海外の日本車好きに訊く、僕らが古い日本車にはまった理由。【ロサンゼルス編②】

海外の日本車好きに訊く、僕らが古い日本車にはまった理由。【ロサンゼルス編②】

撮影:Frankie Vaughan 文:Yuko Noguchi

海外の人々にとって日本車は「輸入車」。そもそも自動車に対する価値観も異なる。我々とは違う古い日本車の楽しみ方を、「アメリカ」「イタリア」「イギリス」で探った。




小さな可愛い「ホンダ」が、大きな仲間の輪をつくる。

海外の日本車好きに訊く、僕らが古い日本車にはまった理由。【ロサンゼルス編②】

ティム・ミングス/ロサンゼルス(アメリカ) 「ホンダN600」のレストア専門家でカーショップ「Merciless Mings」の代表を務めるティムのガレージには、米国に輸入されたホンダの第1号車(通称:シリアルワン)もあった。2年間、毎日12時間をかけて丹念にレストアされたそのホンダ車は現在、ロサンゼルスにあるピーターセン自動車博物館で展示されている。これは1970年式 ホンダN600。アメリカにおけるホンダ車レースの原点とも言えるN600のレース仕様車で、70年の「バハ1000」にエキンス・ロバートソンJr.のドライブで出場したヒストリーをもつ。シアトルの修理工場で見つかった。

1969年にハワイで先行発売された「ホンダN600」は、N360に600ccのエンジンを搭載した北米輸出仕様車。70~72年までにクーペ「Z600」とともに5万台を販売した。

「ホンダ600シリーズはみんなが思うほどレアじゃない」とティム・ミングスは言う。愛らしいクルマに情が移ってしまい、動かなくなっても手放せずにアメリカでは残っていることが多いそうだ。叔父や父もホンダが好きだった。少年時代のティムも個性的なクルマに惹かれ、家族ぐるみで修理に携わった。「毎日部品を探している」というティムが所有するデッドストックの部品数はおそらく世界一だろう。世界のオーナーとつながる全米唯一の600シリーズレストアの専門家ならではの努力の賜物だ。

土曜の朝、ガレージ前には約束もなく自然と5台のホンダ600シリーズが集まってきた。仲間が増えたのは今年15回目を迎える「ジャパニーズクラシックカーショー」が影響している。このイベントは古い日本車の人気に貢献し、乗る若者も増えたそうだ。「どれを見てもハグしたくなる」というティムがいる限り、アメリカのホンダ600シリーズの未来は心配無用だ。

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67年に北米市場調査のために輸入された50台のうち廃車にされていないのは4台のみ。ティムの「シリアル番号45」はその稀有な1台だ。猫好きで「放置された600を見ると野良猫と同じように、責任を感じて世話してあげたくなる」そう。

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妻のキャサリンが乗るのは「Z600クーペ」。彼女の父親が何度かレストアをしてこの状態に。学生時代からずっと乗り続けていて、修理をティムに依頼し、2人は出会った。

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「N600はホンダの礎であるバイクと自動車の中間」とティムは言う。このようにホンダのバイクを整備して、レースにも出場する。

こちらの記事は、Vマガジン Vol.02「世界に誇る名ヴィンテージ こんな日本車を知っているか?」特集からの抜粋です。気になった方、ぜひチェックしてみてください。アマゾンで購入はこちらから。

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