東京上空に現れた「顔」が投げかける、圧倒的な謎。【Penクリエイター・アワード 目[mé]】

  • 写真:齋藤誠一
  • 文:岩崎香央理

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目[mé]●左から、アーティスト荒神明香、インストーラー増井宏文、ディレクター南川憲二。彼らを中心とする現代アートチームで手法やジャンルにこだわらず空間や観客を含めた状況・導線を重視する作品を展開。https://mouthplustwo.me/jp

Pen クリエイター・アワード、2021年の受賞者がいよいよ発表! 今年は外部から審査員を招き、7組の受賞者が決定。さらに審査員それぞれの個人賞で6組が選ばれた。CREATOR AWARDS 2021特設サイトはこちら。

関東地方に梅雨明けが宣言された2021年7月16日。東京・代々木の空に奇妙な物体が忽然と浮かんだ。巨大でリアルな、人間の「顔」。表情は真顔で、男性のようだが女性にも見える。スマホで撮影する人、現場を確かめに行く人、状況がのみ込めないまま歩き去る人。公園を走るランナーが立ち止まり、「……誰⁉」とつぶやく。都心の日常へ突如切り込んだ異物に、世間はすぐさま反応した。

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目[mé]《まさゆめ》/2019-2021, Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13/撮影:金田幸三

目撃者がSNSに写真を投稿、午前中には全国紙やネットメディアが記事を配信。現れたのは朝のほんのひと時だったことから、図らずも「顔」は強烈な謎を残して姿を消したかに見えた。だが、日が暮れた午後7時過ぎ、ライトアップされた顔が二度目の出現。さらには8月13日の早朝、今度は隅田川上空に同じ顔が浮上した。

それが現代アートチーム、目[mé]の仕掛けたプロジェクト『まさゆめ』。2020東京オリンピック・パラリンピック期間に合わせた東京都主催の文化事業として、3年がかりで制作された作品だ。顔のモデルは、1000人以上の候補者から選ばれた一般人。素性は明かされておらず、日程や場所も非公表の上で決行された。

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目[mé]《まさゆめ》/2019-2021, Tokyo Tokyo FESTIVAL スペシャル13/撮影:金田幸三

実在する個人の顔を空に浮かべるアイデアは、目[mé]のアーティスト、荒神明香が14歳の頃に見た夢から始まった。

「電車の中から、空にぽっかりと大きな顔が浮かんだ光景を見ている夢。街の人が顔を一所懸命、空へ上げようとしているのがわかって、そのことにとても勇気づけられた」と、荒神は語る。

作家が見た夢という究極の「個人的」体験を、言わば最も「公的」な状況の東京で再現する――誰とも知らない個人の顔を、公の空に浮かべるという、根源的な矛盾を孕んだ作品として。「まさゆめ」は、その矛盾に向き合った3年間の結晶だと、目[mé]のディレクター、南川憲二は振り返る。

「個人が見た夢を、ある意味「公共事業」として実施する。根本的な矛盾を抱えつつ、緊急事態宣言のことやオリンピック開催の状況ともあいまって、非常に緊迫した中でプロジェクトは進められました。しかし考えや立場も違う東京都やアーツカウンシル東京、そして僕らアーティストが、本当に隠し事なしに考えを共有しながら実施できた。これはとても大きいことなんじゃないかなと思います」

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謎が謎のまま、世界に存在してもいい

実は『まさゆめ』のプロローグとも言える作品がある。14年、栃木・宇都宮美術館館外プロジェクトとして実施された『おじさんの顔が空に浮かぶ日』でも、実在の人の顔を上空に浮かべたのだ。荒神は言う。

「宇都宮の時もそうでしたが今回もやっぱり、空に顔が上がったのを見て、この光景は圧倒的に“謎”だと思った。つくった自分たちにもはっきりした答えはなく、突き放されるというか、ずっとわからないまま存在している感じ。だけど、きっかけとなる夢を昔見た時から、もしかしたらわからないことを望んでいたのかもしれない。謎は謎のままでいいんだ、と。夢の中でその光景をつくっていた大人の姿に勇気づけられた気持ちが、自分たちの作品で守るべき大事な要素となって、いまも続いています」

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市民参加による初めての「顔」作品『おじさんの顔が空に浮かぶ日』宇都宮美術館館外プロジェクト、2013-2014年。宇都宮市内に設けた拠点でモデルを募集しワークショップを経て選出した。  photo:Takao Sasanuma

宇都宮の時と大きく違うのは、誰の顔を、いつ、どこで上げるかといった情報がすべて非公表で進められたため、プロジェクトの根幹が制作以外の部分に大きく委ねられていたことだと、増井宏文は言う。増井は、荒神と南川が発想し言語化したアイデアをどう作品にするか、そのシステムづくりや制作を担うインストーラーとして目[mé]を支えている。

「今回は広報や運営を含め、プロジェクトのさまざまな役割が重要でした。交渉や調整の範囲も広く、手を動かすこと以外でもつくっていく感覚をつかめたので、今後の制作方法にも影響すると思います」

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『まさゆめ』で空に浮かべた顔の瞳の部分。制作方法や浮上方法は非公表だが、パラシュート用の素材にプリントが施されている。顔の全体像は直径がビル6階~7階相当の大きさ。

この夏の「顔」騒動で、彼らを初めて知った人も多いだろう。目[mé]とはどんなアーティストなのか? 「現実の不確かさ」を身体感覚へと手繰り寄せて可視化すべく、狂気的なまでに状況をつくり込み、体験させるのが彼らの手法だ。アーティスト・荒神、ディレクター・南川、インストーラーの増井。3人のチームワークから繰り出される作品世界は、体験型アートとひと括りにできるほど生易しくなく、観客はそこに巻き込まれることで、知覚の揺らぎに戸惑い、思考し続ける。

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目[mé]の作品の源となる、荒神の描いた展示作品のイメージイラスト。荒神の頭の中に浮かんだ風景を南川が引き出しながらディスカッションを重ね、増井が制作プランを組み立てていく。

16年のさいたまトリエンナーレでは、自然の景色の延長線上に精巧な鏡の池をつくり、観客に裸足で表面を歩かせて、境界認識の危うさを実感させた。

19年、千葉市美術館での個展『非常にはっきりとわからない』では、設営途中のような会場の「状況」をインスタレーション作品として展開、鑑賞の意味や観客の主体性を揺さぶった。展示を観た感想は実に人それぞれで、ものを見る行為自体のスリルと中毒性とを内包する。ともすれば「わからない」と難解に捉えられてしまう表現を、彼らはどうコントロールしているのだろう。荒神は言う。

「自分たちも簡単にわかった気にはなりたくないし、毎回、解決できるかできないかぎりぎりのところまで、テーマを追い込むんです。作者だけが答えを知っているのではなく、鑑賞者のほうが作品を的確に説明できることもあるはず。そもそも、“なぜ?”という圧倒的な謎が世界に起きるからこそ、生きている実感があるのではないか。それをよく観察して、どう?と問いかけるように作品を存在させることができれば」

今夏に物議を醸した『まさゆめ』はアート界の外でも広くニュースとなり、世間に晒された経験となった。

「もっと世の中に出ていっていいと思う。私たちが世界に存在していることの謎やその感覚を、ある意味の人類の事件として届け続けたいです」と、荒神はこの先を見据える。次に彼らが世の中に向けてどんな謎を可視化するのか、注目したい。

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OTHER WORKS

『たよりない現実、この世界の在りか』 資生堂ギャラリー

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photo courtesy of Shiseido photo: Ken KATO

目[mé]として東京で初の個展。地下のギャラリーに足を踏み入れると、そこは既視感のあるシックなホテルの内廊下と客室。内装から備品、宿泊の跡、漂うニュアンスまで、本物のようにつくり込まれた空間をたどるうちに、観客は不思議な仕掛けに気づく。違和感を見つめた先には、反転した世界が存在している。荒神が5歳の頃、寝転がって空を見ていたら、空へ落ちていくような不安を覚え、現実という足元の不確かさを認識したという経験にもとづいたインスタレーション。

『Elemental Detection』 さいたまトリエンナーレ 2016

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photo: Natsumi Kinugasa

旧・埼玉県立民俗文化センターの屋外にダイナミックな風景を設置。緑に導かれるように小道のトンネルを抜けていくと、美しい池に出くわす。だが、それは水ではなく鏡のようなテクスチャー。裸足で歩くと、記憶に紐づく水のあり方と目の前の現実が齟齬をきたすよう。林を通って幻の池が開け、体験してまた同じ道を帰るという、一連の動線をアートとして成立させた。マクロな自然の景色とミクロな実体の間に横たわる錯覚は、19年に森美術館で展示された『景体』にも通じる。

『信濃大町実景舎』 北アルプス国際芸術祭2017

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鷹狩山の頂の建物に白く有機的な空間をつくり、トンネルの出口のようでもあり、窓のようでもある開口部から、北アルプスの景色を展望する作品。ものを見る手がかりであり、ときに見る対象を意味づけて切り取る「窓」は、目[mé]にとって大切な要素。同年に参加した宮城県石巻市の「リボーンアート・フェスティバル」でも、窓がテーマの『repetition window』を出展。窓から景色を眺める観客、また観客も窓枠に収まる作品として外から眺め返されるといった状況をつくり出した。

『非常にはっきりとわからない』 千葉市美術館

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photo: Max Pinckers

目[mé]にとって初の美術館での大規模個展。展覧会本番に通常あるはずのない養生シートと脚立、ベニヤなど資材が組まれた、設営真っただなかの現場感と作業員の動きそのものが、いわば作品。観客は美術館という舞台装置に引き込まれる。同じ展示室が2フロアに分けて設置され、壁にかかる美術品もそっくり同じ。あたかも時空を超えて展示室を行き来する感覚に陥ったり、建物の外で休憩する作業員も作品の一部であるなど、作品とそうでないものの境界が奪われる展示だ。

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※この記事はPen 2022年1月号「CREATOR AWARDS 2021」特集より再編集した記事です。

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