ドイツ分裂と統一に重なる腕時計ヒストリアの主人公、ウォルター・ランゲ永眠す。

【気になる+α A.ランゲ&ゾーネ】ドイツ分裂と統一に重なる腕時計ヒストリアの主人公、ウォルター・ランゲ永眠す。

新生A.ランゲ&ゾーネ復活の夢を実現させ、再び腕時計界の頂点に上り詰めるのを見届けたウォルター・ランゲ氏。2017年1月17日に永眠、享年92歳。

突然の訃報が、SIHHの会場を駆けめぐったのは会期2日目のことでした。1990年代、腕時計界の奇跡とも言われたA.ランゲ&ゾーネの復活劇で、創業者として立ったウォルター・ランゲ氏の死去。92歳という年齢とはいえ毎年SIHHに姿を見せていて、誰もが元気であることを知っていた人気者の不在は、大きな欠損感、空疎感を関係者の心に与えることになりました。

1924年ドレスデンに生まれ、自身も時計師のウォルター氏。グラスヒュッテに曾祖父が興した伝説的メーカーを、いずれは継ぐことを期待されていました。その運命が暗転したのは第二次世界大戦の敗北後、ドイツの東西分断によるものです。グラスヒュッテは旧ソビエト連邦の影響下、社会主義政権の東ドイツ側に編入され、工場施設は接収、国有化の憂き目に遭います。

世界最高峰とも評されたドイツ・ザクセンの名門ブランドの命脈は、ここで長い眠りにつくことになります。ウォルター氏自身は、ウラン鉱山での強制労働と言う境遇から逃れ、西ドイツに渡りました。しかしながらブランド再興への意志は消えることなく、往来が可能になってからはたびたび故郷を訪問し、機会を探ります。

夢想とも思われたその執念は、急速な東西ドイツ統一の動きの中で、次第に現実味を帯びていきます。1989年、ベルリンの壁崩壊。そのほぼ1年後に、悲願の会社再興を果たしました。94年に発表された新生A.ランゲ&ゾーネ初のコレクションは、センセーショナルな世界的成功をおさめます。その後の栄光の道のりは、今日のブランドに対する最高の評価を見れば明らかでしょう。

ウォルター氏は経営の現役から退いた後もアンバサダー、相談役としてランゲの「顔」であり続けました。今年のSIHHでは、ウォルター氏が来ていないことが意外なこととして語られていたほどで、まさか亡くなられるとは誰も思わなかったのです。腕時計界の、偉大なるレジェンドに、この場を借りて再度、哀悼の意を表したいと思います。(文:並木浩一)

【気になる+α A.ランゲ&ゾーネ】ドイツ分裂と統一に重なる腕時計ヒストリアの主人公、ウォルター・ランゲ永眠す。

1994年に発表された、新生A.ランゲ&ゾーネ初のコレクション。「ランゲ1」(左端)を筆頭に、4ラインのコレクションが腕時計関係者を驚嘆させ、世界の腕時計ファンを魅了しました。

●問い合わせ先/A.ランゲ&ゾーネ TEL 03-4461-8080

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