
右上:「RM 43-01 トゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフ フェラーリ」フェラーリチームとの2年以上の協業で性能と耐久性を両立。 右下:「RM 65-01オートマティック スプリットセコンドクロノグラフ」高機能クロノグラフで3万6000振動のハイビートを実現する。 左下:「RM 16-02 オートマティック エクストラフラット」レクタンギュラーデザインはブルータリズムの影響を受け、機能もミニマルに研ぎ澄ませる。
連載「腕時計のDNA」Vol.20
各ブランドから日々発表される新作腕時計。この連載では、時計ジャーナリストの柴田充が注目の新作に加え、その系譜に連なる定番モデルや、一見無関係な通好みのモデルを3本紹介する。その3本を並べて見ることで、新作時計や時計ブランドのDNAが見えてくるはずだ。
スイスの時計ブランドには、創業者である時計師やデザイナーなど人名に由来するネーミングが少なくない。そのなかでもリシャール・ミルは特異といえるだろう。なにしろ本人は、時計師でもデザイナーでもない、ウォッチコンセプターだからだ。その先駆ではウブロをはじめ、LVMHグループ傘下のブランドで辣腕を振るったジャン-クロード・ビバーが知られるが、彼が自身のブランドを立ち上げたのは2022年であり、リシャール・ミルが先んじて道を拓いたといえるだろう。
まさに従来のスイス時計業界の規格外であり、そのヒエラルキーから外れているからこそ、2001年の創設からわずか四半世紀で高級時計のトップに登り詰めたのである。しかしブランドにとって高級の定義は、けっして価格や工芸的な希少性だけではない。それは技術への飽くなきチャレンジと完璧を目指す情熱であり、ラグジュアリーを唯一無二の価値とするならば、リシャール・ミルこそ真のラグジュアリーウォッチといえるだろう。手に入れることはもちろん、実物を目にすることすら難しい。しかしそのダイナミズムとロマンチシズムは時計愛好家を魅了して止まないのである。
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新作「RM 43-01 トゥールビヨン スプリットセコンドクロノグラフ フェラーリ」

フェラーリとの待望のコラボレーション第2弾
リシャール・ミルは、自身のブランドをどの時計ブランドとも競合せず、もし競合するなら、それは時計ではなく、フェラーリやランボルギーニではないかと語っている。そのフェラーリとパートナーシップを組んだのが2021年。翌年コラボレーションモデルの第1弾として「RM UP-01」を発表した。厚さわずか1.75㎜という、カードを思わせるような極薄時計だ。
センセーショナルなデビューから3年、新作の「RM 43-01」は、前作とは打って変わって、アイコニックなトノーケースにトゥールビヨン・スプリットセコンドクロノグラフを搭載する。実は前作「RM UP-01」は、開発は先行し、完成がパートナーシップ締結のタイミングと合ったことからコラボモデルとして採用されたという。つまりフェラーリとの実質的な協業では今回が初ということだ。
搭載するムーブメントは、オーデマ ピゲ・ル・ロックル(APLL)と3年の開発期間をかけ、上部左右にパワーリザーブとトルクのインジケーター、中央右にファンクションインジケーターを設ける。12秒インデックスを5つのブレードに刻んだユニークなトゥールビヨンキャリッジは、一般的な6時位置ではなく、やや右側にオフセットされている。これはその左に跳ね馬のロゴを刻印したフェラーリ499Pのリアウィングを模したチタンプレートを収めるため。さらにムーブメントを止めるスプラインネジもこれまでのデザインではなく、六角ソケットヘッドが採用され、フェラーリのエンジンカバーを思わせるのだ。
ケースには、チタンとカーボンTPTの2種類を設定し、それぞれの特性に応じて地板の仕様やネジ数も変えるなど機能追求を徹底する。そのこだわりはまさにレーシングマシンそのものだ。
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定番「RM 65-01オートマティック スプリットセコンドクロノグラフ」

RM 65-01 オートマティック スプリットセコンドクロノグラフ/ケースサイドには計4つのプッシュを配置し、高機能を印象づける。自動巻き、カーボンTPTケース、ケースサイズ44.5×49.94㎜、パワーリザーブ約60時間、シースルーバック、ラバーストラップ、50m防水。317,000 CHF(参考価格¥54,524,000 ※1CHF=172円計算)
ブランド初の自動巻きスプリットセコンド
腕時計のF1とも称えられるリシャール・ミルにとって、モータースポーツに代表される高速計測を担うクロノグラフはブランドを象徴する機構である。その頂点ともいえるスプリットセコンドクロノグラフを搭載したモデルが、2020年に登場した「RM 65-01 オートマティック スプリットセコンドクロノグラフ」だ。
ムーブメントの開発製造で名高いヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエとの協業で製作した「Cal.RMAC4」は、3万6000振動のハイビートに加え、約60時間のロングパワーリザーブを備える。スプリットセコンドクロノグラフは創業翌年の2002年に発表しているが、自動巻きではこれがブランド初であり、それだけに完成まで5年をかけたという。
コラムホイールと垂直クラッチによる、心地よい操作性と針飛びを抑えた高精度と信頼性に加え、ブランドの革新性の証しとなるのが特許取得の高速巻き上げ機構だ。これは、8時位置に備えたプッシュボタンを125回プッシュすることでゼンマイをフルに巻き上げた状態になる。もちろんリューズや回転式ローターでの巻き上げが主であることはいうまでもないが、時計停止時の急速巻き上げには実用的であり、なによりもプッシュで時計にパワーを吹き込むというユニークな遊び心も味わえる。
目を引くのは文字盤やリューズを彩る多彩なカラーだ。それは美観だけでなく、時刻の計時はイエロー、日付はグリーン、クロノグラフの積算はオレンジとスプリットセコンド針にブルー、巻き上げはレッドといったように、機能別に色を割り当て直感的に操作するためのカラーリングである。そしてそれはボタンやスイッチ類が色分けされたF1マシンのステアリングを彷彿とさせるのだ。まさに腕時計のF1にふさわしいデザインだ。
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通好み「RM 16-02 オートマティック エクストラフラット」

RM 16-02 オートマティック エクストラフラット/レクタンギュラーケースに、グリッド状のスケルトンダイヤルが調和する。自動巻き、テラコッタクオーツTPTケース、ケースサイズ36×45.64㎜、パワーリザーブ約50時間、シースルーバック、ラバーストラップ、50m防水。140,000 CHF(参考価格¥24,080,000 ※1CHF=172円計算)
ブルータリズムから生まれたレクタンギュラー
2007年に登場した「RM016」は、トノーケースを中心にしたラインナップでは初のレクタンギュラーケースを採用し、その厚みもボリューム感のある他のモデルに対し、約8.25㎜に抑えたエクストラフラットを特徴にする。リシャール・ミルの中でもユニークかつ、心地よいフィット感はいまも高く支持されている。「RM 16-02 オートマティック」はこれを再解釈した。
ラグレスによる角形を強調したフォルムはそのままに、前作では下方に向けた上下端のカーブを抑えて直線基調をより演出する。サイズは前作よりも10%小さくなっている。
特に目を引くのが、グリッド状にスケルトナイズされた文字盤だ。大小の67個の矩形からなり、本来歯車など円形を中心にしたパーツで構成されるムーブメントに新鮮さを与える。この上に幾何学パターンの白いラインと数字の一部を繋げることで、1から12のインデックスが浮かび上がるという絶妙なデザインワークだ。一方、前作で7時位置に搭載した立て組みの日付カレンダーは省かれ、よりシンプルに演出する。
搭載する「Cal.CRMA9」は15作目になるインハウスのチタン製ムーブメントで、プラチナ製の新しいシルエットのローターを備える。ケース素材には、テラコッタクオーツTPTを採用し、これは直径45ミクロンのシリカ糸にカラーマトリックスを含浸させ、層間を45度の角度で積層し、6バールの圧力で120℃に加熱する。完成したケースは、落ち着いたブラウンカラーに固有のパターンが浮かび、軽量かつ高い耐水性や耐腐食性を備える。
強い個性を発するブランドのタイムピースの中でも、ブルータリズム建築からの着想というレクタンギュラーケースに、機能もミニマルな2針にそぎ落とした異色の存在だ。しかしそこにもひと目でリシャール・ミルとわかる存在感が漂うのである。
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次世代にバトンを渡し、さらなる成長と進化へ
リシャール・ミルは、共同設立者ドミニク・ゲナのモントレ・ヴァルジンを製造拠点に、2001年に同社と設立した自社ファクトリー、オロメトリーで設計開発、組み立て、修理を担う。さらに2013年には特殊素材のケースやムーブメントパーツを製作するプロアート・プロトタイプスを立ち上げた。こうしたマニュファクチュール体制を築くとともに、オーデマ ピゲ・ル・ロックルやヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエ、ソプロードといったスイス時計界屈指のサプライヤーと連携し、独自のウォッチメイキングを極める。
ブランドとしては、創業者リシャール・ミルから息子アレクサンダー・ミルを筆頭にしたファミリーやドミニク・ゲナに経営体制を移行しつつある。こうした世代交代によって変化する時代のスピードに対応するとともに、未来に向けてブランド哲学や独自性をより永続的に構築する。新たな独立系のファミリービジネスとして強固に成長と進化を続けるのである。

柴田 充(時計ジャーナリスト)
1962年、東京都生まれ。自動車メーカー広告制作会社でコピーライターを経て、フリーランスに。時計、ファッション、クルマ、デザインなどのジャンルを中心に、現在は広告制作や編集ほか、時計専門誌やメンズライフスタイル誌、デジタルマガジンなどで執筆中。