリーの映像。「まずアイデアが浮かぶ。しょうもないけど気に入る」が、「今までに見たことがないものだ。だから誰も気に入らない」。そのあともアイデアを盗まれそうになったり嫉妬されたりと苦労が続く。でも「俺がやりたいのは、新しいアイデアを生むことだけ」
本やユニフォームなど、ゲーリーのインスピレーション源になるさまざまなものが並ぶ。
建築と彫刻の間のような“アイデアの原石”。

その次の展示室は「ゲーリー・ルーム」と名付けられています。ゲーリー自身が読み上げる「マニフェスト」、彼が拾ったりもらったりしたもの、建築の原石か彫刻のようなオブジェなど、さまざまなものが並びます。

「建築だけ見ていると超人的な巨匠ですが、それだけではなくて、一人の人間としてのゲーリーの人物像を見てほしいと思いました」
壁にはゲーリーの言葉がプリントされています。その中には京都の龍安寺に言及したものも。壁面にはシェークスピアや円地文子の本も並んでいます。

「ゲーリーには古典への深い敬意があります。日本の古建築だけでなく、ギリシャ・ローマ時代のものや中世の建築からも影響を受けている。ゲーリーは雅楽を習っていたことがあるのですが、西洋音楽では始まりと終わりをきっちりと決めているのに対し、雅楽は生命が生まれ、消えていくサイクルの世界観のようなところがあって、始まりと終わりがはっきりとしていない。また風の音や葉のすれる音など自然の音も取り込む前提になっていて、本来なら屋外で演奏されるものなのです。ゲーリーはそういった、東洋的な思想まで包括して建築を考えている」
いかにも時代の最先端を行く建築を生み出しているゲーリーですが、その奥には先達への真摯なリスペクトがあるのです。

田根さんはゲーリーに招かれて、自邸も訪れています。
「ゲーリーのほかの建築もそうですが、包み込まれるような居心地のいい建築なんです。訪れた人を安心させてくれる、温かみのある人間らしい空間です。その意味でこの『ゲーリー自邸』にはゲーリー建築のすべてがあると思い、今回特別に模型をつくりました」

「ゲーリー自邸」。ゲーリー事務所には模型がなく、田根さんの事務所、DGT. (ドレル・ゴットメ・タネ・アーキテクツ)で制作した。
模型を前に話しこむ、田根剛さん(右)と青野尚子さん(左)

多彩な模型を並べ、創作のプロセスをあらわにする。

大量の模型が並ぶゲーリー事務所の写真。
田根さんが考えたゲーリーの「アイデアグラム」。
「UTS(シドニー工科大学) ドクター・チャウ・チャク・ウィング棟」の最終に近い模型。

隣の大きな展示室にはゲーリー事務所の写真が飾られています。ゲーリーは出社すると、この写真が撮られた位置(吹き抜けの一つ上のフロア)からオフィスを見渡します。こうすると複数のプロジェクトで何が起きているのかすぐに把握できる。雑然と見えますが、とても合理的に考えられています。

もうひとつの壁には田根さんが考えた「アイデアグラム」が。ゲーリーの頭の中を田根さんなりに整理してみたものです。建築、人、技術の3つの要素からさまざまなものが枝分かれしていきます。

「ゲーリーはどの要素にも妥協しないんです。また彼は自作を『ビルディング』、建物とはいうけれど、『アーキテクチャー』、建築とは呼びません。ゲーリーは『何が建築であるかは歴史家など、アカデミックな立場のひとが決めることであって、自分は偉大な建築家たちからインスピレーションを得ているが、依頼された建物をつくっているだけだ』と言っていました」

スケッチや模型でアイデアが形になるプロセスをたどる。
ディスプレイ台にもゲーリーの言葉が。「完成するとひどいものだが、建設中の姿はすばらしい」。彼は決して満足することはないようだ。
ハリケーン・カトリーナの被災者救済プロジェクト「メイク・イット・ライト」の模型。2つの住宅の水まわりを近づけて配管を共有し、コストを削減。1階はピロティにして、水害にも強い。

展示台にはゲーリーのもやもやしたアイデアが最終的な建物になるまでの試行錯誤のあとが並んでいます。
「模型も面白いのですが、独特なタッチのスケッチにも注目してください。エネルギーの動きを表現しているような感じです。ゲーリーはこうしてスケッチを描いては模型をつくり、またスケッチを描いて……、と膨大なスケッチと模型をつくります。しかもその一つひとつに力が入っている。巨匠なのに創作のエネルギーが枯れていないことには本当に驚かされます」

特異な建築の背後にある、“光”とテクノロジー。

メインギャラリーで。奥の壁に展示されているのは、3色の発色チタンのパネル。
ゲーリー・テクノロジーの映像。

ゲーリー建築の最大の魅力のひとつは光だ、と田根さんは言います。

「外壁を踊るような光や、内部で天窓から落ちてくる誘うような光など、あまり言及されないけれどゲーリー建築はほかにはない、新しい光の扱い方をしていると思います。ゲーリー自身も相当、光について考えているはずです。教会のステンドグラスから入ってくる光やロマネスク建築の光など、宗教建築での光を現代的に表現している」

壁にはそのことを示す写真や資料が並びます。「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」の魚の鱗が輝くような外壁はそのひとつ。発色チタンのパネルは日本の企業が開発し、「マルケス・デ・リスカル」の外壁に使われたもの。ちょっと見る角度を変えるとピンクからゴールドへ、というようにまったく違う色に見えます。

「1日の太陽の動きによっても劇的に変わる。質感が変化して、存在がうつろうのです。陰影とはまた違う、現代建築における独自の光だと思います」

この展示室の奥で上映されているビデオはぜひ見てほしいもののひとつ。ゲーリーが開発したゲーリー・テクノロジーを紹介する16分ほどの映像です。ゲーリー・テクノロジーズ社では設計の初期段階から3次元によるデータを世界中に散らばるスタッフで共有し、効率的に設計・施工を進められるような技術開発を行っています。

「アメリカでは業者間の問題や発注ミスで施工費の約3〜4割が無駄になっていると言われています。このビデオではゲーリー・テクノロジーが部材の発注ミスをなくす、渋滞を避けて物流にかかる時間を短縮するなど、無駄を極力なくす工夫によって、ゲーリーがデザインする不規則な形の建物でも、箱のようなシンプルなビルと同じぐらいのコストで完成させられることを解説しています」

ゲーリーの“秘密”のひとつ、工場や倉庫の写真。
ゲーリーは魚をモチーフにした照明器具もつくっている。
鯉を描いた広重の浮世絵も展示している。

最後の部屋には「ゲーリーのシークレット」が隠されています。ひとつは魚のスケッチやオブジェ、もうひとつはゲーリーが1970年代に撮影した工場や倉庫の写真です。

「魚の形を参照することで建築に生命感やダイナミズムを取り戻すのが目的のひとつではないかと思います。彼は、魚の頭や尾を切り落としても動的な効果を失わない、と言ったことがあります。またゲーリーは言葉にはしないけれど、小さなパネルを組み合わせて魚の鱗状にすることで複雑な形体もローコストでつくることができるというのも、彼が魚を愛する理由のひとつではないでしょうか」

工場や倉庫についてもゲーリーが語ることはありませんが、生産性・合理性を極限まで追求した結果、不思議な形になる。そこに惹かれているのでは、と田根さんは言います。

展覧会ディレクターを務めた田根さん。

ゲーリーは内装に木やカーペットを使うことがあります。木は触り心地がよく、カーペットは音を吸収して静かで落ち着いた空間を生み出してくれます。廊下の天井につけた蛍光灯をわざとジグザグにすることで、来た人の気持ちが浮き立つような仕掛けも。

「ゲーリーはそういった細かいことまで考えて建築をつくっている。今回の展覧会のためにゲーリー建築を見てきて、そんなことがわかってきました。近代建築は工業化されすぎていて冷たいものになってしまい、人間性を見失っている。ゲーリーの建物はその状況に対して大切なことを忘れないでほしい、と訴えているのです」

奇抜な外観に目を奪われて、ゲーリーは変わった建物をつくる変な建築家だと考えてしまいがちですが、本当は使う人がいかに心地よく過ごすことができるか、ローコストでつくれるか、さらにはメンテナンスの手間まで考えて建物をつくっているのです。展示を通して見えてくるのは、そんな“知られざるゲーリー”の姿なのです。(青野尚子)

田根剛(建築家)
1979年生まれ。2006年、DGT.(ドレル・ゴットメ・タネ・アーキテクツ)を設立。現在「エストニア国立博物館」などのプロジェクトが進行中。新国立競技場基本構想国際デザイン競技では「古墳スタジアム」が最終審査に残り、注目を集めた。


建築家 フランク・ゲーリー展 “I Have an Idea”
21_21 DESIGN SIGHT
住所:東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン・ガーデン内
会期:2015年10月16日(金)~2016年2月7日(日)
休館日:火曜、年末年始(12月27日~1月3日)
開館時間:10時~19時(入場は18時30分まで)
入場料:一般¥1,100
TEL:03-3475-2121
www.2121designsight.jp


建築家、田根剛が見つけたほんとうのゲーリーの姿。

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