【アートでひも解く、グランドセイコーのデザイン哲学】Vol.2 光と影を媒介する新里明士の「光器」

  • 写真:星 武志 文:篠田哲生 監修:青野尚子

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光を受け美しい表情をみせる、2本のグランドセイコー。左がメンズ用の「SBGK007」、右がレディス用の「STGF345」。

「光あれ」。天地創造の神話は光から始まった。そして時間もまた、光から生まれた。古代エジプトでは地面に棒を立てて、太陽がつくる影の動きを観察することで、社会を営む尺度として“時間”という概念をつくり上げた。光も時間も、それだけでは目には見えない。しかし、そこになんらかの物体や機械が媒介になることで、突然可視化される。もしもそれが美しいモノであったのなら、そこには美しい光があふれ、美しい時が流れるだろう。「グランドセイコー」は、正確な時を美しい光で演出してきた腕時計ブランドだ。それは、陶磁器作家の新里明士がつくり出した「光器(こうき)」の美しい光と、哲学を響かせ合う。

光によって多様な表情をみせる、アートと腕時計

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繊細な白磁の器に対して、ドリルなどを使って繊細な穴をあけていく。そして、釉薬をかけてから本焼きをおこなう。磁器に光が当たると、全体が発光しているようにも見える。その繊細な美しさは、世界的に評価が高い。 photo by タナカヨシノリ

新里明士の作品「光器」は、透過性の高い白磁に小さな穴をあけ、釉薬で埋めてから焼成した磁器。古代中国やペルシャなどで生まれた「蛍手(ほたるで)」という技法にも似ているが、新里自身は、違ったところからイメージを膨らませていた。

「宋代の陶磁が好きでした。この時代の作品は、器としての意味はなく、完全無比なるシンボリックな象徴として存在していた。自分がつくる作品にも、そういった象徴性を求めていました。一時期は技法に凝りましたが、“うまくつくること”に意識が行き過ぎるのは理想ではない。そこであえて穴をあけることで、“用”の部分を無効化していくことに思い至ったのです」

成形し、生乾きの磁器に対して頭の中にあるパターンをぼんやりと思い浮かべながら下書きし、ドリルなどを使って穴をあけていく。その後、乾燥させてから素焼きをし、施釉してから本焼きをおこなう。

「光を意識して作品をつくることはありません。僕らはふだん光の質や強さ、色などをあまり意識していませんよね。だから自分の作品が、光を感じる媒介物になるというのは面白いですよね」

新里は、本焼きの窯出しを「彼者誰時(かわたれどき)」におこなうことがある。これは夜明け前のまだ薄暗い時間を表す言葉で、人の存在はわかるが誰なのか見分けがつかないくらいの暗さ、時間帯のこと。このときに器を見ると、ほのかな光を器が受け入れ、形が見えてくるのだという。

光は時間によって変化するし、天候によっても変化する。日光だけでなく、夜なら月光もある。そんな移ろいゆく光と戯れる時間、それはとても贅沢である。

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薄型ムーブメントを搭載することで生まれた繊細なケースフォルムと柔らかなドーム型風防の組み合わせは、まるで宝珠のような輝きがある。ザラツ研磨によって生まれる歪みのないポリッシュ面も美しい。

日本には時間を表す言葉が多い。彼者誰時(かわたれどき)の他にも、東の空がわずかに白む「東雲(しののめ)」や明かりをつける頃の「火灯し頃(ひともしころ)」、あるいは夜になったばかりの「宵の口(よいのくち)」など、そのどれもが日常生活や文化と深く関係しており、その言葉を聞いただけでも情景が思い浮かぶ。

日本人にとって時間とは、いつも自然の中にある。移ろう光が影をつくり、風が吹いて、木々や水面を揺らす。その緩やかな変化の中に、時の流れを感じるのだ。グランドセイコーはこういった時間の感覚を「THE NATURE OF TIME」というブランドフィロソフィーで表現する。そして美しい腕時計で、移ろう時の本質を語るのだ。

グランドセイコー エレガンスコレクション「SBGK007」は、柔らかいカーブを描くケースや風防が特徴。研磨職人の手仕事によって、歪みのない鏡面をつくり、腕時計全体が柔らかな輝きをたたえている。その一方で、インデックスや針にはダイヤカットを施しており、光があたるとキラッと強く輝いてアクセントとなるのだ。

優しい乳白色のダイヤルはドーム状になっており、分針やパワーリザーブ針は、そのカーブに合わせて先端を手曲げしている。そういった小さな仕事が集まって、美しい腕時計となるのだ。

グランドセイコーもまた、それを眺める時間によって、そして光によってさまざまな表情をつくり出す。そして豊かな情景を演出してくれる。

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「完璧さ」にとどまらない、新たな表現方法

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本焼き前にヒビを入れておくと、窯で焼いている間に大きくヒビが入り、この世にひとつしかない表情をつくり出す。しかしその塩梅はコントロールできないので、試行錯誤の繰り返しだという。photo by Keita Otsuka + Shunta Inaguchi

2000年代初頭から次世代を担う陶芸のアーティストとして頭角を現してきた新里明士。「光器」は非常に精度の高い磁器でありつつ、そこに無数の穴をあけるという製作過程が加わる。そのため本焼きの工程でヒビや割れが生じてしまうことも少なくない。一般的には、これは”失敗作“であろう。しかし新里はここに、なにかを感じた。

「僕の作品は、ある種の完璧さで評価を高めてきました。しかしなにを表現したいか? と考えた時、割れた失敗作に、美しくて得も言われぬ力があることに気がついた。自分の理想形に近かったのです。そこで意図的に割れ目を入れてから焼くことを始めたのですが、まだまだ思うようにはならない。試行錯誤は続いています。いまはまだ“上品なヒビ”。崩壊寸前まで近づいたうえで、どこまでが作品なのか。そこを探っています」

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スマートフォンの強い光のみで撮影したのがこの写真。陰影が強くなることで、よりヒビの存在感が強まった。「光器」の完璧な美しさとのギャップも魅力となっている。photo by REI

「光器」は穴だけでなく、釉薬の有無やヒビによっても、影の出方が異なる。特にヒビが入った作品は陰影が強めに出るので、光の移ろいや影の美しさを、より楽しめる。

「光器を撮影する時は、フォトグラファーがていねいにライティングして、綺麗に光を回すようにして撮影してくれます。しかしあるとき、ギャラリー用の図録をつくる際に、自分たちで作品撮影をした時がありました。照明機材がないため、スマートフォンのライト機能を使って撮影したところ、コントラストの強い光の効果で、ヒビの影が綺麗に出ました。偶発的でしたが、それがとても美しかった」

完璧に調和された世界に、ひとつのヒビが加わる。それは完璧さを崩すノイズではなく、新しい表現が始まる入り口なのだ。

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ボリューム感のあるケースサイドのブリッジにダイヤモンドをセッティングすることで、より華やかさが強調された。これまでのグランドセイコーにはなかったグラマラスな魅力がある。

グランドセイコーもまた、完璧な美しさを目指した腕時計であった。シャープな造形ときらめきを生むデザインコードは、「セイコースタイル」として明文化され、スイスの腕時計の造形美とは違った個性をつくり上げていった。

だからと言って、グランドセイコーのデザインが画一的であると考えるのは早急だ。むしろデザインコードの中で多様なデザインを引き出す。それもまたグランドセイコーの楽しみ方だ。

エレガンスコレクション「STGF345」は、1967年に誕生した「62GS」というモデルをベースにしており、水滴とも瞳とも形容されるケースフォルムを、さらにグラマラスに進化させたレディスウォッチ。ケースサイドのアーチ部分にはダイヤモンドをセッティングしており、メリハリのある輝きをより強調している。そしてダイヤルカラーには、グランドセイコーでは初めてとなる「深紫(こきむらさき)」を採用して雅やかな雰囲気を演出する。より華やかな光を纏った「STGF345」は、女性の美しさを引きだす新しい表現なのだ。

我々の生きる世界はさまざまな光があり、その光は時間によって刻々と変化していく。そんな変化を感じ、移ろう時を知る。なにかと気忙しい時代だからこそ、こういった静かなひとときを大切にしたい。

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曲面から柔らかな光と影を生み出すグランドセイコー

【各モデルの公式ページ一覧】
SBGK007
SBGK009
STGF345
STGF349

問い合わせ先/セイコーウオッチ お客様相談室 TEL:0120-302-617
https://www.grand-seiko.com/jp-ja/special/storiesofgrandseiko/