目をつぶると見えてくる。夜の闇を切り裂いてユノディエールのストレートを全速で走り続ける小さなレーシングカー「オスカMT4」の姿が。コクピットには伝説のアメリカ人ドライバーが乗っていた。
気品高き純血の小排気量マシン
1953年のル・マン24時間レース当時を再現したオスカMT4、シャシー・ナンバー1132。引き締まった曲面に包まれたボディは、その年のル・マンに優勝したジャガーCタイプより遥かに低く、小柄である。4気筒ツインカム・エンジンをはじめとして、フレームやサスペンションなどは、同時代のマセラティのつくりと軌を一にする。フィアット・ベースが多数を占める小排気量レーシングカーのなかでは、純血種というべき存在がオスカMT4であった。
当時の塗色で再現した、抑揚のあるフォルム
輝くような白の塗装は、このオスカMT4が1953年にアメリカへデリバリーされた時の塗色に合わせたものだ。「47」はその年のル・マン24時間レースを走った際の車番。レーシングカーが更新時期を迎えた時に、いつ頃の時代の姿に再現するかということは、オーナーにとっての大きな楽しみであり、また課題でもあるのだが、この1132番のオスカMT4は53年ル・マンの時点に戻している。それがこのクルマのヒストリーのハイライト、あるいは最も重要な通過点であったからだ。
耐久レース用マシンならではの装備。
クルマの後部には燃料タンクと、レース規則で携行していなければならないスペアタイヤが収まる。レース用のクイック・フィラーキャップが後部パネルを貫いて頭を出しているのも、耐久レース車らしい装備のひとつである。テールランプは最近のクルマに比べてごく控えめなサイズだから、夜のル・マンの長いストレートで追い越していくジャガーCタイプやフェラーリ、カニンガムといった速いマシンは、頼りない光でオスカが走っていることを見極めなければいけなかったのだろう。
このステアリングを、フィル・ヒルが握った。
元レーシングドライバーにしてレポーターのサム・ポージイの質問に答えて、伝説のアメリカ人ドライバー、ブリッグス・カニンガムは真っ先にオスカの名を挙げている。「なにかお気に入りのクルマというのはあるのですか」とポージイが聞いたときに、カニンガムは「それはとても答えにくい質問だ」と断った上で「I loved the OSCAs.」と答えたのだ。ブリッグス・カニンガムというのは、1950年代を中心に、アメリカの大排気量V8を用いた自製マシン、カニンガムCシリーズでル・マン24時間レースの制覇を目指して戦い続けた人物。お気に入りの筆頭に小さなオスカをあげたということが、その魅力を伝えている。
オスカはおもにレース用マシンを生産したが、そうしたレース車にとって大切なのは、参加したレースでの戦績であろう。ヴィンテージの世界で由来とか来歴とかといわれるものが大きな価値をもつのと同じで、レーシングカーの場合はレースで好成績を残した記録があれば、その価値に華を添えるものとなる。この1132番のオスカMT4は53年のル・マン24時間レースを走った。その時の筆頭ドライバーはフレッド・ワッカー、セカンド・ドライバーを務めたのが、若き日のフィル・ヒルであった。
後の58年と61年、それに62年と、ル・マンに3回優勝することになるフィル・ヒルの、初めてのル・マン挑戦となったのが、このクルマであったのだ。
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