海に寄り添いながら、
陰影を活かし開放的な空間に。

尾道の家 広島県尾道市 2014年

建築を広域で考え、
海とともにある家を、
体験とともに設計。

瀬戸内の美しい海に面したこの家は、テラスに立つとまるで海上にいるかのよう。本州と向島に挟まれたこの海は尾道水道と呼ばれ、数多くの船が行き交う交通の要衝。落ち着いた佇まいの家に、「クライアントが成熟した大人の男性であることも大きいでしょうね。僕たちも年齢を重ねてしっとりとした空間もつくれるようになってきたのかな」と谷尻さんは笑います。
家の主、Bさんはこのユニークな土地を手に入れたことから建築家に依頼し、週末住宅やゲストハウスとなるものをつくろうと思ったと言います。期待したのは、ずばり「既成概念から外れたもの」
「やはり眺めを重要視していました。尾道に長く暮らしているので土地勘があります。秋から春にかけて夕日がこの敷地の真正面に沈むので、それを眺められる家にしたいと。船もしょっちゅう通るので、視線がぶつからずプライバシーも確保してほしいとお願いしました」
谷尻さんもまた、「建築を考える時、敷地単体ではなく広域で考えるんです。この家からは正面の向島に立つ工場ではなく、敷地に対して家の角度を少し振ってもっと広い海を見ていたいなと思いました」と続けます。

左:「尾道の家」は、しまなみ海道につながる尾道大橋のたもとに立ちます。正面に向島が広がるものの造船所に面してしまうため、住宅の開口部を南東に大きく振ることで海をより楽しめる角度にしています。夏になると花火が楽しめるとか。 上:2階の寝室からリビングルームを見下ろす。レザーやウッドを用いたソファに合わせ、質感のある仕上がりにして両者を呼応させています。外の明るい景色を際立たせるため、あえて室内は明るさを抑えています。

水際のぎりぎりまで広がるテラスは、リビングとシームレスにつながります。1日を通じてさまざまなシーンを楽しむことができます。

日本の風土に沿い、
窓からの風景を絞り込んだ
落ち着きある空間に。

リビングルームのソファはBさんがひと目惚れしたカッシーナのエローロソファ。「海に近いので、素材も金属ではなく木や革を使ってほしいと伝えました」。ソファのレザーに合わせ建材の色も決めたと言います。
「この家は天井に高低差をつけ、窓から見える風景を絞り込んだり、室内を暗くして外の風景を際立たせました。若い時はとにかく明るい家がいいと思っていたんです」と「大野の家」を思い出しながら吉田さんは続けます。
「色も白く、窓も大きくしました。でも明るい景色を見るなら室内は暗く落ち着いているほうがいい。いま私たちは白い壁や塗装で安易に仕上げるのは避けています。日本の風土や精神性を考えると、やはり庇や縁側は魅力的。家の奥から庭を見る美しさ、そうした感覚も取り入れていきたいんです。素材はあらゆる色をもっているのに合理性を重視して色を奪ってしまう。インテリアは構成に加え、質感でつくることもできるんです」
「押し付けがましさはなく、こちらが深く考えていないところまで引き出しくれることに驚きました。一方向の景色だけではなく、開放的ながら多面的に景色を楽しめるところいいですね」とBさんは言います。

上:週末になるとここでゆっくり時間を過ごすというBさん。趣味である音楽を楽しむことが多いとか。 下左:造船関係の仕事に携わるため、双眼鏡で海を眺めるのはもちろん、仕事柄気になった船を見るために使うことも。 下右:趣味のレコード。質感をもった「尾道の家」はクラシックなアイテムがよく似合います。

クライアントとともに、
建築に限らない豊かな場を
いかにしてつくり出すか。

週末になるとBさんは大きな窓を開け、音楽とともに潮騒や潮風を楽しんでいると言います。
「友人のボートで海から家を眺めても、まったく室内が見えません。プライバシーがしっかり確保されていることにも驚きました。実は最初に依頼した際にメンテナンス不要の家がいいと伝えると、穏やかな谷尻さんが海に面したこの土地では無理だとはっきり言う。こうしてこちらもメンテナンスがどういうことかを学んでいくわけです。最初は大人しい印象だった谷尻さんですが、やはりそんなことのない強い目をもった人。いまはその人となりに興味が湧いています」
夏の花火大会には事務所のスタッフとともに谷尻さんと吉田さんもこの家に遊びにやってくる。壁の角度を何度も検証し、港で打ち上がる花火もしっかりと楽しめるようにしたと谷尻さんは言います。
「クライアントの思想、人生観、趣味や価値観。こうしたものがないまぜになって僕たちは住宅を設計しています。建築単体だけで語られると、建築家という作家像に置き換えられてしまう。けれど実際にはクライアントと共犯関係にある作品として見てもらいたいんです」

エントランスを入り左手の棟はゲストルーム。友人たちはもちろん、サポーズデザインオフィスのメンバーが宿泊することも。

右:エントランスを入ると両端に木張りの壁が立ち、正面はガラス張りに。海へと続く一本の道が、家を訪れたゲストをロマンティックに迎えます。下:Bさん自らが以前から気になっていた造園家の橋本善次郎さんに作庭をお願いした庭。

家族構成:夫婦 構造・規模:木造一部鉄骨造2階建 敷地面積:407.77㎡ 建築面積:109.66㎡
延床面積:122.83㎡(1階99.73㎡、2階25.10㎡)