ジュウ渓谷で発展した、希少な複雑時計。HISTORY

ジュウ渓谷で発展した、希少な複雑時計。HISTORY
ジュール=ルイ・オーデマ(左)と、エドワール=オーギュスト・ピゲ。1875年にオーデマ ピゲを創業。当初6年間はムーブメントだけを製造していたが、完成品を販売するため81 年に会社を正式登記した。

ブランド設立当初からの各種部品を保存してきた箱。複雑時計を得意としてきただけに、箱自体にもさまざまな種類がある。

ジュウ渓谷のル・ブラッシュで1907年に建築されたオーデマ ピゲ本社。いまも現役で、同地区のランドマークになっている。

20世紀初頭の本社工房風景。この頃は2人の創業者はともに息子に経営を委ねており、彼らが力を合わせて大恐慌や世界大戦を乗り切った。

スイス・ジュネーブから北に約60㎞。うねる峠道をクルマで走り抜けていくと、眼下の林間から集落と湖が見えるようになる。ヴァレ・ド・ジュウ。日本語でジュウ渓谷を意味する山麓の静かな町だが、「ウォッチ・ヴァレー」の別名でも知られる超高級複雑時計の聖地である。 ここに立地するブランドの中でもル・ブラッシュに本社をもつオーデマピゲは、パーペチュアルカレンダー、ミニッツリピーター、クロノグラフなどの複雑時計で突出した実績を有するだけでなく、現在でも創業家が経営に携わるという、スイスでは希有なブランドだ。本社もこの地を一度として動いたことがない。 精巧で複雑極まりない機構を生み出す技術力と、それを時計として魅力的な形に結実していく美意識は、こうしたゆるぎのない家族経営の中で連綿と継承され、磨き上げられてきた”DNA”と表現できるかもしれない。

このジュウ渓谷は冬になると降雪で完全に孤立することから、15世紀頃から金属加工の家内工業が発達。ナイフ製造などが時計づくりに変わってきたのは18世紀頃だが、そんな歴史を背景に19世紀半ばに代々時計師という家に生まれたのがジュール=ルイ・オーデマだ。彼の叔父はユリウスの旧暦とグレゴリオ暦の両方を組み込んだデュアルパーペチュアルカレンダー搭載の懐中時計を製作したという。これが若き日のジュール・オーデマに大きな影響を及ぼしたと考えても無理はないはずだ。 1875年にル・ブラッシュでアトエを開いた彼は、2歳年上でやはり時計職人の家に生まれたエドワール=オーギュスト・ピゲと一緒に仕事をするようになる。これがオーデマ ピゲのルーツだが、89年のパリ万国博で多彩な超複雑時計を発表。92年には初のミッツリピーター付き腕時計も手がけている。この頃に製作された約1500本に達する懐中時計の8割は、ひとまたは複数の複雑機構を搭載したもだった。こうした実績と絶えざる技革新が、同社のみならずヴァレ・ド・ュウの歴史を切り拓いてきたといえだろう。

1907年に製作されたパーペチュアルカレンダー。12時位置の月表示が閏年も含めた48カ月。ミニッツリピーター。ケースはイエローゴールド製。

1910年に製作されたパーペチュアルカレンダー。48カ月表示。曜日、日付、ムーンフェイズ。ケースはホワイトとイエローゴールド製。

1928年に製作された珍しい小窓表示のモデル。時間はジャンピングアワー。曜日、日付、月を表示。ケースはホワイトゴールド製。

20世紀になると、小型化・薄型化でイレベルな技術を発揮するようになる。1925年に厚さ1.32㎜の世界最薄懐中時計ムーブメントを開発。腕時計でも46年に厚さ1.64㎜の手巻きムーブメントを発表して大きな話題を集めた。 67年には自動巻きでも「キャリバー2120」として世界最薄記録を樹立している。
そして、この厚さ2.45㎜の極薄キャリバーを搭載したのが、72年に発表された「ロイヤル オーク」だ。英国王立艦船の窓からインスパイアされたという独特のビス留めベゼルが、オーデマ ピゲの新しい顔としてロングセラーとなるだけでなく、よりスポーティでパワフルなボディの「オフショア」も93年に追加している。これらのケースに最先端の複雑機構を搭載してきたことが、オーデマ ピゲの新時代を形成しているのである。

丸型ケースの「ジュール オーデマ」にゴールドのローターを組み込む作業。どんな時計もすべてこのような手作業で仕上げられていく。

製作された時計はすべて台帳に記載。製造年や納品先などを確認できる貴重な資料。

古い時計の修理工房。各パーツは創業時から保管してきた部品を見本に手づくりする。

オーデマ ピゲが創業してから製作してきた時計の主要パーツを収納した保管棚の一部。

創業時から複雑時計を得意としてきたオーデマ ピゲを象徴するモデルに「グランド コンプリカシオン」がある。複雑機構をいくつも搭載した最高級のアートピースであるため、製作は年に1本程度で価格も1億円近いが、このモデルには社内で「4つ以上の複雑機構」という条件が設定されている。スプリットセコンドクロノグラフ、ミニッツリピーター、パーペチュアルカレンダーなどが代表的だ。言い換えれば、この4種類の複雑機構を中心にオーデマ ピゲが発展してきたということになる。 それだけでなく、これらの分野で絶えざる革新が続けられているのだ。 たとえばパーペチュアルカレンダーの暦系では「均時差」表示。これは私たちが使用している平均化された太陽時と、実際の太陽時との差を表示する仕組みだ。最長で16分程度の違いだが、天体観測などでは星の位置などが変わってくるため、重要な機構だ。ほかに日の出と日没の時刻表示もある。 また、1995年には世界初の週表示を備えた自動巻き「グランド コンプリカシオン」が開発されている。 音で時間を告知してくれるミニッツリピーターにしても3〜4個のゴングで美しいメロディを奏でる「ウェストンミンスター」や「キャリオン」のほか、毎正時と15分おきに音で知らせる「グランソネリ」などがある。

1928年製作のコンプリートカレンダーモデル。ダイヤル中央にポインター式日付表示、曜日と月は小窓で表示。ケースはホワイトゴールド製。

1949年に製作されたコンプリートカレンダーモデル。日付、月、ムーンフェイズ、曜日を表示。ケースはイエローゴールド製。

1955年に製作された、初めての閏年表示付き腕時計(パーペチュアルカレンダー)。日付表示はポインター式。ケースはイエローゴールド製。

そして、このミニッツリピーターの機構そのものを革新したのが、今回紹介している「ロイヤル オーク コンセプトRD♯1」だ。「ロイヤル オーク コンセプト」は2002年から始まった限定シリーズだが、オーデマ ピゲの旺盛なチャレンジ・スピリットをあますところなく表現してきた。最初のモデルではトゥールビヨンにもかかわらず500m防水を実現。航空宇宙産業で使われているコバルトやクロムなどを融合した超硬合金もケースに採用した。
トゥールビヨンをダイヤルのない未来的な構造に取り込んだGMT(第2時間帯表示)も14年に発表。さらにミハエル・シューマッハの発案で製作された、まったく新しいクロノグラフが「ラップタイマー・ミハエル シューマッハ」という位置づけになる。
こうした画期的な新機構は、丸型ケースの「ジュール オーデマ」や、横長のオーバルケースの「ミレネリー」でも展開。140年前に始まった2人の創業者の熱い志を受け継いでいる。
その時計づくりを支えているのが、2000年に新設された工房「マニュファクチュール・デ・フォルジュ」だ。
さらに、スイスの時計産業集積地として知られるラ・ショー・ド・フォンに隣接するル・ロックルには超絶的な技術をもつ時計師が集まった「オーデマピゲ ルノー・エ・パピ」が控える。ゼンマイのパワーロスを削減した革新的な脱進機構「オーデマ ピゲ エスケープメント」はここで開発されたものだ。
静謐なル・ブラッシュで始まった時計師たちの夢は、新旧のアトリエと優秀な人材によって、さらなる発展を遂げているのである。
問い合わせ先:オーデマ ピゲ ジャパンTEL 03-6830-0000