自然派ワインやクラフトビールを、人気店に供給する街の酒屋「神田キャリカーズトーキョー」

  • 文:森一起

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鎌倉由比ヶ浜の鈴木屋酒店、横浜吉田町の鯖寅酒飯、神宮前のウィルトスや、恵比寿のトロワザムール、中目黒のHIBANAとTHE WINE STORE。都市の飲食を支えてきたのは、名だたるシェフやソムリエたちだけではない。そこに上質な自然派ワインやクラフトビールを運ぶ、新しい時代の酒屋の存在が静かで感動的な物語を紡ぎ出している。

いずれ劣らぬ個性を持つ酒屋の世界に、思い切りファンキーでポップな新星が現れた。神田駅東口から徒歩2分の「Caliquors Tokyo(キャリカーズトーキョー)」だ。

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見た目はごく普通の街の酒屋、しかし、意外と奥行きは深く、置かれている酒のバラエティに驚く。

扱うものは、自然派ワインとクラフトビールと日本酒。日本酒は、燗上がり、つまりお燗にしておいしくなるものだけを扱う。これまで、この3つを隔たりなく網羅する酒屋はまず見つからなかった。しかも、銘柄は店主が偏愛するものばかり。そう聞くと頑固親父を想像してしまうが、店主は極めて気さくでキャッチーだ。

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自然派ワインやクラフトビールなどに興味がある女性スタッフの存在も、店に明るい句読点を打っている。

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ずらりと並ぶクラフトビールコーナーの充実ぶりは、さすがに元専門誌の編集長だったことを伺わせる。味の説明は、どれも詳しく紹介してくれる。

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日本初めてのクラフトビールの専門誌として、今では10000部以上も発行されているトランスポーター・ビア・マガジン。

店主の白石(達磨)くんは、2013年に誕生した日本初のクラフトビールの専門誌「TRANSPORTER BEER MAGAZINE」の初代編集長として、日本のクラフトビール界を牽引してきた人物だ。雑誌を年4回発行にし、発行部数も7000部まで引き上げた。

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自然派ワインを買ってみたくても、なかなか飲ませてくれる場所が少ない。だったら、酒屋の有料試飲で思い切り試そう。

でも同時に、自然派ワインも燗酒も大好きだった。一見、何の脈略もないように思える3つの酒には、彼の中では明確な共通点があった。それは、「造り手の顔が見えるもの」という酒造りに最も大切な姿勢だった。かくして、ダミアンやブレッサン、グラヴナーなどの自然派ワインと世界各地のクラフトビール、蔵付き酵母で醸された日本酒が一切の差別感なく並ぶ前代未聞の楽園が誕生した。

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温度が変わることで、味わいが増していく。日本酒ならではの楽しみを目覚めさせてくれるお燗に出会えるのも貴重だ。

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独特の世界観、どこにもないユニークでおいしい創作料理、絶妙にお燗された日本酒。渋谷・酒坊主の世界に神田で出会う。

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各地でお燗講座や、日本酒についての講義なども行う日本酒界のカリスマ。酒坊主の店主、坊主さん。

Caliquors Tokyoが普通の酒屋と一線を画しているのが、店の中央に置かれた長いテーブルだ。その向かって左には、冷蔵の酒たちが並び、右側には常温の日本酒や自然派ワインの造り手によるオリーヴオイルなどが並ぶ。午後から、夜まで、たくさんの酒ラヴァーたちが訪れ、有料試飲用に開けられたグラスの自然派ワインや、クラフトビール、白石お燗番の日本酒を楽しむ。

決して、他では試飲できない高価でレアなワインのマグナムも開いていて、多くの客たちが狂喜する。酒屋だから、フードはないので、近くの有名店「味坊」からテイクアウトする人、時には出前を取ってしまう猛者もいる。こんなに自由で楽しい酒屋なんてなかった。それだけではない、この酒屋では、都内の有名な店主とコラボしてイベントさえ開催する。

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普段の酒蔵エプロンを純白のワンピースに変えて、女性スタッフ自身も酒坊主イベントを楽しんでいる。

ある日のイベントは、渋谷のカリスマ日本酒バー「酒坊主」のシェフ、通称坊主さんを招いてのスペシャル。新じゃがとじゃこのサラダ、ミントパクチーや、ホタテと蚕豆スパイス磯部和え、生イカと焼茄子のタルタルなど、酒坊主ならではの創作料理が供された。予約困難なカリスマ店のメニューを酒屋の有料試飲と楽しめるなんて、今まで誰が想像しただろう。

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思い思いの酒を有料試飲しながら、酒坊主の料理に舌鼓を打つお客たち。帰りには、自宅用の酒をセレクトして帰って行く。

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この夜も、味坊代表の梁さんや、レサワ王子の開くんなどが思い思いに集まった。この夜の出会いから、新しいプロジェクトのヒントが生まれる。

Caliquors Tokyoは、定休日に新しい酒を探しにくるプロから、自然派ワインやクラフトビール、きちんと造られた日本酒を見つけにくる初心者まで、ボーダーなき酒ラヴァーたちが集まる場所だ。この界隈でいくつもの店を経営する味坊集団の梁さんや、レモンサワーブームを作り出した田中開くんが屈託なく酒を囲む。そんな中から、都市の新しい文化が生まれていくに違いない。

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ダミアンの各アイテムやラディコン、ヴォドピーベッツなど、白石くん偏愛の自然派ワインが並ぶセラー。

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自然派ワインの造り手によるオリーヴオイルや、酒器のコレクション、酒に関する蔵書など、おもちゃ箱のような店内。

「まっとうな酒をポップに売る、出会い系の酒屋です」と白石くんは言った。その出会いとは、人と人だけを指しているのではない。クラフトビールを飲みにきた人が、自然派ワインや日本酒のおいしさに目覚める。0を1にする瞬間を、限りなく増やしていくために、今日も彼は酒屋に立つ。時々、南千住の丸千葉に誘ってくれる日本ワイン界におけるイタリアワインのアーカイブであるHIBANAの永島さんは、白石くんに言った。「いつまでも、ポップにキャッチーにやれ」。酒屋にこだわり続ける彼に、それ以上の称賛はないだろう。

神田駅から徒歩2分。今、いちばん新しい酒屋のニューウェイブは、今日も笑顔がひしめき合っているはずだ。

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『CaliquorsTokyoキャリカーズトーキョー』

東京都千代田区神田紺屋町28紺屋ビル1階
050-3565-6588

森 一起

文筆家

コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。バブルの大冊ブルータススタイルブック、流行通信などで執筆。並行して自身の音楽活動も行い、ワーナーパイオニアからデビュー。『料理通信』創刊時から続く長寿連載では東京の目利き、食サイトdressingでは食の賢人として連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」(曲/織田哲郎)を手がける。

森 一起

文筆家

コピーライティングから、ネーミング、作詞まで文章全般に関わる。バブルの大冊ブルータススタイルブック、流行通信などで執筆。並行して自身の音楽活動も行い、ワーナーパイオニアからデビュー。『料理通信』創刊時から続く長寿連載では東京の目利き、食サイトdressingでは食の賢人として連載執筆中。蒼井優の主演映画「ニライカナイからの手紙」主題歌「太陽(てぃだ)ぬ花」(曲/織田哲郎)を手がける。