“よいデザイン”は社会を変える! 「グッドデザイン賞」受賞作が並ぶ、「GOOD DESIGN EXHIBITION 2015」に注目しましょう。

  • 写真:江森康之
  • 文:小川 彩
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創設59周年を迎えたおなじみ「グッドデザイン賞」。東京ミッドタウンでの受賞展を前に、新たに審査委員長となった永井一史さん、審査副委員長となった柴田文江さんにお話を聞きました。

デザインは、業界の中だけではなく社会全体と関わっていることを意識する時代と語るお二人の会話からは、グッドデザイン賞がより開かれた場となる可能性を感じました。

今年で59回目を迎える「グッドデザイン賞」は、私たちの暮らしと社会を豊かにする「よいデザイン」を顕彰し、社会に発信する取り組みです。2015年はこの10年で最多の3658件の応募があり、うち1337件が受賞しました。この受賞デザインの展示「グッドデザインエキシビション2015(G展)」が、間もなく東京ミッドタウンで開催されます。

今年から審査委員長となった永井一史さんと副委員長の柴田文江さんは、ここ数年グッドデザイン賞が評価する領域が「もの」から「こと・仕組み」へと顕著に広がってきたと言います。グッドデザイン賞が評価する対象は、どのように変わってきたのでしょうか? G展開催を前に、知られざる審査の過程や60周年に向けた新たな取り組みについて、お二人に話を聞きました。

社会へのメッセージをもった「もの」や「こと」こそ、未来のデザイン。

アートディレクター・クリエイティブディレクターとして活躍する審査委員長の永井一史さん。2004年から審査委員としてグッドデザイン賞に関わってきました。

永井一史さんがはじめてグッドデザイン賞の審査委員になったのは11年前。ちょうどNHKの教育番組『にほんごであそぼ』がグッドデザイン大賞を受賞し、話題になった年でした。「それまでは、たとえば自動車や家電製品など“もの”の審美性や造形がもたらす未来のかたちが評価対象の中心でした。ところが社会や産業構造が変化して“もの”の分野にデザインが行き渡ると、ソフトやサービスという“こと”や“仕組み”にデザイン領域が拡大していきました。11年前の大賞は、そのことを象徴する出来事だったように思います」と永井さんは振り返ります。

特に「仕組み」に関しては、3年前に審査委員長だったプロダクトデザイナー、深澤直人さんが「ものの背景にある大きな仕組みに目配りをしながら審査をしていこう」と呼びかけたこともあり、審査委員の意識が明確になってきたそうです。

9月29日に行われたグッドデザイン賞とベスト100の記者発表会場。永井さんによると「デザイナー以外の方が携わっているプロジェクトのエントリーも目立った」そうです。

デザインの領域が多様化する中で、永井さんは審査委員長になりました。アートディレクターである自分は“アウトサイダー”だと思っていたという永井さんですが、審査副委員長になった柴田文江さんは、長年ソーシャルデザインやコミュニケーションデザインに関わってきた永井さんが委員長になったのは時代の必然、と感じたそうです。「永井さんはある意味、進化や変化するスピードが早い領域を扱い、プロダクトデザイナーである私は、いわゆるもののデザインの領域を扱ってきました。グッドデザイン賞が昔から評価してきた中心と、領域が拡大してきた周縁という対極をそれぞれが得意とする。そういう意味ではいまの時代を反映した“審査ユニット”かもしれません」と柴田さんは笑います。

変化の激しい時代において、よいデザインを評価していくために必要なのは多様性の認識とバランス感覚。永井さんと柴田さんが共通して感じていることなのです。

1,000点以上のグッドデザインが集合! 10月30日(金)から11月4日(水)まで、グッドデザインエキシビション2015(G展)が東京ミッドタウン内複数の会場で開催されます。
この赤いポスターとGマークをチェック! ミッドタウンではベスト100の特別展示のほか、受賞作品を購入できるスペシャルショップもオープンします。

委員長になった永井さんがまず取り組んだのは、将来デザインが必要だと考えられる社会的な領域を明確にすることでした。新たに“地域社会・ローカリティ、社会基盤・モビリティ、地球環境・エネルギー”など、未来をつくるデザインが取組むべきテーマを12点挙げて「フォーカス・イシュー」と題し、応募デザイナーや審査委員が共有できるようにしたのです。

この10月30日から東京ミッドタウンで開催されるG展でも、このフォーカス・イシューという新しい取り組みを来場者に知ってもらう機会にしようと企画しています。1000点以上もの受賞デザインがさまざまな形で展示・紹介される中で、これからのデザインが未来をどのようにつくっていこうとしているのかを感じてもらおうと、12のイシューについて審査委員が提言をまとめ、ハンドブックとしてミッドタウン会場内で無料配布することになりました。私たちが実際にグッドデザイン賞に触れるまたとない機会。デザインが未来に向けて発信するメッセージが込められた1冊から、これからの社会がどんなふうに変わっていくかが見えてくるかもしれません。

2015年のベスト100から見えてくるものとは?

グッドデザイン・ベスト100選出の「成田国際空港第3旅客ターミナル」。公共用建築や店舗などもデザイン性だけでなく、社会とのつながりや取り組みを設計に取り入れている点が評価対象に。
同じくベスト100選出製品のひとつ、将来有力な水素をエネルギー源として利用した燃料電池自動車、トヨタ自動車の「ミライ」。

今年のグッドデザイン賞を受賞した1337件から選ばれた「ベスト100」には、自動車、カメラやタブレット端末などの家電製品、そして時計などの精密機械といった、連綿と続くインダストリアルプロダクトが存在する一方、社会問題を解決したり地域社会でコミュニケーションを促進するなど、よりよい社会を形成する仕組みやプロジェクトが引き続き評価されました。

たとえば、スモールビジネスや個人の取り組みに対してウェブサイトを通じて資金調達をサポートし、認知度を高める仕組みのクラウドファンディング「Motion Gallery」や、過疎化で消滅の危機にある寒村の古民家を活用して、人が集まる状況をつくる秋田の「シェアビレッジ」など、イノベーションを起こす人を応援する仕組みや、コミュニティの人間関係を円滑にするような場づくりや地域資源を再編集するプロジェクトのエントリーが印象に残ります。

1980年にスタートした「グッドデザイン・ロングライフデザイン賞」受賞製品のひとつ「ニベアクリーム」。10年以上生産と販売が続けられ、生活にとけ込んだものも評価の対象に。
同じくロングライフデザイン賞の無印良品の家「木の家」。生活の変化に応じて間取りを変えられる構造と考え方が、2004年の発表以来支持されてきました。

グッドデザイン賞はベスト100以外にも、ベスト100から選ばれる金賞や大賞などの特別賞、ロングライフデザイン賞、ジャパニーズファニチャーセレクション、そしてアジアンデザインなど特定のテーマにもとづいて評価する枠組みがいくつかあります。東北・茨城のグッドデザインというジャンルも、復興支援の取り組みを評価するために東日本大震災以降に創設されました。

実際に社会の変化とともに、時代に応じて求められるデザインの新たな役割を顕彰する特別賞をグッドデザイン賞では設けてきました。たとえば1990年代のバブル経済崩壊など価値観が大きく変化した時代は、エコロジー・ユニバーサル・インタラクティブデザインを、2000年代はサステナブルデザインを顕彰する特別賞が創設されています。

今年は、特別賞として中小企業の意欲的な取り組みに対する「グッドデザイン・ものづくりデザイン賞」、地域活性化を目指す総合的な取り組みに対する「グッドデザイン・地域づくりデザイン賞」、そして来るべき社会の礎を築くデザインに対する「グッドデザイン・未来づくりデザイン賞」が大賞と金賞とともに決定される予定です。いまの時代を映す地域づくりやものづくりとデザインの関係が、どのように評価されるか注目したいところです。

「工業デザインが、大量生産から、仕組みやデザインでセグメントしてきめ細やかなニーズに応えられる時代になってきたことを、ベスト100から感じます」と柴田さん。

今年の受賞デザインの審査を終えて、永井さんと柴田さんはどのような感想をもったのでしょう。柴田さんはまず「漠然としたターゲットに向けたのではなく、本当の意味で社会を構成するひとりひとりに届けようとする“もの”や“こと”が増えた」と感じたそうです。「昔は社会とは世間という、個が関わっていないものという認識だったように思います。それがいま“ソーシャル”という言葉で表現されるようになり、一気に個人がそこに関わっている、参加しているニュアンスをもつようになりました。個人が社会と関わりあって存在することが求められる中、デザインも必然的に社会を構成しているひとりひとりに対してメッセージをもち、提案をしているものが増えたのです。実際にベスト100を見てみると、商品というよりも、生活者にとってこれが有益かどうかを真剣に考えていることを感じます」

永井さんは、従来はエポックメイキングなプロダクトから影響を受けて多くのデザインが生まれ、それらが生活をドライブしていくスタイルが多かったけれども、むしろていねいにつくられていたり、よく練られたストーリーをもったりする身近なデザインが時代の過渡期であるいま必要とされている、という感想をもったそうです。

では、これらのグッドデザインは、実際にどのように決定されているのでしょうか?

知られざる、審査会場の景色とは?

二次審査は東京・有明のビッグサイト内で行われる。3000点以上もの応募デザインが並ぶ風景は圧巻。
二次審査は応募者からのプレゼンテーション、ユニットごとの評価説明のプレゼンテーションなど、3日間にも及ぶ。

「実は体力と気力勝負!」と永井さんと柴田さんが口を揃える審査は、毎年6月から10月までに及びます。応募書類をもとに一次審査を行い、現物を見ながらの二次審査へと進み、グッドデザインとベスト100を選ぶという段階を経るのが特徴で、G展の最終日に大賞などを発表しています。

二次審査会場は国際見本市などが開催される東京・有明の東京ビッグサイトの巨大なホール。グッドデザイン賞に選ばれるデザインが1000以上もあるということは、実際に審査する点数はそれ以上。応募デザインがずらりと並べられた様子は壮観です。約3日間にわたって審査委員全員が一堂に集まり、キッチン用品・家電、モビリティ、住宅・住宅工法、業務用ソフトウエア・システム・サービス・取り組みなど、「ユニット」と呼ばれる15のカテゴリーに分かれて、審査ユニット長の下で審査を進める様子はまるで合宿のようです。

家具・住宅設備の審査ユニット長のインテリア・デザイナー、五十嵐久枝さんによる評価説明を真剣な眼差しで見つめる審査委員のみなさん。
プロダクトデザイナーの倉本仁さん(左)、安西葉子さん(中)、柳原照弘(右)さんは審査委員として今年初参加。幅広い専門分野、年齢層の審査員がグッドデザインには関わっています。

ユニットごとの検証に続き、応募者からのプレゼンテーションや製品などの説明を受けた後、最終日にユニット長がほかの審査委員に向けて、各デザインの説明を行います。応募者とのコミュニケーションや、ユニット長の説明を聞く対話形式のプロセスがていねいに取られていることも、グッドデザイン賞審査の特徴かもしれません。その上で各自がインプットした情報からグッドデザイン賞やベスト100を精査するのですが、それでも毎年「もっと時間がほしい!」という声が上がるそうです。

立ち詰めの作業はかなりのハードワークで、柴田さんは、初めて審査委員になった人に必ず「二次審査の会場にはスニーカーとか歩きやすい靴で来て」とアドバイスするそうです。永井さんは「疲労困憊するものの、普段コミュニケーションを取る機会の少ない分野のプロフェッショナルと真剣にやり取りするのはとても有意義だと、自分も含めて多くの審査委員が感じています」と言います。



「デザインは、業界の中だけではなく社会全体と関わっていることを意識する時代」と語るお二人の会話から、グッドデザイン賞がより開かれた場となる可能性を感じました。

来年60周年を迎えるにあたり、グッドデザイン賞は交流拠点として「グッドデザイン丸の内」をオープンし、新しい一歩を踏み出します。既存のデザインにグッドデザイン賞を授与する従来の役割に加えて、デザイナー、受賞者、また企業や教育機関の間でトークイベント、ワークショップ、そして交流事業を開催することで、よいデザインを社会に浸透させ、そこから次の新しいデザインが生まれるような可能性を秘めた場にしたい、と永井さんは話します。

「デザインは常に新しい暮らしや取り組みと変化する社会の接点に存在します。デザインの領域が社会全般をカバーするくらい広がっているということは、グッドデザイン賞自体がこれからの社会の変化を予想させるものでもあると思うのです」と言う永井さん。“グッドデザインはこれからの社会が進んで行く見取り図”と表現するように、未来の社会を豊かにするデザインのプラットフォームとして、これからのグッドデザイン賞はよりオープンに、より私たちに働きかける場としての役割を拡張していくでしょう。(小川 彩)




GOOD DESIGN EXHIBITION 2015(G展)

会場:東京ミッドタウン内複数会場
住所:東京都港区赤坂9-7-1
会期:10月30日(金)〜11月4日(水)
開場時間:11時~20時 ※初日は13時より。最終日は17時30分まで。
料金:¥1,000(一部入場料が不要なエリアあり)
www.meeting.g-mark.org